4.5話 未知の来訪者
時系列で言うと、前話の定例会議より数時間前の内容です。
ある有名な軍人や異世界人が出てきます。
扶桑帝国本国で定例会議が行われる数時間前の早朝。
■扶桑帝国領海外 東側630㎞地点上空
どこまでも広がる青い空と蒼い海原。
白い海鳥が群れをなして低空を飛行している。
海面には黒い影が浮かび上がってくる。大きな背鰭が海面から現れ、白波をたてる。徐々にその巨体が姿を現す。巨体は海鳥の群れを狙って海面から大きな口を開いて、数羽の海鳥を丸飲みして再び海中に潜った。
カシャッ!カシャッ!
その光景を空から観察していた飛行物体がいた。
暗緑色の胴体と黄色の月の丸。
扶桑帝国海軍所属の艦上偵察機“彩雲一二型”である。
横須賀基地から出港した長距離航海演習中の軽空母鳳翔から発艦したものだ。
「ひぇ~おっかねぇ魚だな!」
カメラで先程の光景を撮影していた中野磐雄軍曹がレンズを覗きながら言う。
一週間前、官邸から領海の外側……外界の調査をするようにと、航海演習中の鳳翔に連絡が入った。
鳳翔は就役している空母の中で最初に人員削減の為の自動化改装を施された空母だ。扶桑帝国には陸海合わせて約1500万人の軍人がいるが、海軍に限定すれば全ての艦を動かすだけの人数は足りない。そのため、軍艦設備の自動化が研究され始め、その第一号が軽空母鳳翔である。
指令を承けた鳳翔は直ちに行動を開始した。
外界の調査には海洋生物や他の大陸の発見など複数の項目があり、複数の偵察機を四方に飛ばした。
その内の一機が中野軍曹らが乗る彩雲である。
「陸地無いですねぇ……隊長、魚の撮影飽きましたよ」
「ダラダラ言ってないでちゃんと仕事に集中しなさい!」
ぼやいていた中野を叱ったのは彩雲を操縦する関雪音大尉である。
「はーい。……はぁ、隊長は見た目は可愛いのにそんなんじゃモテないですよ」
「大きなお世話です!真面目に仕事しなさい!」
「前世でも真面目だった隊長が更にグレードアップしてるなんて……」
「……貴方はチャラ男になりましたね」
「今世では楽しく生きたいんですよ」
彼らは総帥である黒江に召喚された兵士である。しかも、彼らは太平洋戦争で初の特別攻撃隊──神風特別攻撃隊、その内の敷島隊に属していた関行男と中野磐雄の転生者である。
関は十代の女性に、中野は二十代の若者になっていた。見た目も性別も性格も前世とは異なっていたが、前世の記憶を持つ彼らは正に現代に蘇った英雄だろう。
「軍曹、お喋りはお仕舞いよ。陸地が見えたわ」
「やりぃ!俺達が一番だな。帰還後は谷達に奢って貰えるぞ!」
鳳翔から発艦した彩雲は計四機。他の彩雲には敷島隊の残り三人が操縦し、撮影役の水兵を乗せて行動している。
探索に出る前に関を除く敷島隊の四人は誰が早く大陸を見つけるかという勝負をしていた。負けたら本土帰還後、勝者と撮影役の水兵に夕食を奢るということになっていた。
「全く……高度を落とすわ。撮影忘れないでよ」
「了解っす!」
■クローデン王国軍 第三飛竜隊
澄みわたるような青い空。
雲は遥か上空をゆっくりと漂っている。透明度が高く、水平線まではっきりと見通せる。
その空に、一際雄々しい姿で羽ばたく生物がいた。
浅黒い胴体に、鋭い尻尾、口から垣間見える牙。現代人がそれを見たなら、それは架空の生物『竜』と呼ぶだろう。
その竜には、軽装の鎧を着た人の姿が見られる。
クローデン王国軍第三飛竜隊所属の竜騎士サムは今年竜騎士になったばかりの新人だ。そんなサムは『ワイバーン』と呼ばれる飛竜を操り、港湾都市ハーバルから北西方向の哨戒任務に務めていた。
王国の北側と西側は海に面しており、これといって何もないが今は隣国ウェスタン王国との緊張状態が続いており、いつ何が起こるか分からない情勢だ。海からやって来る敵も居ないとは限らない。なので、毎日こうして王国沿岸部の哨戒を行っている。
余談だが、クローデン王国から見て西方向に何処までも行くとある境からいきなり乱気流や嵐、渦潮など気候が不安定になる。それ故にその一帯を『魔の海域』と呼んでいる。だが、昔からその先にはまだ見ぬ新大陸があるとされており、時々夢を見る冒険者達が船を出して冒険に出掛けていくが、帰ってくるのはほんの一握りという現実もある。
「ん?」
サムは何かを見つけた。
「何だ、あれは?」
自分しか飛んでいない筈の空に別の何がが飛んでくる。
「………友軍か?」
ワイバーンの航続距離から考えるとウェスタン王国所属ではないので、味方の飛竜以外考えられない。だが、この空域を飛行しているのは自分だけの筈だ。
それに不思議なことに魔の海域からこちらに向かってきていることだ。勿論、魔の海域ギリギリまで近付いて引き返したという事も考えられる。
であればこそ、あれは何だという疑問に戻ってしまう。
飛竜隊は大抵どの国にもある部隊だ。当然、ウェスタン王国も持っている。列強国の一部には『竜母』と呼ばれる飛竜母艦があるらしいが、列強ではない小国ではそんな大層なものは持っていない。
粒のように見えていた飛行物体は、次第に大きくなり、その全容が見えてくる。
それが近づくにつれ、味方のワイバーンではないことを確信した。
「羽ばたいていないのか?」
飛行物体は尚も近づいてくる。
サムはすぐに首に下げた赤い宝珠が付いたネックレス型の魔法具『魔力通信』を用いて司令部に連絡した。
「こちら第三飛竜隊所属のサムだ……未確認飛行物体を発見した。これより確認に向かう。場所は……」
幸いにも未確認飛行物体との高度差はない。サムは一度すれ違ってから距離を詰めようとしていた。
そして、未確認飛行物体とすれ違う。
大きさはワイバーンと同じかやや小さいくらいだった。翼は羽ばたいておらず、鼻先に付いた何かが爆音を発しながら高速で回転している。
胴体は深緑色、翼には黄色で丸いマークが描かれている。
彼の愛騎は直ぐ様羽ばたかせて反転する。風圧で飛ばされそうになるが、バランスを保って手綱を握り続ける。この程度の事で失敗するような奴は竜騎士とは名乗れない。
一気に距離を詰めようとするが、全く追い付けない。それどころかどんどんと引き離される。
ワイバーンの最高時速は約100㎞。馬より早く、機動性に優れている戦力の一つ。列強には品種改良による黒竜というワイバーンより優れた翼竜もいるらしいが、それでも追い付けるか分からない。
あの未確認騎が生物なのか何も分からなかったが、すれ違ったほんの一瞬で未確認騎に乗る人の姿を確認することは出来た。
「くそっ……!何なんだ、あれは!!」
驚異的なスピードに驚愕する。
「至急!至急!!我、未確認騎を確認するも、速度が桁違いに速く、追い付けない!未確認騎は尚もハーバル方向に進行中!繰り返す、ハーバル方向に進行中だ!!」
未確認騎に引き離されたサムはその驚異を必死に司令部に伝えながら、基地に向かって全力飛行をする。
■クローデン王国 第三飛竜基地
第三飛竜隊の基地では耳を疑うような通信が舞い込んできた。
通信員が最初に魔信(魔力通信の略称)による報告を聞いて驚いた。
『現在、未確認飛行物体は基地から西約100㎞付近を飛行中。速度が違いすぎて追い付けない!飛行物体はワイバーンと同じくらいの大きさ。色は緑で羽ばたいていない』
「国籍を送れ」
通信員は、近年緊張状態にあるウェスタン王国による偵察ではないかと疑い、国籍を問う。
『国籍不明!どの国のワイバーンでもない。生物かも不明だ!至急、増援を願う!!』
「了解」
■港町ハーバル 東側上空40㎞地点
緊急出撃した第三飛竜隊は基地防衛に数騎残して15騎が全力出撃していた。
飛行中、第三飛竜隊の副長は隊長の横に並んで隊長に基地で聞いた事を質問する。
「隊長、本当なんですかね?サムが言っていた国籍不明の飛行物体ってのは。しかも、ワイバーンより早い物体ってのが信じられません」
第三飛竜隊隊長アンソン。厳のような巨体の男で今年で五十歳になるが、毎日鍛えているため年齢による衰えは未だに見えない。初めて見るとすごく怖いと言われるが、実際は仲間思いで優しい。本人も真面目で仕事に関しては一切の手抜きも許さない。そのお陰か、王国にある五つある飛竜隊の中でもっとも仲間との繋がりが強く、連携の取れた戦闘をする。
だが、今回は正直な所、舞い込んできたサムの報告にはアンソンも半信半疑でいた。
「だが、サムは馬鹿が付くほどの真面目な奴だ。それに新米竜騎士の中では群を抜いて優秀だったし、見間違いなんてヘマはしないだろう」
「隊長!前方から何か来ます!」
部下の一人が何かに気が付いた。
高速で近付いてくる何かはサムが言っていた未確認飛行物体だった。
アンソン率いる第三飛竜隊は、未確認騎の進行ルートの正面に陣取った。
点ほどの大きさだった未確認騎は、みるみると大きくなる。
「速いな……」
「何なんだ、あれは!!」
「化け物か!?」
隊員達は、各々の感想を言う。
飛竜隊の隊長も驚きながらも冷静さを失わないように務めた。
報告通り、未確認騎は相当に速い。ワイバーンでも追い付けないのも頷ける。
飛竜隊長は魔信で、各隊員に指示をする。
「火炎弾の一斉射撃を行う。相手はワイバーンより速い騎だ。すれ違うタイミングで落とすしか方法はない。チャンスは一度きりだが、日頃の訓練の成果を十分に発揮せよ」
『『『了解!!』』』
飛竜隊長は通信を切って、呟いた。
「……一体何者なんだ?」
ワイバーン十五騎は横一列、上下二列に並んで、口を開ける。
ワイバーンによる火炎弾攻撃だ。これに当たれば落ちない飛竜はいない。仮に落ちずとも飛行不能に追い込む事が出来る。
口の中に火球が徐々に形成されていく。
タイミングを窺い、射程内に捉えると一斉に火炎弾を放った。
だが、未確認騎は回避運動をとって急上昇をする。迎撃は失敗した。
すぐに追跡するが、未確認騎はワイバーンの最大高度は4千mを遥かに越える高度まで上昇する。
その間にも未確認騎との距離は離されて完全に追跡不能となった。
「第三飛竜隊より司令部。未確認騎への迎撃は失敗した。上昇した未確認騎は高高度を保ったままハーバルへ進行中。繰り返す───」
■クローデン王国 港湾都市ハーバル
ユーリナス大陸の北東に位置するクローデン王国。
大地の女神に祝福されたこの土地は、寒い時期でも食料となる草や穀物が豊富に採れ、そのお陰で酪農や漁業も盛んな恵まれた大地だ。食料自給率は100%を遥かに越えて、商店で売られる商品は他の国に比べて割安だったり、自国の生産品を輸出したりするなど、周辺諸国からはクローデン王国を『豊国』と呼ばれている。
そんな国の北東に位置するクローデン最大の港湾都市ハーバル。
西洋風の建物が立ち並び、メインストリートは石畳で舗装され、大勢の人間種や亜人種、馬車が行き交い、活気に溢れていた。
そんな平和な街の治安維持を担っているクローデン王国軍ハーバル防衛騎士団だけは違っていた。
バタンと大きな音を立てて扉が開かれ、中から30代後半の男性が血相を変えて飛び出した。そのまま彼は走りだし、その後ろには部下と思われる男女合わせて数十人が駆け足で続く。
彼らは一様に鎧を着ており、腰に帯剣をしつつ、背中には弓を背負っている。
「お前達は住民の避難誘導と街の警備だ。なるべく多くの住民を屋内に避難させろ。それと騒動になったら盗人が現れたり、馬が暴れたりする危険がある。十分に注意しろ。残りは俺と港で迎撃体制をとる」
「はっ!」
部下一人に隊の一つに治安維持を任せて別行動をとる。
ハーバルは昨今の緊張状態とはほぼ無縁の平和な港町だ。今回の騎士団総出での出撃は過去に例はなく、騎士達は緊張の表情をしながらも走り続ける。
街では手分けして住民や商人達を誘導していた。
ハーバル防衛騎士団団長アレックスは、第三飛竜隊からの報告を思い出しながら、部下に指示をする。
港に着くと、漁師や漁業関係者、商人達が慌てて街に避難していた。
「間も無く未確認騎がこの街の上空を飛行する!飛竜隊による撃墜は速度の違いから失敗し、追跡困難と報告があった。未確認騎は単騎であるため、偵察目的と思われるが、念のために迎撃体制をとるぞ!総員配置につけ!!」
騎士団の面々は弓に矢をセットして上空に鏃を向ける。
街を囲うように出来ている砦には領主の私兵も駆けつけ、同じように迎撃体制をとって待ち構えているのが見える。
報告によれば、我が国の精鋭飛竜隊の追跡を振り切るほどの速度を持っているようだ。
飛竜の攻撃方法は口から吐く火炎弾か竜騎士の武器だけだ。単騎ならば攻撃されても大した被害は出ないだろう。
「……一体、何が向かっているんだ?」
飛竜隊の追跡を振り切る時に飛竜の限界高度を軽々と越えて飛行したとも聞いている。それが飛竜ならば恐ろしい存在だ。それが間も無くこの港湾都市ハーバル上空に現れる。
アレックスは空を睨んだ。
それから暫くすると奇妙な音が聞こえてきた。
「き、来たぞーっ!!」
砦の東側にある監視塔にいた騎士団員が大きな声で叫んだ。
みんな一斉にその方向へ顔を向ける。
青い空に粒のように見えたそれは、やがてその全貌を現した。ブーンという聞き慣れない爆音と共に飛行物体はハーバル上空に到達した。飛行物体は高度を落としながら弓の届かぬ上空を旋回する。
見た目はワイバーンと同じくらいかやや小さめだが、羽ばたかず、色は濃い緑色。翼には黄色の丸いマークが付いていた。報告にあった未確認騎に間違いはない。
「……速いな」
クローデン王国の竜騎士が操るワイバーンよりも高速で飛び回る奇怪な未確認騎は、こちらを攻撃するような素振りは見せない。
本来なら近くにある第3飛竜隊が迎撃に来るのだが、既に全騎出撃しているため竜騎士による迎撃は出来ない。また、緊急出撃で砦に集まった騎士団もすぐに用意できる弓矢しか遠距離攻撃する手段がなく、仮に魔法攻撃が出来る魔導師がいたとしても高速飛行するあの物体に命中させるのは至難の技だ。
未確認騎はハーバル上空をブーンという不気味な音を出しながら、獲物を狙うかのように何度も旋回飛行する。
「な、なんだ!あれは!?」
「化け物だーっ!化け物が攻めてきたぞーっ!!」
街の人々もその姿に怯え、逃げ惑う。予め避難誘導で屋内に避難した住民は恐怖のあまり扉や窓を閉めて隠れ始める。
まだ避難していない人々は隠れられる場所を求めて辺りは騒然となっていた。
平和な港町に恐怖をもたらした未確認騎は、なにもすることなく、暫くすると再び東の方向に上昇しながら飛び去っていった。
その後、避難解除と恐怖の時間が終わったことを騎士団は住民に触れ回った。
今回の騒動では早期に避難誘導していたお陰で怪我人はいなかったが、馬車の馬が暴れたり、逃げたりする被害が報告された。
だが、この事をきっかけに連日厳重な警戒体制をとるようになり、軍艦や竜騎士による哨戒が強化された。また、冒険者ギルドに東に戻っていった未確認飛行物体の捜索の依頼が貼り出され、その高額報酬に釣られた冒険者達は各々船に乗って探索の船旅へ赴いた。
一応ですが、
『この物語で登場する人物は現実とは一切関係ございません』
と記しておきます。