プロローグ
鬱蒼となっている並木道。
深緑広がるその木は、物語っている。
夏である。
そこを彼は歩いていた。
何かを求めているような風情で。
彼にとってはいつも歩いている道だ。
それでいて飽きない。
季節によって変わる木の風景。
たまに他の道を歩いているということ事もあるかもしれないが。
そんな変わらぬ日常を、彼は続けている。
だが、それは彼の前に現れし、ふと気づいた時から追い続けていた〈求めていたもの〉の出現で違う方向に進もうとしていた。
今日、彼の日常は進んでいく。
「なあ、バトルしないか」
その一言はあまりにも唐突であった。
初対面からあまりにも飛ばしている。
もちろん話しかけられた男も動揺している。
と、思った束の間。
「いいですよ。暇ですし」
衝撃的な発言が返ってくる。
少し動揺した後の、この対応はどうゆう神経なのか。
だがそれは話しかけられた彼の、右手を見ればなんとなくわかる。
握りしめていたのは、一太刀の長剣。
金色が目立つ、輝いた剣であった。
戦い好きが故に、特訓をしていたのだろう。
そこを見込んだ、バトルを仕掛けた彼の頼み。
「俺の名はは九重麻琴」
「僕は、文月柏。名前でいいよ」
「柏っていうのか。俺も名前で頼む。」
二人が目と目を合わせ言う。
麻琴が追い続けていたものは、``強い存在``である。
この世界には、〈使徒〉という常識を超えた存在が、跋扈している。
その数、人口のうちおよそ七割。
生まれながらに、能力を持ち少し年を重ねれば、自由自在に操れる。
だがその能力は選べるものではない。
これに関しては、隔世遺伝や運など、いろいろな説があるが未だ解明されていない。
だが、強いかどうかはやはり雰囲気で分かる。
それ故、異様さ漂うその長剣を握り締めた、柏のことを気に留めたのだろう。
「じゃあ柏、やるか!」
麻琴が名前で呼んだあとの一言。
なぜか、この一言で戦いが始まってしまうのだ。
会話から未だに、一分も経っていないのに。
そんなことを置いていくようにに双方が構えを取った。
当たり前のように、麻琴は右自然体、柏は左自然体になる。
それと同時に、柏は所持していた剣を、麻琴は武器がないのか拳を構えた。
今にも戦いが起こりそうだ。
だが構えを取っただけ。
二人はともにまだ動かなかった。
その無行動の間は、およそ八秒。
それほど経った瞬間、一人が動いた。
もう始まっているのだ。
その動いた主は、バトルを申し出た麻琴。
申し出た身として、先行を取り、正々堂々相手を倒す。
それが彼の、戦いにおけるプライドだ。
そうして、こんな場面でもプライドを大切にする麻琴と、巻き込まれた柏の戦いが唐突に始まってしまった。
麻琴は手ぶらに見えて、手ぶらではない。
衣の中にあるものを隠している。
その正体は、〈糸〉であった。
一見弱そうに見えるかもしれないが、見かけでの判断は完全なるNGである。
糸はあらゆる凶暴な獣の、心臓周辺にある頑丈な体毛から作られている。
そのため切れたり、鈍くなることはない。
また、ありとあらゆる獣の毛なので、無限と言えるほど長い。
そしてあらゆる特性を持つ。
その糸を使い、麻琴は閃光、刹那ともいえるスピードで行動を起こす。
攻撃的とはまるで反対な行動。
それは、幾多の木に糸を括り付けるというものだ。
人間技とは言えない、いわゆる神技というのが正しいと感じる程の速さ。
とても戦略的でトリッキーだ。
こうすることで、敵が自由に動けない空間を作ることができる。
その勢いは、全く留まらない。
木と木の間を、糸を続かせながら高速で移動している。
残像が見えるくらい、早く、迅速に。
まさにストリングラフィを作っているように。
まさに糸の多様性を見せつけるかのように。
そうして相手の動きを封じれるくらいの、括り付けが終わった。
彼の結んだ後ろ髪が、激しく動いた後だからか、揺らぐ。
細い糸なので、はっきりとは分からないが、目を凝らせば分かる。
連環の如く括り付けられたそれは、行き場を失うほど無限だ。
この行動によって、この戦闘の場は、この糸の所有者にして自由自在にあやるる麻琴の有利な場でしかなくなっていた。
と、大半は思ってしまう状況だろう。
否、
この神の領域とも若干呼べる糸のフィールドは打破された。
彼の剣能力によって。
「まだまだだよ、麻琴」
麻琴は驚いている。
柏のその技に。
先の糸をめぐり合わせる作業における、刹那のような速さも凌駕した速さ。
風が邪魔と語り掛け曇天を切り開くように靡く速さ。
そのスピードで、糸をすべて粉々にしてしまったのだ。
気づけば、糸の連環は消滅していた。
周囲のあらゆる一切合財を一瞬で斬り刻む。
本当に一瞬。
その間に何百回も剣を振っている。
天変地異でも起こすかの勢いで。
柏はその技を、金色で切れ味抜群の超火力な剣の攻撃力をプラスさせ、遥か最強にしていたのだ。
そんな恐ろしい技。
麻琴は、頬を少し掠っただけで、激痛の様に歯を食いしばっていた。
血も留まることを知らない。
剣の極致を追い詰めた者しかわからない、天頂。
そう、柏は剣能力を極めし者なのだ。
麻琴は呆然としていた。
こんなに早い段階で、柏の実力が自分より上だと気づいたからだ。
だが、すぐに表情を変える。
そこでもたらした表情は、笑みだ。
「これは…使ってもいいかもな」
どういうことか、よくわからないことを言う。
理解者は勿論、麻琴だけである。
この言葉を放った後、再び表情を変えた。
その表情を言い表すならば、不安の入り混じった笑み。
口角は上がっているが、目が笑っていない。
もはや未知数なものと化していた。
麻琴は、表情をまたまた変え、目を瞑った。
それは祈りのように。
それは囁きのように。
そんな形で、信仰のように目を瞑っていたのはごく僅かだった。
麻琴は何事もなかったように、目を開ける。
するとそこには衝撃があった。
肢体も変わっていない。
服も変わっていない。
顔も変わっていない。
だが一つ変わっている部位があった。
それは、〈右目〉。