心配症
昼下がりの閑静な事務所。その会社の社員達は黙々と自身の仕事に精を出していた。
そんな中、トイレに行こうと席を立った上司が、あるデスクの横を通り過ぎた時、通路に乱雑に置かれた段ボールに足を取られた。
「おいおい、危ないなあ。君、こんな所に荷物を置かれたら邪魔だよ」
上司は荷物の持ち主である、デスクに向かい仕事をしていた社員に言った。注意を受けた冴えない青年社員は、面目ないといった様子で頭を掻いている。
「そもそも君、この大量の荷物は何なんだ。見た所、仕事には関係ない物のようだが…」
上司の言葉に、青年社員は答えづらそうに言った。
「はあ、確かに仕事に関係ない物が大半なんですが…。懐中電灯に非常食、発電機に数種類の乾電池と、あと簡易テントに浮き輪に脱出用パラシュート…」
「浮き輪にパラシュート!? そんな仕事に関係ない物を何故持ってくるんだ!?」
上司の反応は至極当然であった。青年社員に他の社員の視線が集まる中、青年社員は恐縮しきりで答える。
「例えばですが、もし仕事中に大地震が起きたら、その影響で発生した大津波がこの建物を襲うかもしれない。想像しただけで恐ろしい。僕は泳げないので、その為に浮き輪は必要なんです。例えばこの建物で火災が…」
「わかったわかった、もういい。大地震だの火事だのはそうそう起こるものではない。君は心配し過ぎなのだ。第一、会社は君の荷物置き場ではない。今日中にこの荷物を片付けておくように」
上司に注意を受けた青年社員は仕方なく、その日の内に荷物を自宅に持ち帰った。
翌日、発生した大地震の影響により、大津波に飲み込まれた会社を、自宅の飛行船から見下ろしていた青年社員は独り言を呟いた。
「ダメだ。何度会社に電話しても通じない。やはり備えは必要なのだ」