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「紙?そんなの貸し出し本に挟むわけないじゃない、どうしたの? 」
そうですよね、と予定調和な返事を受け取って、今日もわたしは図書室を後にした。
あんなに優しかった夕日がもうすっかりそっぽを向いてしまって、廊下にある頼りない蛍光灯だけが辺りを照らしていた。昇降口に向かう足取りがいつもより軽くて、調子乗ってスキップなんかしてみたり。
昨日先生に借りた詩集はあんなに薄っぺらかったのに、わたしはちっとも理解できなかった。英語がいくら得意といっても、ネイティヴでもない限りすんなりと意味を把握するなんてできないし、物語文なら文の流れをつかめばなんとなくでも頭に入ってくるのに、詩となると一転、歯が立たなかった。それでもその分、読みがいを感じてはいたけれど。
そしてそんなことより何より、今のわたしは何かによってとても満たされていた。こんなにも1日が穏やかに過ぎていったのはいつぶりだろう。
それは多分昨日のあの紙切れ一枚に魔法をかけられたから。たった一枚の紙切れは、鬱屈した毎日を晴らしてくれる少しのスパイスとなってくれた。
でも、実はわたしはその先のことも知っている。どうせこの魔法には、賞味期限があるんだと。どうせまた時間は、わたしをいつもの日常に連れ戻すんだと。
そんなことをぼんやりと考えながら、馬鹿みたいだなと少し笑って、日課の勉強を終えゆっくりと帰路につこうとしていた。その時だった。
「遠藤ー、」
聞き覚えのありすぎる名前を背後から投げかけられて胸がひやりとした。まるで荒いヤスリで心臓をガリガリとされているようで、思わず声がでそうなるのをなんとか飲み込む。
「おう、何?」
「お前また学校残ってたんか、一緒に帰ろうぜ。」
「別に良いけど」
初めて聞く、彼の声。
噂には聞いていたけれど、本物は思ってたよりもっと低く、どこかわたしに似ているような、気がした。
焦って固まってしまったわたしをよそに、二つの影はわたしの背後を抜けて数メートル先の正門を後にする。だんだんとそれが小さくなって、とうとう見えなくなってきたところで、わたしははっとした。
何をわたしは、妙に動揺しているんだろうか。
またこれも、ありふれた偶然のはずなのに。
なんだか最近は胸騒ぎが激しかった。
あたりが暗かったせいで彼の顔を見ることができなかった残念さが頭をよぎり、そんな自分を誤魔化すように頬を2回叩いて、わたしも正門をくぐった。