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わたしの学校の図書館は教室を出て階段を登り、そこから渡り廊下を通ると現れる別館の一番奥にある。なんとなく隔離された場所にあるからか、いつも人気が無く、どこか不気味。学校の怪談七不思議になってるとかなってないとか聞いたことがあるけれど、そんなことはどうでもよくて、とにかくそこがわたしの住処だった。
わたしは駆け足で図書室にたどり着くと、ためらいもなくいつも通り無機質なドアをあけた。そして間も無く、司書教諭の斎藤先生と目があう。
「文香ちゃん、文香ちゃん」
「斎藤先生、こんにちわ」
図書室なんて毎日通うのは物好きな生徒しかいないし、つまりそれはわたしのことで、先生もまた、物好きだった。
「また新しく本入れといたよ」
「そうですか、読むのが楽しみです。でもわたし、一応受験生なんですよ?」
「まぁたまの息抜きとして読んだらどう?それに英語の勉強になるじゃない」
放課後すぐの図書室はしんとしていて、二人の話し声だけが部屋を埋め尽くしている。
斎藤先生が赴任してきたのはわたしが高校三年生になってからだけど、お互い趣味が合うせいなのかすぐに打ち解けられた。わたしは普段担任や他の教師とは全く喋れないのに、彼女の気さくな性格についいつも口を滑らせてしまう。
それにしても、今日はいつもより上機嫌だな。
ふとそう考えていると、
「そうそう、新しく入ったやつで是非読んでほしいものがあるの」
そう言って彼女はよっこいしょという声とともにカウンターの下から一冊の本を取り出した。
「なんですか?この本……見たことない名前」
わたしはいつもより少し薄めの本を受け取り、表紙を見つめる。
「そりゃそうよ、文香ちゃん、英語の詩集って読んだことないでしょ?こういうのも面白いかなって思って」
「詩ですか……物語読むより骨が折れそう。先生は留学経験あるから楽々かもしれませんけど……」
「最初は難しいと思うし、よくわからない表現も出てくると思うけど、文香ちゃんはこういうのも興味あるんじゃないかなと思ってね」
これは意外な本が出てきた、というのが素直な感想。洋書のエンタメ作品は結構読んできた(かなり苦労はしたけど)が、ここで詩を勧められるとは思ってもみなかった。
「うーん……まぁ、借りるだけ借りてみようかなぁ」
「そう、チャレンジ精神が大事よ!それにその本、もう既に他の子も借りて読んでたみたいだし」
「えっ」
素直に驚いて声が出たのは久しぶりだった。正直、この学校の洋書コーナー(先生の計らいで結構な数がある)を独占していた気分だったけど、まさかわたし以外に洋書を読む人がいたなんて。
心の奥底で、なんとなくの興味と対抗心が湧き上がってくるのを感じた。
「借ります」
「そういうと思ってたわ」
先生はまだ綺麗な顔にしわを作ってにっこりと微笑んだ。そんな彼女の顔を見てまた、わたしの心も軽くなっていった。