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海とは高3からの付き合いで、千紗とは高1からの仲。二人は元々仲が良かったらしく、お互い顔見知りだった私たちが仲良くなることはごく自然の出来事で。二人ともそれなりの明るさと謙虚さを持ち合わせていて、一緒にいてとても居心地が良かった。派手なグループも地味なグループも苦手なわたしにとってはとてもありがたい存在だ。唯一不満があるとすれば、趣味や好きなことが全く被らないと言うことくらい。でもそんなのわかりきっていたし、高望みをするつもりはない。海は最近流行りの女性アイドルに夢中で、千紗は少年漫画オタク、わたしは自分でも少しひねくれてると思うけど、洋書とか洋画とか海外の作品を追いかけるのが好きだった。英語がずば抜けて得意なのもその影響。
だから受験勉強のために図書室に通っているというのも当たっていたのだけれど、うちの高校の図書館司書が洋書好きで、リクエストせずとも読みたい本がどんどん追加されていくというのも、理由だった。
教室の外はどこかひやりとしていて、やっと夏の終わりを感じさせた。
去年よりも少しおとなしい廊下を歩きながらわたしたちは話を続ける。
「ねぇねぇ!昨日のエムオンみた!?もうほんとみんな可愛かった〜」
「海はほんとアイドル好きだよね」
いつも通りの日常が、そこにあった。
他愛ない会話をして、ふざけあって、時には自分のことを話して、時には相談を聞いて、そうして日々が作られていく。
平和な青春が、目の前で瞬いていた。
「うん、ああやってキラキラしてステージに立ってる人見るとほんと励まされるよ〜千紗も見ようよ、エムオン! 」
「うーん、でもなぁ、あの番組アイドルしかでないでしょ?うちの家族みんなああいうの苦手だからお茶の間がどうなるか……」
それなのに、
「海はさぁ、」
わたしはなぜか気がつくと、口走っていた。
「自分もアイドルになりたいなー、とか、思わないの?」
「え?」
「自分もそっち側に行きたいなとか、そう考えたことないの?」
「うーん……」
わたしたちは足を止め、少しの沈黙が流れるのを聞く。しつけられた子供のように、ただじっと言葉を待った。
そして、やっぱり予想通りの答え。
「ないなぁ、一回も思ったことないや。わたしブスだしさぁ、絶対無理だって〜」
「別に海そんなことないじゃん、ワンチャンあるかもよ?」
「ないよぉ、千紗の方がスタイル良いし」
「そんなことないって〜」
わかっていた。
こんなもんだって、最初から期待なんかしていなかったけど。
しまいこんでいた、大事な大事な胸の奥の方がズキリと悲鳴をあげたのがわかった。
だから、
「ごめん、わたし図書館……」
わたしは逃げた。
「あ、そっか、じゃあここでお別れだね」
「ファイトー文香!ばいばい! 」
わかっていたから、わたしは二人と別れて足早に図書館へ逃げた。
また、逃げた。
そっと振り返って見た二人の背中は、どこか楽しそうで、大人びていて、無性にやるせなくなって、わたしはすぐに前を向きなおした。