第一話 怪物⑦
「どこだッ! どこだッッ!!」
閑静な社には、狂気の叫びしか聞こえない。委員長は鳥居の真ん中を神をも恐れずに通過した。
血眼で辺りを見渡すが、誰の姿もない。
神社までの石段の前に落ちていたちーちゃんのハンカチをヒントにして、社まで来たにも関わらず、少年の姿がないことに、彼女は違和感を感じた。
社の下、井戸の中、賽銭箱の裏。どこを探していても、見つからない。
「はぁ……はぁ……」
興奮も冷めてきて、知らぬ間に体力を消耗していたことに気づく。
この場を探すのをやめて、他のところに行こうと鳥居に体を向けると。
「お疲れ様」
と、少年の声が聞こえてきた。
血相書いて振り向いても、視界には映らない。
「ここだよ。ここ」
慌てて視線を上げると、ちーちゃんの姿があった。
彼は、社の屋根の上に、あぐらをかいて委員長を見つめていた。
「降りてこいッ!」
「やだよ。殺されちゃうもん」
のこのこ姿を現して何を言っているんだ?
彼女の考えを読んだのか、ちーちゃんは疑問に答えた。
「ごめんごめん。さっきのは『今は』死にたくないって意味」
自殺願望を否定しない発言に、委員長は戸惑った。
もしかしたらちーちゃんは、委員長に殺されたいために、あえて挑発したのではないか?
もしそうだとしたら、彼女は小学生に踊らされていたということになる。
そう思うと、彼女の憤りはより大きくなった。
「じゃあ、いつ殺していいの? さっきから、あなたを殺したくてうずうずしているのだけれど」
既に、彼女は、感情や思っていることを隠す気などなかった。
反対に、ちーちゃんは、ゆったりとした口調で、返答した。
「お姉ちゃんに会ってからだよ」
その言葉を、委員長は嘲笑った。今までバカにされたお返しをするように。
「あの子ならきっと、今頃、国軍の特殊部隊に襲われて、蜂の巣よ」
そう言われても、彼の瞳が濁ることはなかった。
「きっと、お姉ちゃんはやってくるよ」
「なんでそんなに他人を信じられるの? あの子はただあなたを孤児院から引き取っただけじゃない」
「他人じゃないよ。お姉ちゃんは、本当に僕と姉弟だよ……。
正確には、お姉ちゃんが妹だけどね」
どういうことだ? 彼女が疑問を口にする前に、ちーちゃんは淡々と言葉を続けた。
▷▷▷▷
一昔前、世界中の学者から一目おかれていた優秀な科学者がいたんだ。
しかし、彼はその頭脳と知恵を、狂気としか思えない研究に費やしていた。
何を研究してたかというと、「完璧な人間の作り方」なんだ。
彼は、人間こそが地球の支配者で、宇宙でもトップクラスの生物だと信じてやまなかった。
科学者なのに、宇宙人というオカルト的な生物を信じていた彼は、宇宙人に勝るも劣らない人間を作ろうとしていた。
その実験体に使ったのが、あろうこと自分の妻のお腹にいた赤ちゃんだった。
妻は、赤ちゃんが実験体になることを承諾し、彼らが暮らしていた豪華な館の地下室で出産したんだ。
そうして生まれた子どもは、優れた頭脳と怪力を手に入れた。
でも、彼の理想には遠く及ばなかった。そのためか、その子どもは父親から愛されることどころか、会うことすらなかった。
そして、科学者が次にやろうとしたことが、死体を集めて一人の人間を作ることだった。
参考にしたのは、小説「フランケンシュタイン」。フランケンシュタイン博士も、その科学者と同じく人造人間を作ることに熱中し、完璧な頭脳と怪力を持つ完璧な人間を作ったんだよ。
知ってるかもしれないけど、フランケンシュタインはその人造人間を捨てた。
何故かって、その人造人間の見た目があまりに醜かったからだよ。
しかも、その人造人間は、作り主であるフランケンシュタインにこう呼ばれちゃうんだ。「怪物」ってね。
だから、科学者は、作り上げた人造人間に究極の美しさを求めた。
一目見たら、魂が抜かれてしまうほどの美しさを。
それで魂を抜かれたのがその科学者自身なんだから、本末転倒だよね。
人造人間の完成と同時に、狂った彼は、自殺しちゃうんだ。
自分の家を放火してね……。
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「その子どもというのが君で、その人造人間というのがめありさんのこと?」
「そういうこと。
家が放火されたとき、僕は使用人のおばさんが外に連れ出したから、助かった。でも、それ以外の人は死んじゃったんだ。
お父さんとお母さんの遺体は見つかったんだけど、お姉ちゃんの遺体は見つからなかった。
その後、僕は孤児院に預けられて、そこで生活を続けていたら、ある日、お姉ちゃんが現れたんだ 。
そのとき、僕を引き取ろうと思った理由を聞いたんだけど、お姉ちゃんはなんて言ったと思う」
その問いに委員長は答えることができなかった。
「『好きな人に似てるから』だって……」
気のせいか、歯ぎしりの音が響いた。
その小さな音は、石段を踏みしめる音にかき消された。
「もう時間稼ぎはいいかな」
ちーちゃんの言葉は、委員長には聞かなかった。
体を震えさせながら、彼女は振り向く。
「ちーちゃん、見っけ」
恐怖で歪んだ表情で、私を見る。
返り血で紅色に染め上がった私を。