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第一話 怪物⑥

 エレベータから降りると、私は周りを見渡した。カプセルばかりの地下室は、まるでアリの巣のようで、カプセルという卵の前にいる研究員が働きアリのように思えた。


 そのカプセルの中に入っている人たちは、どれも見た顔ばかり。


 それもそのはずだ。彼らは、朝から夕方まで同じ場所で生活を共にしたクラスメイトや先生なのだから。


 彼らは人間が人工的に作ったモルモットである。廃校になった学校を実験場として使い、その場で本物の高校生であるように、生活させられているのだ(、、、、、、、、、)


 学生生活もどきをしている間は、彼らは自分たちがモルモットであることを忘れ、「楽しく」授業を受けている。


 だが、放課後になると、脳に内蔵しているチップが彼らの動きや思考をすべて司り、彼らは、ロボットのように指令通りに、この地下研究施設にやってくる。


 何故、こんなことをしているのか? 老人曰く、「人の心の研究」のためらしい。


「人の心を知るために、こんな大掛かりなことしなくていいのに……」


 思ったことを口にしたら、すぐさま反論がきた。


「そんなことはありませんよ。人の心は難しいのです。それも、思春期の少年少女となると尚更です」


「はいはいそうですか」


 あからさまに、適当に話を流した。これ以上言ったところで、所詮、水掛け論だ。


 老人は、自分の考えが正しく、若輩者の考えが考えが間違っていると思っているから、新しい時代に取り残されるのだ。


「さて、早速ですが、定期検診の方をよろしくお願いします」


「はいはい」


 私は、いつものように、エレベータから真っ直ぐ先にある扉へ歩みを進める。


 そこは私のためだけの、私専用ルーム。私と優秀の中の優秀な研究者しか入ることのできない部屋である。


 各々のカプセルの前で、電子ノートに記入しているただ優秀なだけの研究者(ども)が、老人を羨望の目でチラ見する。


 それらを無視する、というよりも、それらに気づかずに私たちは部屋の中に入って行った。



「それでは……ゴホン」


 と、老人は配慮のつもりか咳き込む。わざわざそんな遠回しなことしなくていいのに。


 私は彼の行動を察して服を脱ぎ始める。車が空を飛んでも、本物と区別がつかない人型ロボットが町を歩き始めたこの時代でも、まだ服の上から体を検査する技術などないのだ。


 厚く着たコートが足元に落ちる。それが重ねに重なって山となり、最後に脱いだ下着が被さると、山頂に桜が咲いているようだった。


「おお、美しい……」


 老人は、私の体を撫でまわすように見て、感嘆した。


 羚羊れいようのような足、メリハリのある胴体、小さい顔……。


 世界中の多くの人々が、私に魅了され、理性を失い、狂ったように私に愛を捧ぐことでしょう。


 その私の体は作りものだ。どこもかしこも傷だらけで、縫合糸で強引に人の体を形成している。


 この腕もこの足もこの顔も、何もかもが私のものではない。


 端的に言えば、私の体は、知らない誰かの死体から、作られたのだ。


「フランケンシュタイン博士の作った怪物は、その見た目の醜さゆえに、博士に捨てられた……。


 しかし、あなたは美しい。なのに、あなたを見放すなんて、あなたのお父さん(、、、、)は、本当にもったいないことをした」


 そう、私は、完璧な能力を持ちつつも、製作者に見捨てられた人造人間。


 怪物なのだ。


▷▷▷▷


「はぁ……はぁ……」


 息を切らせながら、ちーちゃんは夜道を走った。


 朝より明るい繁華街の人混みの中を駆ける。


 体の小さい彼は、大人と大人の脚の隙間を器用にすり抜けた。


 こうやって体の小ささを利用しないと、彼女から逃げることができない。


「待てっ! 待てっ!」


 さっきとは打って変わって荒々しい声を上げる彼女、委員長は、人に体をぶつけながら強引にちーちゃんを追いかける。


 同じ小学生との鬼ごっこだったら、鬼は疲れて追いかけるのを止めるけど、今回の鬼は殺意に満ちた女子高生である。


 しかも、人工的に作られた人間。頭のネジを抜いて作られた欠陥品だ。


 そう簡単に諦めるわけがない。


 ちーちゃんは、繁華街を通り抜ける前に、路地裏に逃げた。過密状態だった繁華街の通りに、自分の姿は全く見えていない。だから、路地裏に逃げれば追跡を免れると考えたのだ。

 

 待て待てという叫び声は、大きくなったが、やがて小さくなっていった。


 これは好機と、ちーちゃんは、とっておきの場所に足先を向けた。


▷▷▷▷


「これは……」


 老人は心臓が止まりそうになった。


「IQが測定不能……。このテストは、300まで測定できるはずだ。


 前回、208だったのにこんなに急成長できるわけがない……!」


 自分の人生が否定された気がしたのか、白髪だらけの頭を強く掻く。


 私はというと、透明のカプセルの中で、満杯の液体に浸っている。


 気分は、まるで理科室に展示されている、ホルマリン漬けにされている蛙のようだ。

 

 もちろん酸素マスクを身に着けているから、呼吸は可能だ。


 頭にはヘルメット状のものを装着していて、それが私の知能指数やら脳の構造やらを調べている。


 そして、この液体に浸かっていると、体の調子、血流の流れや臓器の動きといったものが、X線なしで分かるのだ。


「検査は以上です。ありがとうございました」


 人工的に作られた声で、カプセルが告げる。


 すると、液体が排水溝を流れる音が聞こえ、カプセル内の水位が下がってくる。


 液体が全て流れると、扉が縦に開く。「いいですよ」の声に従い、自分で酸素マスクを取る。


 カプセルの外に出ると、老人がバスタオルを差し出した。


 それを受けとって体を拭いているいると。


「いやはや、驚きましたよ。今までをはるかに超えるデータでした……。


 ここ数日で何か変化でもありましたか?」


 私は「別に……」と素っ気ない返事をしてから、「そういえば」と話を変える。


「『人の心の研究』って言ってるけど、具体的には何しているの?」


 老人は呆れ果てた顔で私を見つめる。


「前も言いましたでしょう? そのことに関しては極秘となっております。


 国が裏でしている大掛かりな研究ですので……」


 いつもの私なら「あっそ」と返答していたが、今日の私はこう返答した。


「『劣等感を植え付けている』んじゃないの?」


「!?」


 老人の額からは冷や汗が吹き、目が泳ぎ、固唾を呑んだ。


「受精卵の細胞分裂を早めて、高校生くらいに成長させる。


 だけど、それだけでは心は赤ん坊のままだから、偽りの記憶を刷り込ませる。その記憶には、挫折やトラウマといった心の傷があって、各々に別の記憶を刷り込んで、劣等感の大きさを変えている。


 劣等感による心境の変化を記録すれば、思春期の謎が解けると思ったのね」


「な、なぜそれを……!?」


 老人は震えた唇で、震えた声を発した。

 

 その姿に、冷静沈着な紳士のイメージは消えていた。


 私は、脱いだ服を再び着用すると、腕につけたウェアラブル端末から、とあるファイルをくうに表示させる。


「これ、研究内容が入ったファイルよね? ダメじゃない。盗まれないようにしなきゃ、ね」


 私は、故意的に、見下すように笑みを作った。


「何故そんなことを……」


「そういえば、最近変化があったかどうか聞いてきたわよね?」


 私は笑みを消した。


「もう用済みだと思ったのよッ……!」


 一瞬のことだった。私は、老人との間にあった2m程の距離を詰めて、彼の首を右手で絞める。


「……グァ」


 老人は声を出そうとするが、声帯を掴まれているので、上手く発声できない。


「『今までをはるかに超えるデータ』? 当たり前でしょ? 今まで本気を出したことないんだから」


「そ……とッ……」


 私は右手に伝わる振動で、彼が何を言おうとしているのか、理解する。


「そんなことありえないだって? 笑わせないで。人間ごときが作ったものが、人の想像を超える最高の知能と最高の肉体を持った私に通用すると思ったの?」


「ま…………ッ」


「まだ私の力が必要なはずだ? 私がわざわざこの研究室に来たのは、お金と人の心についてのデータが欲しかったから。お金の方は、他に当てができたから、もういいの。心については、今日証明できちゃったしいらない。それに……」


 私はまた不適な笑みを作る。


「カプセルの数が一つ少ないことに気がつかないと思った? 私のプライベートには干渉しないでと言ったはずでしょ?」


 私の視力は10.5。エレベータの位置からなら、カプセルの中身をはっきりと視認できる。


 そして、周りを見渡したとき、一人いなかったのだ。


 唯一私に話しかける自称優等生が、ね。


 また、老人に羨望ではない視線を送っていた白衣の男たちは明らかに見たことのない人たちだった。


 研究員にしては、筋肉がついたいい体をしている屈強な男たち。


 彼らの閑話かんわから察するに……。


「危なすぎるから私を壊すように言われたんでしょ? そのついでに、愛しい愛しいちーちゃんを抹消しようとしたんでしょ? 


 さっきから、部屋の外に兵隊がいるのバレバレよ。耳がいいから、あいつらが言ってたこと、全て聞こえているのよ。


 扉の向こうの呼吸音も聞こえているだけどね」


 あえて、声を大きくして、扉の向こうに張り付いている国の犬たちに親切に忠告する。


 その時点で、彼らの選択は一つに絞られたようだ。


「突撃ッ!」


 突入してきた緑の迷彩柄たちが私に銃を向ける。


「撃てッ!」


 その指示が部屋の中に響くと、今度は銃声が部屋中に乱反射した。


 白い部屋が赤く汚れていき、白の表面積が負けたところで、銃声は鳴りやんだ。


 「バタン」と人が倒れる音がする。


 地面には、原型を留めていない真っ赤な肉塊が転がっていた……。




「あら、案外役に立ったじゃない。私の盾になってくれるなんて、本当に紳士なのね」




 私は、彼らに焦点を合わせると、一歩前に踏み出した。


 




 



 

 























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