最終話 真実⑫
先ほどと打って変わって、僕の攻撃がお姉ちゃんに当たるようになった。
それに反比例して彼女の体も弱まっていき、突きも蹴りもキレがなくなっていった。
その程度のスピードでは、僕に当てることはできない。
「お姉ちゃんは何のために生きてるの!?」
ついに避けることができなくなったお姉ちゃんは僕の連打パンチを両腕受ける。
「生きる理由なんてないわねッ!」
彼女のカウンターパンチも、僕が手を掴むことで防がれてしまった。
「僕にはあるよッ! 生きる理由がッ!」
「興味深いわね。聞かせて頂戴」
「僕は人を助けるために生まれたんだ」
そうそれが僕の選んだ生きる理由。僕が生まれた意味。
「人助けをした。最初は、頼まれたから仕方なくやっていたけれど、やっていくうちに分かったんだ。
これが僕の生きる理由だって!」
「だけど、本当に助けられたの?」
「どういうこと……?」
「あなたが助けたという人がグッドエンドを迎えたように思えないの。
存在を無くした二人は存在を取り戻してないし、人間になりたかった彼女もなれないまま死んでしまった。
それで人を助けたって言えるの!?」
お姉ちゃんが僕の手を解き、後ろに飛んで、僕と距離を取る。
「たしかに」と僕。
「たしかに、僕がしてきたことは、彼らに現実を突きつけただけで、根本的な解決にはなってないかもしれない
でも、彼らはそれをきっかけに前を向いて、胸を張って、生き生きと生活するようになったんだ。
そして、僕に感謝してくれた。それで彼らは満足なのか? そう悩んだときもあったよ。
ずっと考えて、考え抜いたら、気づいたんだ」
強く拳を握り、お姉ちゃんを睨む。
僕の熱さで足元に積もった雪が溶けていく。
「それは助けた側の自己満足なんだよ。
助けた相手が完全なる幸せを掴むことはできないし、それをもたらすことなんてできない。
僕の言う『助ける』というのは、その人が見ようとしなかった悲惨な現実を見せて、それでも前を向かせる勇気を抱かせることだ!」
ほんの少しの時間での出来事だった。
お姉ちゃんには僕がまるで瞬間移動を使って、目の前に現れたように見えただろう。
僕が接近したことに気づいたときには、彼女はもう遅かった。
そのときには僕が彼女の太ももを斬りつけていたからだ。
両足から血潮が噴き出し、その勢いに任せて彼女は地面に倒れ込む。
そこに僕は馬乗りして、手刀を構えた。
彼女の喉目がけて……。
「こんな結末でもいいの? ちーちゃん?」
お姉ちゃんはこの状況でも余裕の笑みを浮かべて、僕を見つめる。
「いいんだ。この現実を受け入れて僕が前を向ければ」
そうこれでいいんだ。
僕は手刀を振り落とす。
「なのに、なのに……」
その手刀はお姉ちゃんの顔を外れ、その真横のコンクリートに突き刺さる。
「なのに、なんでこんなにお姉ちゃんを殺したくないんだよ……!」
おい、何やってるんだ、僕は!?
決めたじゃないか!?
どんな悲惨な結末でも受け入れるって!?
お姉ちゃんが間違った道に行ったなら、僕の手で処刑するって!?
僕は心の中にいる弱い自分に語りかける。
そいつは僕の口を借りて、しゃべりだした。
「ダメだ……。殺さなきゃいけないのに……。
どんなに心が引き裂かれても信念を通すつもりだったのに……。
やっぱり、お姉ちゃんを殺すことなんてできないよ!」
目からは涙が溢れてきた。
惨めだ。本当に惨めだ。
強くなろうと決意した三歳の頃。
それから十三年経った。
なのに……僕は何も変わっていなかった。
「ここまで甚振っておいて、トドメをささないなんて、それはそれで失礼じゃないかしら……」
冗談交じりに聞こえるお姉ちゃんの声。
その顔を見るのも怖くなって、僕は目を開けられなかった。
「じゃあ……」
腹痛を感じた。脇腹が妙に痛い。
目を開けるとすぐに分かった。
僕の脇腹がなくなっていたのだ。
お姉ちゃんの手刀によって。
「ぐあぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
僕は脇腹を抑えて、地面を転がりもがく。
その隙にお姉ちゃんは立ち上がり、惨めな僕を見下ろす。
「これでどう? まだ私にはちーちゃんを殺す余裕はあるのよ……。
よく考えてみてご覧なさい。あなたも私にとっては立派な食料。
しかも、この世界で一番強い人間とあれば、それを喰らって、私が真の最強動物になることも私はできるわ
脇腹の痛みを堪えつつ、僕も立ち上がった。
「僕を食べることなんて、お姉ちゃんにできるの……?」
「できるわ」
お姉ちゃんは軽く深呼吸してから、僕に言った。
「だから」
だから?
「お願い、私を殺して……」
……どういうことだ?
そのセリフには因果関係が成り立っていなかった。
「矛盾したことを言っているでしょう? 自分でも分かってるわ」
弱い僕は叫んだ。
「嫌だ……! 僕はお姉ちゃんを殺したくない……!」
もう惨めでいい! 弱くてもいい!
僕の気持ちをお姉ちゃんに伝えないといけない!
なぜだかそのとき僕の直感がそういう結論を導き出した。
「僕が……僕がお姉ちゃんを連れ戻す! お姉ちゃんも僕と同じく人間として生きるべきなんだ!
一緒に、また平凡な日常を送ろう?」
僕の提案を聞いて、明るく微笑んだかと思うと、それは悲しそうな顔に変わった。
「無理よ。私はもう人間に戻れない……。だから、死ななければいけないの……」
お姉ちゃんは手刀を構えた。僕ではなく、自分自身に。
「あなたが殺してくれないなら……」
「待ってッ!」
僕は叫んだ!
でも彼女の手が降りることはなかった。
「私が……」
「待って……! 待ってよ……!」
ん? 待てよ?
なんでお姉ちゃんはそんなに死に急いでいるんだ?
人間に戻れなければならないからと言っても。他に生きる道はある。
お姉ちゃんは人造人間であるからか、人間を下に見ていた。
その人間を食べることに彼女は何の抵抗もないはずだ。
現に、お姉ちゃんは地下に眠っていたモルモットを全員食べている。
待て、さらに引っかかった点がある。
僕が成長したとはいえ、モルモットを食べて完全に体力を取り戻したお姉ちゃんと僕がここまでやりやえるとは思えない。
それに、戦闘中盤での弱まり方は……。
「!?」
なるほど、そういうことかッ!
僕の中で結論が出た。
そして僕は行動に移す。
「お姉ちゃんッ!」
僕は彼女を生かすことはできなかった。
彼女の腹を手刀が貫いたのだ。
そう、僕の手刀が。
お姉ちゃんは口から血を吐き、倒れ込む。
僕はその体を両腕で抱きしめるように抱えた。
「いい子ね……。そうよ……それでいいの……」
どうやら僕の結論は当たっていたらしい。
「やっぱり……。僕に嘘をついていたんだね……?」
僕の顔を見ながらお姉ちゃんは微笑む。
「よく分かったわね」
「だって、お姉ちゃんの体が段々と弱ってきているんだもん……」
「そう、嘘よ……。私の体は人間を食べたところで治りやしない。進行速度を一時的に減らすだけで、段違いの
スピードで私の体はすたれていった……。
たとえちーちゃんを食べたとしても、一年で死んでしまうでしょうね……」
そうお姉ちゃんの体力の減り方は尋常ではなかった。
それで気づいたのだ。誰かが手を加えなくても、今日お姉ちゃんは死ぬこととなっていたことに。
だが、お姉ちゃんもこだわりある人だ。
衰弱死は嫌だったのだろう。それで望んだのが……僕に殺されることなんだと思う。
「あなたが保健室に来たとき嬉しかったの……。やっと、私を見つけてくれたって……。
やっと私は死に場所に出会えたって……」
お姉ちゃんは赤く染まった手で僕の頬を覆う。
「本当に大きくなったわね……。
初めてあったときは、片手に乗るぐらいの大きさだったのに……。
あのときは生まれたばかりだったからね……」
あまりの驚きで僕の呼吸が止まる。
「……お姉ちゃん、もしかして記憶が……」
「私が初めてお手伝いさんなったころに、あなたのお父さんが生まれたばかりのあなたにいい名前がないか私に尋ねてきたの……。初めての子どもだったから、かなりはしゃいでたわ……。
想像できないでしょ?」
あの父親が? 僕に興味を持っていないと思っていたあの父親が?
「そこで私は『千明』と名付けたの……。
千人、つまり多くの人々に明かりを照らす男の子になって欲しいってね……。
それを聞いてあなたのお父さんも『闇に埋もれたわたしと違って、光となって生きていて欲しい』と願って、その名前を採用してくれたわ……。
あなたと会えて、安心したわ。
願い通り、私たちと違って、誰かのために生きていてくれて……」
そうか……。そうだったのか。
僕は期待されていたのか、興味を持ってもらいたかったお父さんと、ずっと一緒にいたかったお姉ちゃんに……。
そして、その期待を僕は叶えていたんだね。
「ありがとう……。私のちーちゃん」
お姉ちゃんの唇と僕の唇が重なる。
それが離れると、お姉ちゃんは微笑んだ。
「こんなに愛しい人のそばで死ねるなんて、私はなんて幸せ者なんだろう……」
僕は彼女と見つめあった。
あの僕を手玉に取っているような余裕のある笑みが消えるまで……。




