最終話 真実⑪
あれからどれくらいの時間経っただろう?
お姉ちゃんがいなくなって、僕はずっと石段の上で、膝を抱えてメソメソと涙を流していた。
なんでお姉ちゃんはいなくなってしまったのだろう?
僕の嘘を知ってしまったからかな?
僕のこと嫌いになったからかな?
そんな悲壮感漂う思考に僕は陥ってしまった。
お姉ちゃんとの別れは、それくらい僕に精神的ダメージを与えてしまったのだ。
僕は憎んだ。それはお姉ちゃんでも、委員長さんでもない。
こうなってしまった運命を……。
こうした結末をもたらした神様を……!
憎んでも意味がないことが分かっている。これが単なる八つ当たりであることも分かっている。
でも、分かっていても、止めることができない。
僕の精神状態を保つためには、致し方のないことだ。
僕はそうやって自分を正当化した。
そう悲観的になっていると、今の僕とは真逆の陽気な声が聞こえてきた。
「おいおい、君か~? オレをこんな目にしたのは~?」
後ろを向くと二十代前半の男性が僕に話しかけてきた。
見覚えのない顔だ。この町の人間ではなさそうだ。
「誰ですか?」
よく考えてみれば、さっきまでこの周辺に人はいなかったはずだ。
ここにいたのは、僕とお姉ちゃん、そして、委員長さんだけ。
一体、どこから現れたんだ?
もしかして、死体を埋めたところを見られた?
もしそうなら、彼の口を止めなければならない。
僕が彼を警戒していると、意外な答えが返ってきた……。
「誰って、神様だよ」
……………………はい?
「すみません。意味が分からないんですけど……」
「すっとぼけないでよ~。君だろ。さっき、怪異現象を起こしたやつは」
怪異現象? ということは、やっぱりさっきのを見られた?
しかし、あれが怪異現象と理解しているのはこの人は……?
「君が挑発して彼女の負の感情を膨らますから、それが引き金になって、この町は怪異現象が起きやすいようになっちゃったの。
それで、神様であるオレもこうやって具現化しちゃったって話」
怪異現象の発現条件も知っている。
それをこの世界で知っているのは、お姉ちゃんと僕だけだ。
ということはこの人は、本当に神様?
だが、まだ決めるには不十分だ。
だって、不可解な点が一つあるからだ。
「それっておかしくないですか? たしかに怪異現象が起きやすくなったけどのは分かりますけど、神様を具現化するような引き金がないように思えるのですが……」
そう神様を具現化するような引き金がいつ起こったか?
怪異は誰かの負の感情が引き金となり、その人の願望を含めて具現化する。
その引き金を誰が引いたのか?
それを知るまで僕は彼が神様であることを信じるわけにはいかない。
疑いの目で謎の人物を眺めていると、彼は不意に僕に向かって指をさした。
「引き金は君だよ、君!」
え?
「僕? どういうことですか?」
僕がそう聞くと、彼は腕を組み仁王立ちで答えた。
「さっき、君は神様のこと呪っただろ。『こんな酷い目に遭わせる神様なんて嫌いだ!』って」
「あっ……」
心覚えが……あるな。
「その願いのせいでオレは呪われて、具現化したの。神の力も少ししか残ってないしね」
そうか。冷静に考えればそうじゃないか?
この町で一番悲しんでいるのは誰だ?
それは……僕じゃないか……。
「ごめんなさい……」
本当に申し訳ないことをしたと思う。
僕がした自己中心的な行動によって、神様に被害を加えてしまったのだから。
「でも、いいや~。この町を見守るだけの生活に飽きてきたんだ。こうやって生身の体を手に入れれば、実際にこの町を守ることができるしね~」
僕が頭を下げると、軽い言葉が返ってきた。
この神様と会話は嚙み合わないな……。
「あのー、神様……」
「神様って呼び方は止めて欲しいな。それは君を『人間』って呼ぶのと同じだからね。オレのことは上木原と呼んでくれ」
「そいうものですかね……。でも。上木原って」
「オレはこの町の氏神だからね。この町がオレの名前にぴったりだ」
「なるほど……」
たぶん正式な名前は存在するけど、彼にとって、それを気に入っているのなら、そう呼ぼう。
「じゃあ、上木原さんと呼ばせてもらいます。僕の紹介はまだでしたね。ちなみに僕は……」
「ちーちゃんでしょ?」
僕の表情が凍りつく。
たしかにそうだけれど……お姉ちゃん以外に言われるのには抵抗があるのだ。
「さっきのやりとりは見てたからね~。君がそう呼ばれているのも目撃してるし、間違ってないでしょ?」
だが、彼にそれを言っても聞いてくれそうになさそうだ。
これは観念して、その呼び名で呼ばれるしかないか。
「ところでちーちゃんはモルモットを殺したことを悔やんでいたけどどうして?」
ついさっきまでお茶らけた話をしていたのに、シリアスな話を始まった。
せっかく顔を出した太陽が温めた空気が、あっという間に冷気に変わった。
僕は上木原さんに背を向け、昇る太陽を見つめて語る。
「さっきのは、僕とお姉ちゃんの八つ当たりだった気がするんです。
僕とお姉ちゃんは望んでもいないのに化け物にされた。彼女よりつらい体験もしてきた。
なのに、あの程度で弱音を吐いている彼女を見て、無性に腹が立ったんです」
「嫉妬ってやつだね」
「そうです……」
嫉妬……僕が嫌っていたはずの感情。
「上木原さんは僕のことを『人間』と呼んだ。本当は、僕も人間でいたいんです。
でも、僕はあまりにも人間離れしていて、化け物に近くなっている。いや、もう化け物なんです。
そんな僕が人間であろうだなんて……」
「高望みだって思ってるの~?」
先読みされた。それは神様の力のおかげなのか、僕の言ったことを覚えていたからなのか。
「オレから見れば、君は人間だ。だから、君が人間あろうとすることは高望みだと思わないんだよな~」
「それは上木原さんが神様だからじゃないですか?」
「そうだよな~」
否定はしないのか。やはりこの人との会話はうまく回る気がしない。
上木原さんは、大きくあくびしながら、石段を下る。
「とりあえず残りの力使って、この町で人間として暮らす準備はしておこうか~。
まずは皆の記憶を改竄して……」
そして、何か恐ろしいことを呟く……。
氏神様は記憶の改竄できるのか……。覚えておこう。
すると、上木原さんは「あっ、そうだ」と言い始めた。
「そうだ。ちーちゃんも一緒に暮らそうよ」
また突然に何を提案しているんだ、この人は……?
「僕とですか?」
「君もさっきお姉ちゃんと別れて、行き場ないでしょ? 丁度いいじゃん!」
たしかに僕には生活費を稼ぐ当てもない。
だからといって、もう一度孤児院に入院するのも気が引ける。
現在において、この提案が僕にとって最良のものかもしれないな
「それにお願いごともあるしね」
「お願いごと……ですか?」
何だろう?
「今、この町では、負の感情に押しつぶされて怪異と出会ってしまう人が多く出てくると思われるからさ。
その人たちを助けて欲しいんだよね」
人を助ける? この僕が?
そんなことできるのだろうか?
お姉ちゃんを救うことができなかった僕に。
「そんなこと僕の力では……」
「こうなった発端は君にあるんだから、四の五の言わずにやってもらうよ~。やってくれなかったら、死体廃棄したことを善良な市民として報告しちゃうぞ~!」
うっ……。それはまずい……。
どうやら僕は、彼に人生最大の弱みを握られたようだ。
「それに」と上木原さん。
「何もしてないのに、自分を無力だと卑下するのはやめな……」
低い声と真剣な眼差しで僕をみる上木原さん。
なるほど僕は自分を無力だと卑下してきたが、実はそもそも行動すらしていないのだ。
なんて当たり前のことに気づかなかったんだ。
そうだ。もしかしたら僕は無力じゃないのかもしれない。
人の役に立てるのかもしれない。
閉ざされた僕の闇に一筋の光が降り注いだ気がした。
「あー、分かったよ~。オレが君を人間だと思う理由」
鳥居から僕を見上げて、大声で彼は言った。
「『生きる理由』がないからさ。
怪異には生きる理由を持って生まれる。たとえば僕はこの町を見守るという役割があり、それが生きる理由なんだよ~。
でも、君は生きる理由を持っていない。つまり君は人間さ」
「じゃあ、人間に生きる理由はないっていうのですか?」
「そうは言ってないんだよな~。
人間っていうのは生きる理由を自分で選ぶことができる生き物なんだよ~。
だから、君も生きる理由を選ぶことができる」
「生きる理由を選べる……?」
「じゃあ、選んで~」
「え? え? え!?」
「君の生きる理由は何でしょう~?」
この質問にこのとき僕は答えることができなかった。
このときは……。




