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最終話 真実⑥

僕は地上への階段を泣きじゃくりながら駆け上がった。


 自分が情けない。


人より頭脳や力があるのに、何もできない自分が情けない。


 でも、この力も望んで手に入れたものじゃない。だから、使えなくても、使わなくても僕の責任じゃない。


 それに、所詮、僕は三歳児だ。大人に勝てるわけじゃない。


 そうやって言い訳を頭の中で並べる自分は情けない……。


 階段の向こうから明かりが見えてきた。


 瞼の外側から感じる光に導かれて、僕は地上に飛び込んだ。


 赤いカーペットに涙が落ち、そこだけより濃い紅色に染まる。


 だんだんと紅色に変わっていくのを歪んだ視界で眺める。


 考えるのも辛くなり、僕はただ泣くだけだった。


「何してるの!? そんなところで!?」


 女性の怒鳴り声がふと耳に入ってきた。


 顔を上げるとワイシャツを着た三十路の女性がそこにいた。


 いつも父親にべったりくっついている女。僕の母親である。


 ショートヘアの毛先をくるくると人差し指に絡ませながら、彼女は僕に明白な嫌悪の表情を向けてくる。


「ここは立ち入り禁止のはずよ! なんでそんなことも守れないの? このクズが!」


 クズ? クズと言ったか? たかが人間のくせに?


「ねえ、あんた。僕はものすごく腹立たしいんだ。だから、これ以上怒らせないでくれない?」


「母親に向かってその聞き方は何!? これだから失敗作は……」


「たかだか僕を産んだ程度で何様のつもりなの?」


「うるさい! あんたみたいな失敗作を生んでしまったから、あたしはあの人に興味をもってもらえなくなったのよ! あたしは頑張って実験に協力した! そんなあたしにあの人は優しくしてくれた! だから、もっと頑張った! なのに……なのにどうしてあんたみたいなやつを……」


「僕だって望んであんたから生まれたわけじゃないよ。それは完全なる不可抗力だ。僕に責任転嫁しないでくれる……?」


「うるさい……! うるさい! うるさい! あたしはあの人のためになんでもしたかったのよ!」


「そういえばさっき地下室に入ったら、見覚えのある女性が横たわっていたんだけど……。あれってもしかして……?」


「ここのお手伝いさんだったあの子ね。あの人が綺麗な容姿が欲しいと言ってたから協力してもらったのよ。実験に協力すれば家族に大金貢いであげると言ったら、喜んで死んでくれたわ」


「死んじゃえ……」


「え?」


「そうやって僕の大切な人を奪うお前なんて死んじゃえ。


 僕のことを愛してくれない母親なんて死んじゃえ。


 いや……僕が殺す」


 僕は彼女の首元に飛びつき、両手で強く絞める。


 人間の、さらに女性の力では僕から離れることができないので、彼女の抵抗虚しくだんだんと息苦しくなっていく。


 あと少しで落とすことができる。


 そう思った矢先、後ろから声が聞こえた。


「え? お、れ、の、も、く、て、き、は、つ、い、え、た?」


彼女は何を言ってるのかという顔で僕を見る。


もしかしたら、聴力の問題で僕にしか聞こえていないのかもしれない。


「お、れ、は、こ、こ、で、し、ぬ?」


 彼女は何かに気づいたらしく、大きく暴れた。


 僕は油断していたせいか、彼女を逃してしまった。


 その彼女が向かったのは地下室だった。


 おかしいな? なんだが少し熱いような気がする。


階段から地下室の方へ目をやると、暗かった向こう側がやけにめらめらと明かりを発していた。


めらめら?


「まさか……」


僕の脳裏におぞましい考えが浮かんだ。


身の危険を感じて、僕はその場から離れようと走る。


すると、背後で熱気を感じた。


恐怖に襲われたが僕は振り向いた。


僕の背後では、炎が竜の如く地下から這い上がり、壁を、床を、天井を燃やし尽くしていた。


そのとき咄嗟に脳裏にある人の顔が浮かんだ。


それは父親でも母親でもなかった……。


「お姉ちゃん!」


僕は彼女を助けようと、燃え盛る炎地下室に戻ろうとした。


しかし……。


「ダメです! お坊ちゃん!」


そう言ったのはお手伝いのおばさんだった。


火事に気づいて僕を助けに来たのだろう。


「だって……」


 僕は子供っぽく言い訳をしようとする


それが通じなかったって僕の力なら簡単に彼女の手を振り解くことができる。


でも、それはできなかった。彼女の一言のせいで。


「お坊ちゃんを死なすわけにはいきません! 千里ちゃんに頼まれたのですから!」


「え……? どういうこと?」


「千里ちゃんは失踪する前に『ちーちゃんのことお願いします』って私に言ったんです。


彼女はそれくらいあなたのことを気にしてたんですよ!


今、どこにいるか知りませんが、彼女に頼まれた以上、私はあなたを死なすわけにはいきません!」


 彼女の言葉に僕は逆らうことができなかった。


 僕は知らなった。お姉ちゃんが僕のことを思ってくれたなんて。それも遺言に残すほどに心配してくれたなんて……。


 僕の腕の力は抜けていき、お手伝いさんはその腕を引っ張ってその場から一緒に逃げようとする。


 僕は火の海の向こうに呟いた。


「さよなら……。お姉ちゃん……」



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