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最終話 真実③

 その日の夜、全く寝付けなくなった僕は、お姉ちゃんを誘って、家の庭園を一緒に歩くことにした。


 整えられた花々を照らす街灯には蛾がたむろし、セミが屋敷の鳴き声があらゆる角度から聞こえてくる。


 昼間との温度差により、庭園はもやに包まれ、それが僕たちの火照った体を冷やしてくれる。

 

 お姉ちゃんは、昼間のメイド服姿ではなく、上はタンクトップ、下にショートパンツを着用していた。


 お姉ちゃんとお話したかった僕は立って話すのもおかしいと思ってベンチを指さし「そこに座ろう」と提案した。


 お姉ちゃんは「いいわよ」と賛同し、僕と一緒にベンチに座った。


「クションッ! あらら、夜に出歩くには、この服は薄すぎたかしら?」


 お姉ちゃんは寒そうに両手で自分を抱きしめ、膝を抱える。


「あの屋敷は外の気温に合わせて、部屋の中を最適な温度に設定するようになっているから、外出のときに服選びを間違えちゃうよね?」


「そうだね。この家に来てから頻繁にそういったこと起こるものね」


 ベンチの上で体育座りをしながら、お姉ちゃんは遠くを眺めた。


「お姉ちゃんはいつからこの屋敷に泊まり込みで働くようになったの?」


「中学校を卒業してすぐだから……丁度、ちーちゃんが生まれたころかな?」


「え? お姉ちゃんって、高校行ってないの? 高校って義務教育じゃなかったっけ?」


「数年前からそうなんだけど、家の事情でね……。働かなければいけなくなったの。中卒の私はどこにも就職できないし、アルバイトしても少ししか稼ぐことができないから、もっといい職がないかと探していたらここのお手伝いさんの募集があったの」


「家の事情って……?」


 子どもながらに気を使うことができず、質問してしまった。


 その言葉を発してすぐに気づき、お姉ちゃんを傷つけてしまったことを懺悔したくなった。


 でも、そんな失礼な質問にも、お姉ちゃんは余裕の笑みを浮かべて答えてくれた。


「私の家にはね、ちーちゃんと同じくらいの弟がいるの。でも、家が貧乏でお父さんもいないから、お母さんが身を削って働いても、弟を養えないのよ。だから、私がここで働けばたくさんのお金が手に入ってお母さんが楽できるし、弟を養うこともできるの」


 正直、僕には家族のために働くという概念は理解できない。それは、まともな親子の会話がない僕の環境が特殊だからであろう。


 しかし、それが今までお世話してくれたお姉ちゃんに恩返しをしたいという僕の感情と同じなのであれば、分からなくもない感情だ。


 そして、人のために働いているお姉ちゃんの行動に僕は感動した。


 お姉ちゃんの強さに憧れた。


 人のための行動など僕には到底できないように思えた。


 生まれて三年間お姉ちゃんにわがままを言い好き勝手に生きてきた僕にそれは不可能である。


 そんな気がしたのだ。


「やっぱりお姉ちゃんには敵わないや……。人としてね」


「仮にもちーちゃんより十五年多く生きているんだから当たり前よ」


 僕は不敵な笑顔を見つめる。強く、美しく、妖しい彼女。


 見ているだけで僕の全てが彼女に吸い込まれそうに錯覚する魅力。


 これがカリスマ性と言ったものなのか?


「フフフ、どうしたの? そんなに私を見つめて?」


「僕は大人になったらお姉ちゃんみたいな強い大人になりないなって思って……」


「あら、嬉しい。でも、私はそんなに強い人でもないわよ?」


「十分強いよ……。僕なんかより……」


 そう自分を責めるように言うと、いきなりお姉ちゃんに抱きしめられた。


 僕を胸に抱え込み、お姉ちゃんは僕の耳元で囁いた。


「大丈夫。ちーちゃんはお姉ちゃんよりももっと強い男の子になるから。そのときを楽しみにしてるね」


 ぬくい人肌に包まれながら、そのまま僕は眠ってしまった。


 翌朝起きると、自分の部屋のベッドに横たわっており、昨日のことが夢のように感じた。


 しかし、彼女の温もりを体は覚えているし、彼女の声は僕の頭の中にこだましていた。


 時代遅れだが趣のあるアナログ時計を見ると、朝の十時を示していた。


 きっとお姉ちゃんは屋敷で家事の仕事をしているだろう。


 僕は心躍らせて二階の寝室から一階のリビングへ向かったが、お姉ちゃんの姿を見つけることはできなかった。


 それどころか、その日から僕はお姉ちゃんを見かけることがばったりとなくなってしまったのである。



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