最終話 真実②
僕は頼光千明。今年で三歳になる。
今日は、お父さんもお母さんも外出していて、自宅でお手伝いさん達とお留守番。
僕の趣味は本を読むこと。読んだ内容は頭の中から消えることなく、家にある何万冊の本の内、すでに数千冊は実物の本がなくても頭の中に入っている本で内容を知ることができる。
今まで気づかなかったが、僕の記憶力は並外れているらしい。この家に訪れる人間以外と関わったこともなかったので、世間一般や常識というものを知る術が本以外になかった。
父親は研究室に籠りっぱなしで、今日のように研究に関係した会合がない限り外出しない。だから、旅行に連れて行ってもらったこともないし、彼とまともに話した記憶もない。
世間の親子関係を知っているわけではないが、父親から愛情表現を受けないことに違和感があるように思えた。
小説に出てくる父親像というのは大きく二つに分けられる。
子を愛する父親と子を甚振る父親だ。
だいたいの父親は、前者であり、自分の子どもを愛してその子のために色々と考えてくれる。
後者は一種の悪役として登場し、子どもをお荷物だったり邪魔者だったりと位置づけ、ストレス発散のために子どもに暴力を振るう。だが、「暴力を振るう」ということは興味があるということだ。
そもそも興味がなければ関わろうともしないだろう。僕の父親のように、ね。
親から愛情はもちろん興味すら持ってもらえないことについて僕は気にしている。
この年頃の子どもには親という存在が不可欠であり、親からの愛情を求めるのは当然のことだと思うのだ。
しかし、父親は研究のことしか考えていないないし、母親はそんな父親に夢中だ。
揃いも揃って僕を無視している……。
ダメだ。これ以上考えるのは止めよう。これ以上考えたら、僕ははまってしまった沼から抜け出せなくなってしまう。
僕は思考を止めると、目の前にメイド服姿の女性がいることに気づく。
しゃがみながら膝を抱え僕を見つめる眼差し。
僕がソファに座っているせいでその眼差しは上目遣いになっていた。
長い髪が地面に刺さり、頭にはめた白いカチューシャにはひらひらがついている。
「今日は何の本を読んでいるの? ちーちゃん?」
妖艶な笑みを浮かべてお気に入りの人形を見つめるように僕を眺める彼女、千里さんは物心つく頃から、僕のそばにいて僕の話し相手になってくれるお手伝いさんだ。
僕にとって千里さんは、実の母親より母親らしく僕に接してくれるので「お母さん」と呼んでみたことがあったが、「実のお母さんがいるのにその呼び名はよしなさい。私のことはお姉ちゃんと呼びなさい」と諭された。
ちなみに僕に本を読むことを教えたのも彼女である。
「お姉ちゃん……。その呼び名はやめてくれない? 僕には千明っていう名前があるんだよ?」
「だからちーちゃんじゃない?」
「それを言ったらお姉ちゃんもちーちゃんになるよ?」
「あら、本当ね。ちーちゃんとお揃いなんて素敵」
ダメだ……。この人にまともな説得をしても通じない……。
「それで? 今日読んでいる本は何?」
「太宰治の『人間失格』」
「あらら。またお堅い本を読むのね? 子どもらしい絵本には興味ないの?」
「普通の子どもは絵本を読むの?」
僕の質問返しに一瞬驚いた表情を見せたが、またそれは余裕の笑みに戻っていた。
「私みたいな凡人は、子どものときに絵本を読んでもらうの。お父さんやお母さんにね」
「そうなんだ……。絵本はたまに読むけど、すべてひらがなだから読みづらいんだよね」
「普通の子どもはその年で漢字は読めないもの」
「じゃあさ、お姉ちゃん……今度、僕に絵本読んでくれない?」
「あら? これは三歳児なりのプロポーズかしら?」
「ちッ、違うよ!」
「あらあら、そんな顔を赤くしちゃって」
結局、このときも何を言っても僕がからかわれて終わった。




