第四話 虚言⑧
……なんつってね!
「痛ってぇぇぇぇぇぇ!!!」
オレは後頭部を抑えながら悶える。
ローラーみたいに床に転がり、「痛い! 痛い!」と連呼する。
「なっ!?」
男は絶句し、オレの哀れな姿を見つめる。
「そんなに見つめられると照れるんだけど~?」
オレは尻餅をついて男を見上げる。目には涙溜まっていて、充血もしていたけど、強がって笑いながら冗談言ってやったぜ。
「どういうことだ!? ぼくはたしかに撃ったはずだ! なのに血すら出ていないじゃないか!?」
「オレの身体は頑丈なんだよね~。そんじょそこらの人間なんかと一緒にしないで欲しいね」
「くっ!」
男は悔しそうな顔をした。
オレもバカだが、そんなに簡単に情報を漏洩するとはこいつもバカだな。
こんなやつに翻弄されたこの数か月が本当に無駄に思えてきたぞ……。
さて、あとはこいつを捕まえるだけだが……。
「早川くん、逃げるぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってください……! ど、どいうことですか……? き、聞いてません……?」
「う、うるさい!」
男は早川ちゃんを担ぎ上げて、この部屋を飛び出した。
あらら、逃げちゃった。こうするときにすることは決まってる。
「待て~!」
鬼ごっこスタートだ。
▷▷▷▷
片岡を追いかけること数十分。
気がつけば周りは木々に囲まれていた。
ふと振り向くと上木原高校が見下ろすことができた。
なるほど、ここは山の上か。
上を向くと晴天を雲が覆い隠し始め、あたりは暗くジメッとした空気が流れていた。
少女を担いだ男を追いかけていると、大きな建物が見え始めた。
壁はさびついて変色し、それをツタが緑で覆い隠そうとしてた。
これが片岡の言っていた実験場か。
「来るな!」
オレが校門をくぐると、片岡が銃口をオレに向ける。
「だから、銃弾はオレに効かないんだって~。
もう観念しなよ。君はオレに勝つことはできないんだからさ~」
「うるさいッ! 銃弾が効かなかったのはお前が見えないバリアでも張っているからだろ?
それを解除すれば……」
「いや、そんなことしてないからさ……」
「じゃあ、なんで効かないんだ!?」
オレは頬をかいた。そうか、説明しなきゃいけないか~。
「じゃあ、説明しよう!」
片岡が息を呑む。肩に力が入り、疲労も相まってか足がひどく震えていた。
顔は恐怖で歪み、汚れた風貌がさらに醜く成り果てていた。
オレは腕を伸ばし親指を立てて告白した。
「オレって、実は、神様なんですッ!」
………………。
あれ? なんだこの空気は?
季節は冬だけど空気が凍りつくほど寒かったっけ?
「ふッ、ふざけるなッ! 神様だと!? そんなこと……ッ!」
「いやいやいや。
怪異のことは信じるのになんで神様の存在を信じないの~?」
片岡はそれもそうだという顔をする。
たしかにこんなちゃらんぽらんな神様なんていると信じられないのかと納得する自分もいるが、事実だから受け止めるしかないんだよね~。
「まあ、簡単に説明すると、十年前に神様なのにこの世界に呼ばれちゃって戻ることができないからヤクザの親分って設定にして暮らしてるんだよね~」
「設定だと?」
「そう、設定。
この世界に来たばっかりのときは、まだ人の記憶を改竄するくらいの力は残ってたからね。
この世界の皆に、オレが作ったいろいろと細かい設定を植えつけさせたんだよ。
今は、人より頑丈で運動神経がいいってことくらいしか取り得ないけどね~」
「だから人より体が丈夫ってことか……ッ!」
片岡は激しく歯ぎしりする。
強く噛みしめているため、えらが張り顔が青ざめる……。
「じゃ、じゃあ神様さぁ……。ぼくを救ってくれよ……! ぼくはまだ研究をしていたいんだ……」
「いや……君を助ける気なんてさらさらないけど?」
「どうしてだよ!? 神様はすべての人を救ってくれるんだろ?」
「それって唯一神の宗教の考え方じゃない?
オレは神道の神様だし、この町の守護神だから君を助ける義理はないんだよね~」
まったく……。最近の若者は宗教の違いを理解してないんだから~。
「それにさぁ。
散々、人に迷惑かけといて自分に難がかかると助けてもらおうとするなんて……」
オレは笑みを消し、彼を睨みつけた。
「高望みが過ぎないかい……?」
オレの低い声が校庭に鳴り響く。
片岡が怯えて、一歩退いた。
その拍子に手の力が緩み、隙をついて早川ちゃんが片岡から抜け出す。
早川ちゃんは地面に体を打ち付け、痛みに歯を食いしばりながら立ち上がり、校舎に向かって走り出す。
「逃がすかッ!!」
片岡は銃を彼女に向け、赤く濁った目で獲物を捉える。
引き金に指をかけ、その力のままに引き金を引く。
バーーーーーーッン!
レーザーとは違うアナログな音が響く。
小鳥が木々から飛び立ち、少女はしゃがみ込む。
銃弾は二階の窓のない部屋に入り、天井にめり込んだ。
「おいおい、いきなり意味なく女の子に撃つのはおかしくないかい?」
オレは瞬間的に距離を詰め、片岡の手首を掴み、銃口を上に向けさせたことで、彼女への発砲を防ぐことができた。
片岡も冷静になったのか「はっ!」と声を上げると、彼の額からだらーっと汗が噴き出す。
心臓の音とともに呼吸リズムが壊れたように速く、瞼は何度も瞬いていた。
「彼女はこの学校の地下で生まれたんだよね……?」
彼は恐怖で頷くことすらできなかった。
「オレがこの町が好きなのか知ってる? この町で生まれた人間が好きなのも知ってる?」
彼の口から嗚咽の音が聞こえてくる。
「オレは好きな人が傷つけられるのがこの上なく大ッ嫌いなんだよ……」
彼の手から銃を奪い、銃口を彼ののどに突きつける。
「これは当然の罰だ……」
オレは引き金に指をかける。
片岡から「やめろ!」と滑舌悪く叫ばれる。
「じゃあね……」
引き金を数ミリずつ引いていく。
それを見て片岡の瞳孔が開いていき、ついには白目を向いて、気絶した。




