第一話 怪物③
「出会い方……?」
しばしの黙読の後、ちーちゃんは、頭を傾かせた。
「何書いてあるか、分からないよ」
それもそのはずだ。世界一の頭脳を持つ人ですら理解できない、最先端すら追いついていない思考が書かれていることを、子どもが理解できるわけがない。
そもそも、そこにはちーちゃんがまだ知らない記号や言葉、漢字が羅列しているのだから、読むことすらできていないと思う。
「一番後ろにある紙を読んでみて」
だから、私は大幅に省いて、子どもにでも分かるように解説した紙も渡しておいた。
こうなることを見越せないほど、愚かではないからね。
「簡単に言うと、怪異現象っていうのは人の心と繋がっているの。特に、悲しかったり、落ち込んでいたり、気持ちが暗くなっているときに、彼らは現れるの」
この部分を証明するのが難しかった。人の心や霊と言われる、抽象的とされているものが、何でできているのか、どんな仕組みをしているのか……。
それが分かったとき、喜びと同時に人間がこんなに単純なものでできているということに失望した。
それは、人間という生物の優越を私はどこかで期待していたからだと思う。
昔、「生物は遺伝子でできている」という主張に、「遺伝子のような単純な構造をしているものが生物を構成しているわけがない」と反論した人が多数いたという。しかし、皆が知る通り、生物は遺伝子によって構成されていることは証明された。
そのときの彼らの心情は、今の私と同じものだっただろう。
「たしかに。人間に悪さする妖怪が多いから、分かる気がする」
「でも、その負の感情だけじゃ、怪異現象を起こすことはできないの。負の感情は怪異現象の源であるけど、それを発現させるには、自然の力が必要なの」
「自然の力?」
「名前の通り、自然が持っているエネルギーのこと。
地球には膨大なエネルギーがあって、そのいくつかは自然の力として存在しているの」
私は、その紙に書いた地図から、この街にある神社を指さす。
「ここにその自然の力があるの。だから、そこで負の感情を爆発させたら、怪異現象が起こるわ」
今のところ、怪異現象の発現を推奨しているような発言しかしてないが、私はそこで「でも……」と付け足す。
「そこの神社の力は、あまりに大きくて、怪異現象を起こしたら、この街に自然の力が溢れ出すと思う。
そして、都会は負の感情が蔓延っているから、怪異現象がこの街を壊す危険性もあるの」
最後に私は問いた。
「それでも、妖怪に会いたい?」
ちーちゃんからの返答がくるまでしばしの沈黙の間ができた。
視線を紙から私に移して、口を開く。
「……それなら、妄想の中だけでいいよ。
僕はこの街が好きだし、他人は怖いけど、傷つけられているのを見てると嫌な気持ちになっちゃうんだ。
それに、僕だとそもそも妖怪に会えないと思う?」
「なんで?」
出会えることを伝えたのに、会えないという結論に至ったのが私は不思議でしょうがなかった。
私のことを信頼していないのか……。
そんな不安が頭をよぎったが、無駄な心配だった。
「お姉ちゃんといると楽しくて、良い感情しか持てないからだよ」
「あら、嬉しいこと」
私はちーちゃんを抱きしめた。
私と違って、その体は温もりに溢れていて、その温もりが私に流れ込んで来た。
毎日していることなのに、今はなぜかこの時間が奪われたときのことが頭にふと浮かんだ。
そのときのことを考えるとつい怖くなり、いつもより長く、強く、私は抱きしめ続けた。