第一話 怪物②
ビル街から少し離れた住宅街。
その中にある二階建てアパート。部屋は四つほどあるが、人が住んでいるのは一部屋のみである。そこが私たちの部屋である。
アパートは数年前リフォームされ、自然を意識した薄緑色の壁と、ソーラーパネルを備えつけた黒い屋根が特徴で、道路と三軒の家に囲まれている。
アパートの真ん中が駐車場となっており車二台分停めることができる。
停められている二台の間を通ると、鉄階段が見えてきた。
その部屋に向かって階段を昇ると、左右に扉が一つずつある。
私は迷わず右に曲がり、開き戸を引く。
「ただいま」
そう言ってから、靴を脱いでいると、斜め左にある引き戸が開き、一人の男の子が出てきた。
「おかえり、お姉ちゃん」
男の子は、自分の体より一回り大きい服を着て、寝ぼけ眼をこすりながら言った。
「ちーちゃん、寝てたの? 起こしてごめんね」
私が膝を曲げて両手を膝につけ、彼の視線を合わせながら謝罪すると、「気にしないで。僕はお姉ちゃんが帰ってきて嬉しい」と私に抱きついた。
やっとジェットコースターに乗れるようになった背丈だから、ちょうど顔が私のお腹にうずくまる。
なんとも愛くるしい行為に、つい「よしよし」と頭を撫でる。気持ち良さそうな笑顔が、彼の可憐さを強調させた。
「そういえば」
ちーちゃんは、何かを思い出すと私の手を引っ張って、さっき彼がいた部屋に連れて行く。
その部屋は、本やらファイルやら散らかっていて、彼の勉強机の上には、A3サイズの画用紙が置かれていた。
「お絵かきしたの」
画用紙には、人の形をしていながら、山吹色の体毛、長い手、狂気に満ちた顔をもった生物がいた。
「これは何?」
「狒狒っていう妖怪。人を食べちゃうの」
小学校に上がったくらいの子どもが描く絵とは思えない不気味さと畏敬と美しさが表現されていた。
「本当に、ちーちゃんは妖怪が好きだね」
私はもう一度、彼の頭を撫でる。ちーちゃんは、私が期待していた通りのおひさまのような笑顔で、「うん!」と言った。
私はもっと喜ばせたくて、ある問いかけをする。
「ねぇ? 妖怪に会いたい?」
「会いたいよ。人が僕より強いのは嫌なのに、妖怪だと尊敬しちゃうんだ。なんでだが分からないけど」
きっとそれは同じ土俵の上にいるかいないかの違いだろう。
他人が自分より優っていると嫉妬するのは、「同じ人間なのに」と心の中で思っているからだ。
だから、妖怪や神といった人を超越した存在に嫉妬することなどない。
そんな存在を一目見てみたいと願うことは、子どもなら当たり前だろう。
「妖怪に会えるとしたら、どうする?」
その質問を聞いて勘づいたのか、ちーちゃんは、目を見開いて私を見上げる。
「え? 会えるの?」
私はカバンから、何十枚もの紙を出した。
「はい」
それを渡すと、多くの文字で埋まった紙を見て、ちーちゃんは「何が書いてあるの?」と疑問を投げかけた。
間髪入れずに私は答えた。
「そこに書いてあるのは妖怪との出会い方だよ」
私はちーちゃんにも負けず劣らずの笑顔で、そう伝えた。