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第三話 仮面⑥

 彼、佐々木さとし君と出会った明くる日、あたしは昨日と変わらず保健室にいた。


 今日は体調不良を装い、体育の授業を休んだ。


 出たくなかったこともそうだが、あたしの運動神経では体育の授業に出るのは危ないと思ったことも休んだ理由の一つだ。


 それに、運動しているよりも、ここで雪宮先生と話していた方が楽しい。


 雪宮先生は雪だるまが描かれた可愛らしいマグカップを片手に、職員用の机に腰かけていた。


 あたしのマグカップは、着物を着た綺麗な女性が描かれていて、背景の紺色と三日月も相成って、妖しい色気を醸し出していた。


 マグカップの中身はコーヒーで、大人の苦いにおいが部屋に漂っている。


 そのにおいが、あたしの昨日からの興奮を抑えてくれた。


 昨日の宴会で不満が溜まるだろうと、前もってその愚痴を言うために先生に予約していたのだが、特に愚痴をこぼすような出来事はなかった。


 というより、心ここにあらずで、周りの人々の言動が気にならなかったというのが正しいだろう。


 だから、授業をサボって保健室に来たものの、話すことがなく沈黙が続いている。


 あたしは体を温めようと、マグカップに口をつける。


 しかし、コーヒーは冷めていた。知らぬ間に長い時間が経っていたのだ。


 熱いと思い、慎重に飲んでいたのがバカみたいに思えてくる。


 なんでこう……調子が悪いんだろう?


「それは恋をしているからじゃないのか?」


「はい!?」


 突然の発言に動揺して、マグカップを落としそうになる。


 でも、なんとかコーヒーをこぼさないで済んだ。


「あらら? 図星かな?」


 見透かしていた癖に……。雪宮先生は、よくあたしの考えを見抜く。それも当たり前のように見抜くから恐怖を感じることが度々あるのだ。


 先生はにやついた表情であたしを見る。


 その目は新しいおもちゃを手に入れた子どもの目だった。


「へー、れいかちゃんも女の子なんだね」


「だから、普通の女の子だって、言っているじゃないですか……」


「それで、その子はどんな男の子なの?」


 ぐいぐいと話しを反らすことなく質問するその姿。


 それは、虫のように小さな穴から入って来て侵略するのと同じように感じた。


 女子特有の侵略戦争のような会話。


 女子校出身だから、あたしは慣れているし、この方が話しやすい。


「好きかどうかわからないんですけど……。


 男子が苦手なあたしでも、気軽に話せる感じの子ですかね」


「同級生?」


「一年生らしいです」


「じゃあ、一つ後輩か~。


 れいかちゃんが気になるなんて、その子はそうとうイケメンだったり……?」


「いや、顔はいまいちというか、イケメンと真逆というか……」


 我ながらこれ以上ない誹謗中傷をしていると思う……。


「だから、見た目とかじゃないんです。


 中身がいいっていうか……。


 でも、本当に中身がいいかどうか決定的じゃないし……」


「じゃあ、デートにでも誘えば?」


 もじもじしているところに、この人はまたしても爆弾を放り投げてきた。


 子どもの頃は、走っている同級生の足を引っかけていたのかもしれない。


 次の不意打ちに注意して、あたしはつい身構えてしまう。


「いや、会ってすぐにデートに誘うなんて……」


「あなたみたいな可愛い女の子に誘われて、断る男の子はいないと思うわ。


 それに、あなたを知らないだけで酷い目に会っているんだから、あなたのデートの誘いを断ったら今度はどんな風に処刑されるか分かるはずよ」


 それって脅しって言うんじゃ……。


 でも、共学ではそれが当たり前なのかもしれない。


 そんな勘違いをしたあたしは、すぐ行動に移した。


「じゃあ、早速、誘ってきます」


 あたしは先生に一礼してから、保健室を飛び出す。


 ときめく胸に身を任せて。


▷▷▷▷


「さてと……」


 雪宮は、コーヒーを入れ直そうと、腰を上げた。


 最近購入した小型焙煎機を彼女は気に入って、おいしいコーヒーを求めて何度も焙煎してしまう。


 焙煎機にコーヒー豆を入れて、お湯を入れていると彼女は後ろから気配を感じた。


 振り向くと、そこには青年が立っていた。


 容姿端麗で、気品の良さがにじみ出ていて、遠くにいてもその存在感を目立ちそうに思えた。


 なのに、彼がこの部屋にいたことに彼女は気づかなかった。


 いや、気づけなかった。


 なぜなら、彼が気配を完全に消していたからだ。


 雪宮の額から冷や汗が伝う。


「どうも、雪宮先生、初めまして。


 一年の頼光です」


 青年が律儀に挨拶すると、彼女は愛想笑いをした。


「初めまして、雪宮です。君のことはよく知っています」


「そうですか。僕はあまり目立った行動をしていないのですが」


「色々知ってますよ。


 上木原さんの家で居候していること。怪異現象について詳しいこと。


 そして、『あるサイト』について調べていること」


 ちーちゃんの眉が一瞬動いた。


「ほー、よく知ってますね。驚きました。


 そこまで見抜かれているのなら、ここに来た、いや、この保健室に潜んでいたわけもご存じなのでしょう?」


「えー。彼女がそのサイトに関与しているかどうか知るためでしょう?


 きっと、私になら情報を漏らすんじゃないかと考えて」


「その通りです。雪宮先生はよく知っている。


 というか、知りすぎている」


 ちーちゃんは、自分の顔をにやつかせながら、拍手をする。それは賞賛ではなくお手上げを意味していた。


 彼は理解した。情報戦においては彼女の方が有利だということに。


 暴力的手段も好まないので、彼が決断したのは……。


「それでは失礼します。ここまで僕の思考を読まれたら歯が立ちませんから」


 戦略的撤退だった。


 彼は踵を返し、扉へ向かった。


 背中を見せているのに隙のない姿勢。


 緊張感漂う空間で見せる異様な落ち着き。


 青年はまさに人間離れしているように思える。


「……ちなみに彼女はサイトに出会いましたよ」


 後ろからする声に耳を貸す頼光。


 彼の瞼が驚きで、大きく開く。


 当然だ。


 彼女がそんなことを教えてもらうとは思いもよらなかったのだから。


「やはり、そうですか……」


 それだけ言い残し、青年は振り向くことなく、背を向けたまま退室した。


 


 







 


 


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