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第一話 怪物①

「今日の授業は、これで終わりです。皆さん、気をつけて下校してください」


爽やかな男性が帰りのホームルームで、それだけ伝えて、クラスは解散となった。


先生が教室から出ていくと、生徒たちは、各々自分の手首に巻いた腕時計型端末のボタンを押した。


すると、それはくうに長方形を描き、彼らはその画面をスワイプし始めた。


友達や両親への連絡、今日の授業についてデータファイルの貸し借り、SNSへの発信、中には動画サイトを見る人もいた。


しかし、技術は進んでも、人は人と話すことを止めることはなく、教室は雑談が飛び交い、一日の中で最も賑わっていた。


満月に吠える野良犬よりうるさいし、その下品な振る舞いを直して欲しいが、ノミより小さいおつむでそれを理解できないだろうと知っているので、あえて口に出さないことにした。


 その教室の窓側の一番後ろの席に、ひとりだけ机に向かって勉強している美少女がいた……。


 まあ、その美少女というのは私なのだが。


 この話を聞くと、私のことを、不真面目な生徒ばかりのクラスで唯一真面目に勉強している女の子と、認識してしまうと思うが、そんなことは断じてない。


 実をいうと、今日、私はどの授業にも参加していない。「参加しなくていい」と先生に言われているのだ。体が弱いわけでもないし、病気を患っているわけでもない。「君のような天才に、この程度のレベルの授業を提供するのは申し訳ない」というのが、先生のセリフの真意だ。


 その言葉に従って、他の皆が授業を受けている間、私は図書室で難解な「証明問題」を解いていた。


 でも、授業に参加しない代わりに、朝と帰りのホームルームには参加しなければいけない。朝夕合わせて二十分の時間がもったいないと思うほど、年老いてはいないので、人間もどきと一緒にこうして時間を共にしていたのだ。


 参加はしたと言っても、先生の話は全く聞いていない。その間も、私は「証明問題」に取り組んでいた。そして……。


「終わった……」


 私は鉛筆を机に置いてから、両腕を上げて、斜め後ろに体を伸ばす。こんなにも気持ちの良いことは他にない。悩んでいる間は、首を絞めつけられるような気持ち悪さがあるが、解けたときの開放感と快感は、激しく私の脳を刺激させる。


そして、自分の実力も証明されたことに、私は安堵の息を漏らす。


「どうしたの? ため息なんかついて」


顔を上げると、メガネをかけた少女が後ろに手を組んで私に笑顔を見せていた。


新品同様の綺麗な制服と、それを一切着崩していない姿勢、校則に反することのない黒いショートヘアが、彼女の真面目さを示している。


そして、誰かがマイナスのアクションをすると、反応して手助けしたくなる行動は、彼女の優しさの表れだ。


「委員長さん、これはため息じゃないよ。問題解き終わったから、息を漏らしてただけ」


「大変な問題を解いたあと、そうなっちゃうよね。その気持ち分かるよ。でも、めありさんが手こずる問題ってあるんだね。どんな問題?」


「言ってもあなたには分からないよ」


そうこの世界の人間の誰もが理解しえない問題だろう。当然、私は除くけども。


「本当に歯に衣着せぬ発言しかしないんだから。その正直なところ、めありさんの良いところだと思うわ」


「 あなたの人のあらゆる短所を長所として受け入れる思考回路は、故障しているとしか思えないけど」


「そうかもしれないね。へへ」


なんて可愛らしい笑い方なんでしょう。その可愛い照れ顔に、私は魅了されてしまった。中身など所詮見た目でカバーできるのだと再認識した。


少し視線を右にずらすと、先ほどまでうるさかった少年少女共が教室からいなくなっていた。


本当に行動するのが速い。


「委員長は帰らなくていいの?」


私がそう質問すると、「そうだった。いけない」と口に手を当てる。その後、彼女は自分の席へ戻り、すぐに帰りの支度をする。


急いで教室を出ようとしたが、扉の前で立ち止まって、私の方へ振り向く。


「またね、めありさん」


「『また』があったらね」


「もう、意地悪なんだから」


彼女は踵を返し、教室を出る。急いでいるはずなのに廊下を走らない彼女に、私は心の底から(あき)れていた。


さて、問題も解けたところだし、私も帰りますか。


数枚の紙と鉛筆、消しゴムを手さげカバンに入れて、席を立ち、彼女と違って廊下を走って、昇降口に向かった。


時間がもったいないと思っていないはずなのに、急いでいるのは、我ながら思想と行動が矛盾していると思うし、自分も不完全なんだなと思い知らされる。


そこをつかれたときの反論として言いたいのは、私の思想がどうであれ、人を待たせることはいけないということだ。


そう、我が家でお腹を空かせているであろうあの子、ちーちゃんを待たせるわけにはいかないのだ。








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