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第二話 醜悪⑧

「あんたはねぇ、昔、私たちに山で拾われたのよ」

 

 幼少時の俺に母親はそう告白した。


 結論から言うと、それはまったくの嘘である。


 俺は間違いなく母親の胎内から産まれた。


 母親は小さい俺を、ちょっとした気持ちで、からかったのだ。


 でも、そのとき俺は、それが冗談とは気づかなくて、真剣に信じてしまった。


 母親が「嘘だよ」とバラしても、俺は心のどこかで「この人は本当のお母さんじゃないんだ」と思っていた。


 それが母親との距離が広がったきっかけだった。


 そのことを根に持っていた俺は、反抗期に入った中学生のとき、母親との口論でこう反撃してしまったのだ。


「どうせ、俺のことを産んでないくせに!」

 

▷▷▷▷


 あれ?


 ここはどこだ?


 見知らぬ和室の中で俺は布団に横たわっていた。


 頭上には鷲の描かれた掛け軸がかけられていて、その鷲と目が合う。


 いつの間にか、意識を失っていた。


 なんで、意識を失ってたんだ?


 どうやってここに来たんだ?


 思い出せない。


 とりあえず上半身を起こしてみる。


 そのままあたりを見渡しても何もないし、見覚えがない。


 布団で隠れて気づかなかったが、俺の衣服が浴衣になっていた。


 祭りで見かける浴衣ではなく、旅館やホテルで見かける寝るときのための浴衣。


 つまり、俺は旅行していてここは旅館またはホテルなのか?


 いや、俺は家から出ることを嫌うから、旅行に行こうなんて思わない。


 じゃあ、ここは……。


 バタンッ!


「おはよう! 佐々木くん! 起きてるかい!?」


 不意に襖が開き、袴姿の青年が現れ、元気よく朝の挨拶をしてきた。


 俺の名前を知っているが、俺は彼を知らない。


「はじめまして……ですよね?」


「もちろん!」


 そんな明るく言われても……。


「じゃあ、なんで俺の名前を?」


「君はこの町、上木原町の住民だろ?」


「そうですけど……。それになんの因果関係が」


「オレはこの町の住民の名前と顔、そして、住所を知っているんだよ。


 オレはこの町が大好きなんだ。


 生まれてからこの町から出たことなんてないくらいにね。


 好きな人ができたら、その人について色々知りたくなるだろ?

 

 それと一緒さ。


 オレは好きなこの町のことが知りたい。


 だから、この町に住む人のことも調べているんだよ。


 この町に住む人のこともオレは愛してるからね。


 オレが好きな人は上木原町に住む人。


 嫌いな人はこの町に害なす人だ」


「へ、へぇ……」


 人生でここまで人に拒絶反応が出たことはないだろう。


 鳥肌が止まらない。


 異常なことをベラベラと、声を大きくして喋ることができるのかが、理解不能だった。


 でも、俺に敵意はなさそうだ。とりあえず情報を得なければ。


「ところでここはどこですか?」


「ここはオレの家。イッツ・マイ・ホーム」


「なんで僕はここにいるんですか?」


「学校で気絶したところをちーちゃんがここまで運んでくれたんだよ」


 ちーちゃん? 誰だそいつ?


 というかなんで俺は気絶してたんだ……?


 未だに記憶が取り戻せない。


「じゃあ、起きたなら、ちーちゃんのところに行こう!」


 青年は俺の手を取り、俺を布団から立ち上がらせる。


 俺は手を引っ張られるままに、彼と渡り廊下に出た。


 すると、松や砂利、池といったまさに和式の庭園がそこにあった。


 この家の敷地は、小学生の運動会ができるのではないかというくらい広く、京都での修学旅行で行った寺社仏閣を思い出した。


 案内されるがままに小走りで移動していると、青年は足を止め、俺のいた部屋に入ってきたのと同じく勢いよく襖を開けた。


 襖は「ガタンッ」と壁にぶつかり、反作用で軽く跳ね返ってくる。


 その部屋は、大きな茶色いソファが向かい合っており、その奥にはドラマで学校なら校長、会社なら社長が使っていそうな威厳が漂う焦げ茶色の机があった。


 その机に寄りかかり、たちに背を向けている男が、窓の外を眺めながら、茶碗に入ったお茶を飲んでいた。


 その後ろ姿には見覚えがあった。


 嫌な汗が手を濡らす。


「ちーちゃん連れてきたよ」


 男が振り向いた。その顔にはたしかに見覚えがあった。


 一瞬で閉ざしていた記憶が蘇った。


頼光らいこう……」


 俺は男の名を呟く。


「おはよう、佐々木さとし君。よく眠れた?」


「…………」


 声帯が震えて、声が出ない。


 こいつからは逃げても逃げ切れないから、立ち向かわざるをえない。


 臆病者には、そのプレッシャーは耐えられないものだった。


 すると俺の右肩に青年の右手が置かれた。


「安心して。ちーちゃんもオレも君に危害を加えようとしない。


 君を助けに来たんだ」


「助ける……?」


「そう! 怪異現象に出くわした君をちーちゃんが救い出してくれるんだ」


「結局、僕しか仕事しないじゃないですか……」


 頼光が愚痴をぶつける。


 ぶつけられた青年は「そうだな。ガハハハッ」と大きく笑った。


「ちーちゃんは、オレがこの町を怪異現象から救うために雇った専門家なんだ。


 だから、信用してもいいよ。このオレ、上木原翔也かみきはら しょうやが保障する!」


「え? 上木原……さん?」


 青年の名前を初めて聞いた。


 苗字がこの町の名前を一緒だ。


 というか、その名前聞いたことあるぞ。


「そう! 上木原! 


 先祖はこの地域で繁栄した土豪で、殿様からこの地名を苗字として与えられたんだ!」


 そうなんだ……。


 いや、関心している場合じゃない!


 聞きたいのは別のところだ!


 このとき俺は声帯の震えが治まっていることに気づかなかった。


 知らず知らずのうちに上木原さんの不思議な雰囲気に飲み込まれてしまっていたのだ。


 俺は質問する。


「上木原さん。あの……現在の職業は?」


「ヤクザの親分だよ!」


 俺に親指を立てて、ウィンクしながら、彼は答えを返した。


 そうだ。思い出した……。


 上木原翔也。この町の悪の親玉で、この町で最も絡んではいけない人物……。


 また俺は緊張で手汗が止まらなくなってきた。








 

 


 


 


 


 


 

 


 

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