第二話 醜悪⑥
それから翌日の二限。
この時間は数学の授業だが、先生が出張で不在のため、自習となった。
クラスの皆は真面目にノートに参考書の計算問題を解いている。
ただ……。
「ギャハハハ、でね~……」
相変わらずノッペラボウが汚い笑い声を出す。
この近距離で聞いたことなかったが、あまりの騒音で吐き気を催しそうだ。
机に押しかけ、スカートの中身を見せるように股を開く。
下品極まりない姿を見せられているクラスメイト、特に彼女の目の前にいる頼光が気の毒だ。
頼光は椅子に座り、頬をつきながら彼女の話を聞いている。
なぜ、そんな優し気な顔で人の話を聞くことができるのか……。
人を睨んだことしかない俺にはさっぱり理解できなかった。
この時間は自習の時間なのに、こいつらは勉強する素振りも見せない。
頼光は成績優秀だから、する必要がないのかもしれないが、ノッペラボウは見た目と同じく中身もバカだ。
雑談している暇などない。まあ、バカだから理解できないのだろうけど。
聞こえてないよな?
「あー。あー」
テストで声を出したが、二人は何も反応しない。
よし聞こえていない。
このマスクは最高だ。
見た目はただの衛生マスクだが、声が自分以外に聞こえない便利なものだ。
さて、完璧な透明人間になれたんだから、できなかったストレス発散をしてみよう。
肺が満タンになるまで息を吸う。
そして、吐き出す。
「お前、気持ち悪いんだよ! いつも声低いくせに猫なで声で話してよ!
先生とそいつにだけ媚び売ってよ!
気づけよ! 誰もお前のこと好きじゃないんだからな!
体育で二人組作るとき誰とも組めなかったろ!?
それが証拠だよ!
なのに、見たくない不細工な顔と耳障りな声が話しかけてくるからよ! 皆、迷惑してんだよ!
お前はクラスで浮いてんだよ!
所詮、俺と同じだ! 一生嫌われていくんだよ! 理解しろ、このくそアマが!」
腹の中に溜まっていた汚物が一気に飛び出てきた。
ここまで不味いものを鱈腹食べさせられて、その量は俺の胃袋の容量をとうに超えている。
これまで耐えていたほうがおかしいのだ。
それに、裏ではなく、本人に向かって吐いている。
ここまでの快感は味わったことがない。
しかし、同時に心の引き出しの奥深くにあって、忘れていた怒りが見つかり、怒りの総量が減ることはなかった。
「ねぇねぇ、頼光君! 飲み物買いに行こう!?」
「分かった。いいよ」
ノッペラボウが頼光をの手を引っ張りながら教室を出ようとする。
それを止める者はいない。
迷惑なやつが消えてラッキーだとしか思っていないのだろう。
俺はその二人の後を追う。
これはチャンスだ。
この教室は二階にある。自動販売機は一階だ。
つまり、あいつらは一階に降りるため階段を使う。
そこで背中を押せば……。
俺の中の悪魔が囁く。残念ながら、俺の中に天使はいない。
俺は悪魔の指令に従い、実行するのみだ。
「なんであいつらあんな真面目ちゃんなの~?」
教室出るや否や教室のクラスメイトの悪口だ。
こんな女、生きる価値もない。
そうだ。これは悪い行為ではない。
皆に代わって、俺が制裁を加えてやるんだ。
頭の中で、自分の都合よく解釈する。
最早、俺にその行動を止める選択肢などなかった。
二人が角を曲がった……。
俺は小走りでその角を曲がる。
そこではノッペラボウが先頭になり、階段を下ろうとした。
今だ!
俺は迷わず彼女の背中を両手で押した。
「えッ?」
彼女の体が簡単に前に飛んだ。
そして、何度も階段に体を打ちつけながら転がっていき、二階と一階の狭間のスペースに落ちる。
階段には紅い水玉模様がデコレーションされていた。
それを見て、俺は我に返った……。
「あーあ、やっちゃったね、君」
本当だ。
なんてことをしてしまったんだ……。
なんて取り返しのないことを……え?
今なんて?
俺は膝をついた態勢から、後ろに振り向いて、見上げると……。
「ねえ、透明人間くん?」
頼光が膝に手をついて、俺を見下ろしていた。