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第二話 醜悪⑤

 背筋に緊張が走り、たらたらと汗が滑っていくのが分かる。


 学校の自分の教室。昨日は眠れなくて、皆より早めの登校。


 教室には俺しかいなく、静かな空気が漂う。


 今まで嫌いだったクラスメイトの騒音が、この瞬間では恋しく感じる。


 この静けさの後に嵐が来るのではないかと心配して、心臓が飛び跳ねそうだ。


 あの後、俺はすぐにそのTシャツを購入した。お急ぎ便を使い、次の日つまり今日の早朝には届いた。


 早速使ってやろうと、着て試しに外に出てみた。


 しかし、俺は誰からも興味を持ってもらってないし、誰も俺を見向きもしないから、見えてないかどうか分からなかった……。


 だから今日は早めに登校したのだ。いつもは俺のことを嫌悪の目で見るやつがこの教室にはたくさんいる。


 そいつらの反応を見れば、俺が本当に見えてないかどうか証明できるということだ。


 腕時計を確認する(もちろん空中に画面を浮かばせながら)。

 

 時刻は七時半。朝のホームルームまであと三十分。そろそろ来るだろう。


 左胸を鷲掴みながら、教室の扉を見る。


 コツコツ……。


 足音が近づいてくる。うちのクラスだろうか?


 息を呑もうとしたが、緊張で唾液が枯渇していた。


 まばたきすることなく、扉を凝視していると、一人の少女がやってきた。


 眼鏡をかけ、一本の三つ編みをした体の小さい女子。


 化粧をしていない綺麗な肌が印象的で、こんな美少女がいたのかと認識してなかった自分を悔いる。


 彼女は一番前の自分の席に荷物を置くと、掃除道具入れに向かった。


 よく見てみると、黒板には「日直 三好みよしなおみ」と書かれていた。


 そういえば日直はホームルーム前に教室の掃除を軽くするんだった。


 自分はずっとさぼってたから忘れていた。


 おっといけない、彼女に夢中になって関係ないことを考えてしまった。


 俺は彼女に見えていないかどうか、確認しなければならない。

 

 今のところ彼女は俺に見向きもしていない。


 これで近付いてみて反応がなかったら、俺が透明人間になっている証明になる。


 ゆっくりと席を立つ。


 そして忍び足で彼女に近寄る。


 第三者からしたら、俺は完全に不審者扱いされるかもしれない。


 しかし、俺は彼女に危害を加えるつもりもない。


 ただこの服の効果を試したいだけなのだ。

 

 そうやって誰かに言い訳していると……。



「あれ?」


 彼女が俺の方に振り向いた。



 俺は慌てて、ゴジラのようなポーズから、直立不動になる。


 なんだ見えているじゃないか!


 こんなもの買わせやがって!


 クーリングオフ制度使えるのかな?


 心の中で、罵倒する。


 元々、怪しいサイトだと思ったんだ、なんでそんなのに引っかかってしまったんだ!?


 仕方ない。これでこの人からも嫌われる。いや、元から嫌ってるかもしれない。


 遅刻魔にさらに変態という属性をつけられて、学校から笑いものにされるかもしれない。


 そう考えると、恐怖で身震いがした。


 この状態からどうすればいいんだろう?


 何もできずに俺は硬直していた。


 すると彼女が俺の元へ歩み寄る。


 どうしよう?


 どうしよ、どうしよ、どうしよう?


 頭が混乱する。解決策は何も思いつかない。


 終わった……。


 俺はこの現状から逃げたくて目を閉じた。


 彼女の足音が聞こえる。


 上履きが床に張り付いた音が。


 その音は俺に段々大きくなり、そして、段々小さくなっていっ(・・・・・・・・・・)()


 あれ?


 俺は目を開けて振り返る。


「誰ー、ここの椅子を机に入れてない人? 高校生なんだからしっかりしてよねー」


 彼女は俺が座っていた椅子を机に入れながら、文句を言った。


 すみませんと謝りたいが、そうではない。

 

 え? そうだよな?


 彼女が俺をスルーしたってことだよな?


 それって、つまり……俺は彼女に見えていないってことだ!


 やった! やったぞ!


 これでこの汚い姿を見られないで済む!


 これで人からゴミを見たような目で見られることがなくなる!


 これで! これで! これで!


 感情が掘り当てた油田のように吹き出してくる。


 その油に引火し、心が熱く燃え上がる。


 もうこのまま灰になってしまうかもしれない。


 心臓の高鳴りが気持ちよく感じ、体の熱が上昇する。


 この初めての高揚感に俺はもっと浸っていたい。


 やった! やった! やった!


「やった!」


「何!?」


 つい声が出てしまった……。


 そうか。姿は見えなくても声は聞こえるんだ……。


 彼女は声のしたほうを向いても、誰も視界に入らない。


 そのうす気味悪さに耐えられなくなり、彼女は走って教室から出て行った……。



 そうか。これでは不完全だ。


 この俺の汚い声も聞かせたくない。


 俺は腕時計から画面を開く。


 血眼になって目的のものを探す。


 自分の声が聞こえなくなる道具を。


 そして、それはすぐに見つかった。


 すぐに自分の声が聞こえなくなるマスクを購入した。


 

 


 


 

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