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フロレンツィアの優雅でない一週間

ストーカー氏失踪中。

(ここに来て初めてフロレンツィアさん以外の主要面子の容姿が判明)

一日目午後


 池のほとり、コルネリウスが立場的にあるまじき技能で作ったベンチに一人座り、フロレンツィアは大変悩んでいた。

 六日後に友人たちが開いてくれることになっている、自身の誕生日パーティー。その招待客についてだ。

「コルネリウス、呼んでもよろしいかしら……」

 最近、こっそりとこの場所で会っている人物のこと。婚約者のハルトムートはかなり前に招待しないことに決めていた。


 幼い頃に婚約が決まり、政略結婚だったにも関わらず仲睦まじい両親に憧れ、婚約者に恋をして。一度もこのフロレンツィアという存在と向き合ってもらえず、十年近く恋い焦がれてきた。

 振り向いてもらえなくてもいい。愛情はなくとも、せめてお互い尊重しあえる関係になろうと努力してきたつもりだ。でも、それももう今は全て過去のことになってしまった。

 だからもう、ハルトムートとは関わらないことに決めたのだ。今の状況なら婚約を解消することも可能だろう。

 その一方で、フロレンツィアが惹かれつつある人がいる。

 ハルトムートに似た顔立ちなのに、まとう雰囲気は全く違う。短めに切られた金髪に、やわらかな空色の瞳。いつもだいたい、穏やかに笑っている。

 そして、フロレンツィアに、誰よりも真っ直ぐ向き合ってくれる。真剣に話を聞いてくれる。きっと、何かあれば真っ先に体を張ることを厭わず守ってくれるだろう。

 時おり、後をつけてるんじゃないかというようなタイミングで現れたりもするけど。ちょっとぬけてるところもあるけど。

 それが、少し前までたまにハルトムートの横にいるぐらいの認識しかなかった、コルネリウスだ。

 叶うことなら、人目を気にせず一緒に居られるようになりたい。だから、誕生日パーティーまでに、父親辺りに婚約解消の手回しをしてもらって、こっそりコルネリウスを招待するのだ。

 昨日、誕生日プレゼントを送りたいと言われ、遠回しに試すような要求をしてしまったが、それでも全身全霊をかけて用意してくれると言った。

「コルネリウス、呼んでしまおうかしら。ふふっ」

 昨日のことを思いだしにやけてしまう。だが、すぐに気がついて、表情を引き締める。

「いけませんわ。コルネリウスに変な女だと思われてしまうわ」

 独り言が多いのがすでに手遅れである。

 しかし、いつもなら講義が終わり次第、すぐに現れるはずのコルネリウスが来ない。

 考え事をしていたフロレンツィアは今気づいたのだが、もう日は大分傾き空を赤く染めている。整備の手が届いていないこの辺りは、もうすぐ真っ暗闇におおわれるだろう。

「え、もうこんな時間ですの?」

 いつも明るいうちに寮に帰っていたため、灯りなど持ってきていない。つまり、もう帰らねばならない。

 フロレンツィアはしぶしぶ、傍らの鞄を持ち寮の方へ歩き始める。

 途中で一度だけ立ち止まり、ベンチへ振り返る。

「コルネリウス……」

 この日、フロレンツィアは、多大な不安を抱え、寮へと帰った。



二日目午後


 フロレンツィアは昨日と同じように、池のほとりのベンチに一人座っている。ただ、その表情は昨日と違い、ずっと不安げだ。

「今日も、来ませんの? コルネリウス……」

 『貴方の愛がほしい』などと、思い上がった要求を聞いて嫌気が差してしまったのだろうか。

 そんな思考がフロレンツィアの心を侵食する。

 この日も、結局、コルネリウスが現れないまま日が暮れてしまった。

「どうしてしまったの、コルネリウス……」

 そればかり呟き、大量の不安と恐怖を抱え、フロレンツィアは寮へと戻っていった。



二日目夜


「ねえ、イーナ」

 学院女子寮、フロレンツィアの自室。リビングのソファーで不安げに紅茶を飲んでいるフロレンツィアが、不意にそばに控えていたメイド、イーナに声をかける。

「はい、お嬢様。なんでしょう?」

 このイーナはフロレンツィアが実家から連れてきた人物で、付き合いはかなり長く、それなりに気のおけない間柄になっている。

 イーナは昨日から不安げな様子のフロレンツィアがかなり心配だった。一昨日はかなり浮かれた様子だったため、余計に。

「……コルネリウスは、あの人は……」

 苦し気に言葉をつまらせるフロレンツィア。その手を、イーナがそっと取る。

「お嬢様、大丈夫ですよ。このイーナが、何でも相談に乗りますよ」

 イーナの言葉で、フロレンツィアは話始める。

「イーナ、イーナ。コルネリウスは、今、寮にいらっしゃるのかしら? どうして、どうして昨日から、わたくしに会いに来てくださらないのかしら? どうして、なのかしら……」

 言っている間に、目尻に涙がたまっていく。徐々に力が入らなくなる言葉、その最後に涙が決壊し、一筋零れる。

「大丈夫ですわ、お嬢様。このイーナが聞いて参ります」

 主人の痛ましい姿に決意を固めるイーナ。

「それでは行って参ります、お嬢様」

 イーナは、そっとフロレンツィアを抱きしめると、部屋を出ていった。


 約一時間半ほどでイーナは戻ってきた。

 女性であるイーナが男子寮に行くことについてだが、規則的には使用人が訪ねる分には問題ない。

「ただいま戻りましたわ。お嬢様、コルネリウス様の使用人に話を聞いて参りましたよ」

 イーナが声をかけると、ソファーに座っていたフロレンツィアが顔をあげる。湿ってしまったハンカチを握りしめ、赤くなってしまった目を恐る恐るイーナに向ける。

 イーナは、その様子に心痛めながら、少々歯切れ悪く話始める。

「使用人がずいぶん混乱しておられるようで、今一つ要領を得られなかったのですが、どうも、コルネリウス様は、昨日の朝どこかに出掛けられたまま、その、まだ、お戻りになっていない、ようなのです……」

「いったい、いったいどこへ!?」

 ソファーから勢いよく立ち上がりすぎて、少しテーブルを揺らしてしまうフロレンツィア。

「お嬢様、落ち着いてください!」

 イーナは、一度フロレンツィアを座らせる。

「それが、使用人にも知らされていないようでした。ただ、一週間、山かなにかに籠るような装備だったそうですわ」

 使用人にも行き先を告げずにいなくなったコルネリウス、その事実に。

「コルネリウス……」

 呆然と呟くフロレンツィア。その顔色は、真っ青だった。



三日目午後


 この日の講義をすべて終えたフロレンツィアは、いつもの場所には向かわなかった。向かった先は教員舎、その二年生の統括教員の部屋だ。その扉を、フロレンツィアはノックする。

「フリューア先生、一年のフロレンツィア・フォン・ランメルツですわ」

「入ってくれ」

「失礼いたしますわ」

 フロレンツィアが扉を開け、室内に入る。その後で、丁寧に扉を閉める。

「ああ、そこに座ってくれ」

 教員、フリューアが示したのは、入口よりにある応接用のテーブルとソファー。そこに、フロレンツィアは一言断りをいれ、座る。

 フリューアがいる方を見やる。

 部屋の奥側、大きめの机に書類やら本やらがいくつかの山に積んである。その机の奥に一人の男が立ち上がる。頭髪に白いものが混じる、気難しそうな中肉中背の中年。

 その男、フリューアがフロレンツィアの対面に座る。

「ランメルツ令嬢、一年生が私になんの用だ?」

 どことなく疲れたような雰囲気で尋ねてくる。

「フリューア先生、わたくしがお聞きしたいのは、二年生のコルネリウス・フォン・エルホルン様についてですの」

 フロレンツィアがその名を言った瞬間、フリューアは苦虫を三匹ほど噛み潰したような表情になる。

 フロレンツィアは、その変化に少し驚きつつも、質問を続ける。

「そのコルネリウス、様ですが、一昨日から講義には出席していらっしゃるでしょうか?」

「四回目だ」

「え?」

「入学してからエルホルン公子が無断で二日以上行方不明になった回数だ」

 フロレンツィアは驚きで言葉がでない。

「一応、学院の警備兵に捜索依頼は出したがな、まあ見つからんだろう。あいつは無駄に隠れるのと逃げるのがうまい。心配せんでも数日後には帰ってくるだろう」

「で、では! 行き先に心当たりはございませんの!?」

「落ち着け、分からん。そのうち戻って来るだろうから、そのときランメルツ令嬢の方からも怒ってやってくれ」

 学院は、コルネリウスの失踪を深刻に捉えていない。その事実を聞き、フロレンツィアは肩を落とす。

「フリューア先生、ありがとう、ございました……」



四日目午前


 この日は休日である。普段のフロレンツィアであれば、友人たちと交流したり、講義の予習や復習を行ったりしている。

 しかし、今日は本来の予定をキャンセルして、とある場所に来ていた。

 学院の東端の迷いの森。決して最奥にたどり着けぬ、精霊の棲み家。

 昨日、寮に戻ったフロレンツィアは思い至ってしまった。フロレンツィアが四日前に言った言葉。

「『迷いの森の最奥に咲く花』、とかだったら、受け取って差し上げても良いわ」

 これを聞いて、コルネリウスは本当に迷いの森に花を採りに行ってしまったのではないか。

 その考えを否定するために、フロレンツィアはイーナをともなって、迷いの森の入り口に来た。

 一見、普通の森。入口は分かりやすく獣道が続いている。

 フロレンツィアは祈るような気持ちで、森の入口を調べる。その祈りとは裏腹に、入口の近くの木には、真新しい紐がくくりつけてあった。

「まさか、コルネリウスじゃあ、ありませんわよね……?」

 きっと、誰か、別の人が。そう思い込もうとするフロレンツィア。

「お嬢様、下を」

 イーナの強張った声が、その先が示すものが、フロレンツィアの希望を砕いた。

 丈夫そうな板、固定された地図、傍らに転がるコンパス、紐と、そしてどこかで見たペン。

 そのペンは、コルネリウスが使っていたものと同じ、王都ではあまり見ないデザイン。

「そんな、嘘、わたくし、そんなつもりじゃ……」

 フロレンツィアは、その場で崩れ落ちた。



五日目午後


 メルガルト王国立魔法学院付属図書館、メルガルド王国だけでなく王国が属する大陸内でも随一の蔵書数を誇る。この日、フロレンツィアが訪れたのはそんな場所だ。目的は、迷いの森について調べるため。

 玄関扉を抜けると、一面に広がる本棚。前、左右、どこを見ても奥まで見通せない広さ。上を見上げれば、気が遠くなるほどの高さ。その中に何人かが本を探し本棚の間をうろうろしたり、本棚の前で本を読みふけったりしている。決して無音ではない、だがどこかおごそかな静けさに包まれた空間。

 フロレンツィアがここに来るのは初めてではないが、何度見ても飲まれそうになる。

「やあ、探しものかい?」

 突然、横から聞こえた声に驚き、振り向く。そこには青い上質なローブ、そのフードを目深にかぶったフロレンツィアより少し高いくらいの背丈の人物がいた。フードによって顔の下半分しか見えない、フードから少しだけ出ている髪の色はローブとは違う色合いの青。

「はじめまして、私はこの図書館の司書。君の探しものについて、恐らく知っているよ」


 本棚の間に所々置かれた机と椅子。そこに向かい合って、フロレンツィアと司書が座る。

「さあ、君の探しものを教えて」

 フロレンツィアがこの図書館に探しに来た物は、迷いの森について情報だ。しかし、本当に探しているものは違う、ただ一つ。

「わたくしの探しもの……」

 だが、目の前の人物は本当に、それを知っているのか。フロレンツィアは少しだけ悩み。

「わたくしが探しているのは、コルネリウス。司書様は、彼の行方を、ご存じなのですか?」

 ひとまず目の前の司書を信じることにした。その言葉を聞くと、司書は満足そうに笑みをうかべる。

「もちろん、知っているとも。コルネリウス君は確かに五日前の夜、この図書館に来たよ」

 そう言うと、司書は一冊の本を机の上に置く。王国内にある精霊の領域に関する本。とあるページを開き、フロレンツィアに向けて差し出す。

「迷いの、森……!」

 それはやはり、迷いの森についての項目。

「五日前に彼が調べていったことだよ。調べていただけで本当に行ったとは限らない、という見方もあるけど、私は間違いなく行ったと思っているよ」

「それでは……!」

 しかし、何かを言いかけるフロレンツィアを、司書はその手で制す。

「やめておいた方がいい。迷いの森で、先に入ったものに追い付くことは決してできない」

 そして指を二本だけ立てる。

「あと二日。彼の心が折れたならそれよりも早く。二日後には必ず帰ってくるよ。例え、彼が森の最奥でその命を失ったとしてもね」



六日目午後


 休日も終わり、講義が始まる。昨日の夜から降り始めた雨は、いっそう強くなり一向にやむ気配はない。

「嘘です。迷いの森に行ったなど……!」

 どこか上の空で講義を終えたあと、フロレンツィアは学院内をひたすら歩き回っていた。

 昨日、司書から知らされたこと、コルネリウスが死ぬかもしれない場所に行ってしまったなど、到底信じたくなかった。図書館に行く前、迷いの森に行ってしまったかもなどと考えたのは、森がそこまで危険な場所だと知らなかったからだ。知ってしまった今となっては、そんなこと考えたくもない。

 しかし、そう思っていても、無意識のうちに東の森を気にしてしまう。

 結局、やはりというかなんというか、コルネリウスが見つかるはずもなく、自室に帰る。そして、今まで同様、コルネリウスが寮に帰っていないことを聞くのだった。



七日目午後


 昨日の雨が嘘のようにからりと晴れ、フロレンツィアの誕生日が訪れる。講義終わりの午後、よく使っているサロンにて、フロレンツィアの友人たちが開いてくれた誕生日パーティーは、本人が未だ上の空のまま始まった。

「フロレンツィア様、大丈夫ですか?」

 友人の一人が、どこか痛ましそうに声をかける。

「あ、ああ、ごめんなさい。せっかく皆さんが開いてくれたパーティーなのに……」

「いえいえ! 仕方ありませんわ。殿下は必ず目を覚ましてくださいますわ!」

 そう言って、フロレンツィアとしては勘違いと言わざるを得ない励ましをしてくれる友人に、困惑しつつも少しばかり嬉しく思う。しかし、当然ながら気分は晴れない。まだ彼は、帰ってきていないのだから。

 そんな時、突如サロンの扉が開かれる。

「どなたです……!」

 先程とは別の友人が、きつめの語調で問いかけ、その人物を見て言葉を飲む。

「ふん。罪人の癖に、随分いい身分だな、フロレンツィア」

「あら、貴方を招待した覚えはありませんが。ハルトムート様」

 罪人という言葉に動揺しそうになるのをなんとかこらえるフロレンツィア。確かに、コルネリウスを死地に追いやったかもしれないのは彼女だ。だが、それを認めるわけにはいかないのだ。彼が無事ではないかもしれないなどと。

 だから、フロレンツィアは立ちあがり、前に出て扉の前にいる者たちを睨み付ける。

 長く伸ばした金髪を後ろでまとめた、冷たい紫色の瞳を持つ青年。コルネリウスと似た顔立ちにも関わらず、全く違う印象を受ける人物、王太子ハルトムート。決して笑わないその顔に、今日はいつも以上に軽蔑の色をうかべる。

 その後ろに隠れるように、フロレンツィアを睨み付ける、ふわふわした栗色の髪と黒い瞳の小動物のような雰囲気の少女、ゾフィ。

 その他、有力な貴族子弟が数人。

 彼らはフロレンツィアの方に歩きだし、そのままフロレンツィアの横を通りすぎ部屋の中央に陣取ると改めてフロレンツィアに向き直る。

「今までのゾフィに対する嫌がらせの数々。それだけに飽きたらず、二日前の、ゾフィを階段から突き落とすなどという蛮行!」

 そう高らかに宣言するハルトムート。

「え……?」

 それを聞き、困惑するフロレンツィア。全然記憶にないんだけど、というやつである。従弟が行方不明なのにそこ? とも思う。確かに、人が一人階段から落ちたのは大変ではあるが。

「そうです! あんまりよく見えなかったけど、階段の上にいた人は銀髪でした! 間違いなくフロレンツィア様でしょう!?」

 ハルトムートの横に出てきて叫ぶ、階段から落ちたらしいゾフィは随分元気そうである。

「何をおっしゃっているのです……!?」

 フロレンツィアは困惑を通り越し苛立ちを感じる。しかし、ハルトムートの言葉は止まらない。

「その罪をもって、フロレンツィア、お前との婚約を破棄させてもらう」

 その言葉が終わるとほぼと同時に、再び背後の扉が開かれる。

「フロレンツィア!」

 そのあとに聞こえてきた声は、フロレンツィアがこの一週間、ずっと聞きたかった声だった。


四日目ぐらい

ストーカー氏「この茸食べれるかな?」

犬のような影のやつ「わん」


お読みいただきありがとうございます。


次(未定)

ニア 料理回そのに

   街でーと回

   懇親会回(本編)

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