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逆転への階(後)

念のため、食事前後注意、です。

 結局昨日は、日が暮れるまで先生方に囲まれ、ぎっしり補講を受けた。しかも、試験日までの平日、約三週間みっしりやるらしい。その間、平日はフロレンツィアとは会えないと思っていい。

 休んでたのは一週間ちょっとなんだから、それと同じくらいでいいじゃない、という俺の主張は何故か無視された。

 それもこれも、とんでもないことをやってくれたハルトムートのせいである。絶対に許さない。

 そんなことを考えつつ、午前中の講義を真面目に、担当の先生をむやみやたらと凝視しつつ過ごし、昼休みである。

 ……何か視線を感じる。教室前方の扉の方からかな。

 う、うん。扉の隙間からフロレンツィアが、俺を見ている気がする。とりあえず、目立たないようにフロレンツィアに近寄る。

「あの……」

 と、話し出そうとした直後、フロレンツィアは無言で俺の右手に小さな紙片を握らせて、そのまますぐにどこかへ足早に歩いていってしまった。

 フロレンツィアの手が……じゃなくて、紙片だ。とりあえず、確認すると、何か書いてあるみたいだ。

『今すぐ、わたくしのサロンに』

 こ、これは……! 来いということでしょうか!?

 であれば、行くしかないよね!

 と、テンションが上がりまくっている時に、後ろから肩を叩かれた。誰!?

 振り向くと、すごく悪そうな表情のヨハン君。

「ひみつ、なんだよね? 任せとけ!」

「え、ちょっ……!?」

 俺がなにか言う前に、ヨハン君は走り去っていった……。まあ、ヨハン君のことは信頼してるから、むやみに広めたりはしないだろうけど。

 まあ、いいか。とりあえず、ヨハン君は無視して、フロレンツィアのサロンへ行こうか。



△ ▲



 現在、フロレンツィアのサロンの扉の前にいる。うう、緊張する。

 ……なんとか心を落ち着け、扉をノックしようとし。

「へっ!?」

 な、なんか扉がいきなり開いた!

「……コルネリウス?」

 扉を開いたのはフロレンツィアだったようだ。……随分、久しぶりにフロレンツィアの声を聞いたような気がする。たった二日なのに。

「こっちですわ!」

 そう言うと、フロレンツィアは俺の手を引っ張って、サロンの中央のソファーへ連れていく。

 一瞬だけ見えた表情は、なんだか嬉しそうに見えて。その声は、ちょっとだけ楽しそうな色が見えて。フロレンツィアも、俺と同じように、会いたいと、思ってくれていたのかな、なんて。

「わ、わたくし、コルネリウスと一緒にお昼ご飯を食べて差し上げようと思いましたの」

 二人で並んでソファーに座り、フロレンツィアはそんなことを言いながら、三段重ねの弁当箱を取り出した。

「以前、コルネリウスがまた食べたいとおっしゃっていたでしょう?」

 開ける前から、すでに、弁当箱からはよくわからない臭いが漂い始め、弁当箱の二段目ぐらいからサイケデリックな色の何かがはみ出ている。

「だから、わたくし、作って参りましたの!」

「も、もちろん、食べます!」

 ええ! 俺は、フロレンツィアの作る料理が大好きですもの! 本当!

 フロレンツィアに促され箱を開ける。

 ぎっしり詰め込まれた色とりどりの、なにか。そして未だ嗅いだことのない謎の臭い。これが、三段。

 フロレンツィアが、その手に持ったフォークで、ショッキングピンクのぷるぷるした球体を突き刺す。気のせいか? 刺す前に、うご……やめよう。

「……あーん」

 期待と不安が入り雑じった視線で、フォークに刺さってやたらぷるぷるする物体を俺の前に。なぜ香ばしい臭いがするの? これ。などというどうでもいいことを思いつつ、俺は香ばしいショッキングピンクのなにかを口に入れた。


「ごちそうさまでした」

 ひとまず、フロレンツィアお手製のお弁当を完食する。『多分クッキーだと思う』の時とは違い、味が分散していた分、とても、食べやすかったと思いました。ただ、見た目と臭いと味の違和感はすごかった。でも。

「フロレンツィア嬢、どれも、とても美味しかったです」

 総合的に評価すると、まあ、色んな加点とかで、とても美味しいという結論にならざるをえない。

「良かったですわ」

 安堵の笑みをうかべるフロレンツィア。そんな貴女が見たくて、俺は今日も生きています。

 ただ、その表情もごく短い時間で、フロレンツィアはどこかあさっての方を向き、気むずかしげな顔になる。

「そ、その、わたくし、殿下との婚約は解消いたしましたの。だから、その、だから……」

 彼女の視線だけが俺を捉える。

「あ、明日からも、お昼ご飯を作って差し上げても、その、よろしくてよ……?」

「ぜひ、お願いします!」

 つまり、それは、明日以降も昼食を一緒にってことで、しかもフロレンツィア作の独創的なお弁当が食べれるってことなのだ。



△ ▲



 そんなこんなで、試験の行程をすべて終え、後は成績発表を待つばかりである。今回の試験、間違いなく一年生の頃より確実にできが良い。あの執拗な補講の成果もあるが、何よりフロレンツィアの手作りお弁当の力である。うん、素晴らしい。

 ちなみに成績は本日、中央校舎玄関ホールの正面掲示板に、総合得点と順位が名前付きで張り出される。


 というわけで、玄関ホールへやって来た。すでに成績は張り出されているようで、結構な人がわらわらしている。とりあえず、なんとか二年生の掲示板の前まで、頑張って人をすり抜けたどり着く。いつもよりざわざわしている。やっぱり学年が上がると雰囲気も変わるのかな?

 俺のいままでの成績はだいたい十位代後半である。でも今回はそれより、かなり上なんじゃなかろうか。十位越えちゃってるんじゃないだろうか?

 そういう期待をこめて、十位から、上に向かって見ていく。

 ……あ、あった。

『三位、コルネリウス』

 おおー、三位か。なんというか、ちゃんと真面目にやって、評価されるのって嬉しいかもしれない。

 ま、俺のことはこの辺でおいといて、ってことは一位が我らが王太子殿下で二位が宰相閣下の令息ヴィクトールさん辺りでしょうか。この辺は、去年一年間不動だったからね。

 と、思いながら上を見て、一瞬思考が真っ白になった。無いのだ、この二人の名が。一位と二位の人は普通に五位以内常連の人たちだった。

 まさかと思い、視線を下に向けていく。

 見つけてしまった。十五位のハルトムート、二十一位のヴィクトールさん。

 ああ、これが、この周囲のざわめきの、原因だ。

 そして、俺は、幼い頃から、決して越えないようにしてきた、俺よりも上にいる従兄を、公の場で初めて越えてしまった。



△ ▲



「わたくしは、当然! 一位でしたわ」

 久しぶりに来たいつもの池の前のベンチに、フロレンツィアと二人で並んで座る。もう十二月の始め。かなり寒くなってきてて、俺たちはしっかり防寒着を着ている。柔らかそうな毛皮のコートのフロレンツィア、うん、ふわふわ。

「さすがフロレンツィア嬢です」

 得意気な顔がかわいい。それにしても、本当にさすがである。王妃になるべく、ずっと頑張ってきたことがうかがえる。将来の文官候補たちを軒並み押さえての一位だ。

「そういうコルネリウスはどうだったのです?」

「うっ」

 うう、言いたくない。三位だった、別にいい。実質急上昇だし、これ自体は嬉しかったのだ。そして、いままで真剣に取り組んでなかった俺より、フロレンツィアの方が成績がいいのは当然だ。

 でも、まだ一度とはいえ、単なる学院の試験とはいえ、ハルトムートに勝ってしまったことが、どうにも嫌な気分になる。

 だって、俺は永遠に二番手であるべきで、ハルトムートを矢面に立たせていれば何も問題がなくて……。

「コルネリウス!」

「あ、フロレンツィア嬢……」

 フロレンツィアの声で、どろどろの思考から戻ってくる。

「わたくし、本当は、知っていますわ」

 強い意思の宿った夜色の目が俺を見つめる。俺は弱々しく見つめ返すことしかできない。

「今回、コルネリウス、貴方が、ハルトムート殿下より、上だったって」

 フロレンツィアの拳を握った右手が、俺の頭の上に落ちてくる。痛くない程度の勢いで。

「何を、ごちゃごちゃ考えているのか分かりませんけど! わたくし、あの男、殿下が、気に食いませんの!」

 フロレンツィアの拳が解かれ、その手で俺の頬を摘まむ。外気にさらされたその指は冷たい。

「だから! もう! 徹底的に! やってしまいなさいませ!」

 それから、摘まんだまま、ふっと目をそらすと、小さな声で。

「わたくしの、ために」

 そうだよね。悩む意味なんてなかったんだ。

 だったら、できる限り最高の笑顔で。

「フロレンツィア嬢、貴女の、お望みのままに」


お読みいただきありがとうございます。


次(9/26の19時予定)

ニア フロレンツィア誕生日前の一週間

   料理回そのに

   街でーと回

   懇親会回(本編)


(その他リクエスト、してもいいんだよ?)

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