思い出:突撃! 王太子殿下のプライベートルーム
時系列的には一話目の少し前の話です。
学院一年生最後の休暇である夏期休暇も終わりかけのころ、俺は生家のあるエルホルン領フィノイの街から、学院のある王都トルミュンテへ戻ってきていた。
そんな時期の、たまたまやることがなく、暇で暇で仕方がなかった、とある一日の話である。
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品の良い、高級な調度品の数々が、そこにあるのが当然であるとでも言うように、絶妙に配置されたこの部屋。その中のこれまた高いんだろうなっていうテーブルに、俺たちは向かい合って座っている。
この部屋の中には俺たちしかいない。だが、どちらも積極的に話すことはしない。そして、お互いを見ることもない。奇妙な緊張の静寂に支配されていた。
「うむ、やはり『工兵を3Cに』だ」
そう言って、俺の向かい側に座る不機嫌そうなハルトムートは、テーブルの上に並べられている、精巧な彫刻を施された小さな駒の一つを動かした。
「うぇっ!? ちょっと待って、待って! えっと、えーっと、あれ、がこれで、う、ぬ、く、く」
つまり、俺とハルトムートは、ハルトムートの私室で、ボードゲームをしているのである。そして、俺はやつの予想外の手に、混乱しているわけではない! 断じて!
「……コルネリウス、相変わらず、貴様は弱くはないが、別に強くもないな」
「今、考えてるんだから静かにしててくれませんかね!」
ハルトムートを睨み付けてやる。珍しいことにやつの口の端が微妙に上がっていやがる。そんなに、俺が、慌てるのが、面白いのか!
とはいえ、俺は別にこのボードゲームは、別段得意なわけでもないが、決して苦手なわけでもない。だから、冷静に考えれば華麗に切り返すことなど造作もないのだ。ないのだ!
次の手を決めて動かそうとした矢先、扉をノックする音が響く。
「何の用だ?」
「ハルトムート殿下にご来客です」
外から使用人の告げる声にハルトムートが舌打ちする。おい、それ他の人の前でやってないだろうな? 特に、婚約者。
「誰だ?」
「ヴィクトール様でございます」
ヴィクトールさん、確か宰相閣下の長男で俺たちと同い年、ハルトムートの取り巻きの一人だったかしら。
ハルトムートが俺に視線を寄越す。俺は、簡単に首を横に振って拒否する。別にハルトムートの取り巻きは興味ない。
「ふん。私はしばらく出てくる。帰ってくるまでに少しはマシな手を考えておけよ」
相変わらずな物言いに、俺は適当に手を振って答えた。
そして、ついにやつは部屋から完全に出ていき、扉を閉めた。そう、俺を、一人残して。
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他人の部屋で一人になったら何をするべきか? そう、家捜しである。とはいえ、人がよく入る現在地、リビングルームには変なものは置かないだろう。
と、いうことはだ。ターゲットは、掃除の使用人以外、やつ一人しか使用しない部屋、寝室である。とりあえず、寝室の扉に手をかけてみる。うん、鍵がかかっている。まあ、予想通りだ。
鍵穴を覗く。廊下に面した扉と違い、精霊鍵ではないみたいだ。それどころか結構簡単な構造なんだけど、大丈夫なのか? であれば。
「こんなことも、あろーかと」
ポケットから針金を二本取り出す。それを鍵穴に突っ込み、いい感じにかちゃかちゃすると、かちり、と音をたてて鍵が開いた。いいのか、王族の寝室。まあ、開いちゃったんだしいいよね!
なんとなく開いてしまった従兄の寝室にそっと滑り込む。素早く見渡し、怪しそうな所に目星をつける。ベッド、本棚、ナイトテーブルくらいか。
まずはベッド、はないな。使用人が毎日触れる場所に隠すわけがない。
次、ナイトテーブル。候補にいれてみたが、うん、物が隠せる構造じゃなかった。
であれば、本棚。というかやつの性格上ここが一番怪しい。じっくり見ていくと、明らかにおかしい部分がありますね。
本棚の一画、その左端の本を押し込む。入る。その二冊右の本を押し込む。入らない。
くーっくっくっく! みーつけたー!
その一画の本を取り出してみると、その奥になんと横向きにしまわれた一冊の本が! しかも、薄い布のカバーが丁寧にかけられ何の本か分からない! おーっと、これはあやしーい!
カバーを剥がして中の本を取り出す。装丁は本棚に並ぶ他の本より安っぽい。そして、タイトルが意味深である。
ぱらぱらとページをめくり、適当に読み流す。
うん、なんかぎりぎりな感じ。やつがこの本を愛読していることが、社交界で広まったら、やつの人気度が九十七から八十五まで下がる程度。最大値は百。
さて、このような、従兄が使用しているかもしれない本は絶対に読みたくない。絶対にだ。臭いかもしれないし。
というわけで、俺が丁寧に隠し直してあげようと思う。
再び部屋を見渡す。そうだな、窓辺のカーテンの影とかに隠しておいてあげよう。部屋を使う人間には見つかりにくく、掃除してくれる人には、おおっと、何でもない。
次は本棚への細工である。下の方のほとんど読んでなさそうな本に、例の本にかかっていたカバーをつける。そしてそのまま、例の本があった場所へ置き、その手前の本を元々あった通りに並べ直す。
つまり、ダミーである。
うん。俺いいことした。
満足した俺は、やつが帰ってこないうちに、素早く寝室から撤退し針金で鍵をかけ直した。
そして何事もなかったかのようにテーブルに戻り、ついでにボードゲームの配置をこっそり変えておいた。
お読みいただきありがとうございます。
参考
ヴィクトールさん 人気度75ぐらい
コルネリウス 認知度30ぐらい




