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しかし晃司の杞憂は、家に戻って三十分ほどですぐに打ち砕かれた。
「おじさん、おじさん」
表のガラス戸がガラガラと開く音がして、農機具を置いてある土間に奈緒の声が響いた。
寝転がってテレビを観ていた晃司が起き上がると、土間に立った奈緒がスーパーの袋を差し出した。
「これ、母ちゃんが持ってけって」
晃司は無言で袋を受け取った。奥から父親の保も姿を現した。
「おじさん、こんにちは。母ちゃんが栗ごはん炊いたから持ってけって」
「そりゃあ、いつも済まないねえ。奈緒ちゃん、上がってくかい」
保の言葉に奈緒は首を横に振り「ううん、また今度。ごはん食べて、橋本のおばあちゃんの様子を見にいくから」と言いながら晃司に向かってバイバイというように手を振り、来た時と同じ風のように土間を飛び出していった。
「いい娘だ」
普段ほとんど話をしない保が、奈緒の後ろ姿を目で追いながらぽつりとつぶやいた。しかし、今の晃司にはその父親の言葉さえも自分に対するあてつけのように響いて、ふてくされた態度で奈緒の置いていった袋を父親に突き出した。
奈緒は高校を卒業すると、町の専門学校を出て看護婦になった。今では病院のないこの村で、巡回訪問をして、持病のある年寄りの世話や村人の健康管理をする仕事をしている。晃司とは反対に父親が早く亡くなったので、保がずっと奈緒の家の農業を助けてきた。今では二人の兄たちが農業をを継いだので、保が手伝う場面はずいぶん少なくなったが、親戚以上の付き合いは未だに続いていた。
「親父、どうするんだ?」
男三人の食卓は殺伐としている。保と兄の健一、そして晃司の三人は黙々と奈緒の届けてくれた栗ご飯を食い、汁を飲み、いつも通り会話のない食事が終わりに近づいた頃、珍しく健一が口を開いた。
「どうするって…」
「例の話。返事は今月一杯なんだぞ。早く決めねえと」
「断る」
保が短く、しかしきっぱりと言い切った。
「なんで?」
「村田のじいさんと相談して、りんご作ることにした」
「りんご?」
「そう。米は無理だが、この山の斜面をりんご園にしたらええ」
「そんな…。簡単にできる話じゃねえ。売り物になるまで何年かかるかわかんねえぞ」
「いいんだ」
「俺は反対だ。リゾートの話は悪い話じゃねえ。親父も年取って、きつい農作業より店番でもするほうがよっぽど楽ができる」
「リゾートって、何のことだよ」
晃司は思わず口をはさんだ。
「お前の口出しする話じゃねえ」
健一が怒鳴った。
「何だよ、聞いただけじゃねえか」
「うるさい。飯が済んだらさっさと部屋に行ってろ」
晃司は兄の言葉に腹を立て、箸を放り出すと足音粗く居間を出ていった。
――リゾートって何のことだ
寝転がって天井のしみを眺めながら考えたが、結局分からなかった。
――今度奈緒に会ったら聞いてみるか
ぼんやりそんな風に考えているうちに、いつの間にか眠り込んだ。