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春呼ぶ少女と災厄の狐  作者: 櫻乃 郷
参 秘められし力
17/17

参ノ参話

「九尾が二匹……やはりか……!」

 黒と白、二匹の九尾が相対しているのを見て、夜彦は先代と九重が戦い始めたのだとすぐにわかった。

 トウシャには小さな妖が押し寄せ、夜彦をはじめ戦える者は皆必死に刀を振るっていた。

 一閃。

 五匹の妖が煙になり、消える。

 突然現れた災厄の象徴に混乱する民を避難させながら、夜彦は春呼のことを考えていた。すぐにでも側へ行きたいが、――彼女はもう、自分を信用しないだろう。春呼を納屋に閉じ込めたのは、他らなぬ夜彦なのだから。

 春呼があの狐を庇わないようにと、……あいつのの死を直視しないようにとやったことだが、主を気絶させるなど許されることではない。

 幸い、家にも戦えるものは残っている。きっと彼女を守ってくれるだろう。

「逃がすかっ」

 近くを通った妖を斬る。向きを変え、背後から迫っていた二匹を斬る。

 ――妖は夜の森から来ている。

 来る方向がわかっているのなら待ち伏せして、村に入る前に叩いた方が効率的だ。

 夜彦は最も危ない、最前線で戦っていた。自分が家の中で一番強いと自負しているし、村人に声をかけるとか、そういう気遣いは苦手だったから好都合というものだ。

「貴様らなんぞに――負けるかよっ!」

 腕を振りぬく。煙がゆらめく。

「すげえ……」

 近くで戦っていた兵士が、呆然と呟いた。夜彦は向かってくる敵を淡々と切り伏せながら、「余所見するな」と声をかけた。切っ先が、兵士を捕らえる。

「えっ!?」

「……黙れ」

 風を切る音が聞こえた。かと思うと、夜彦の刀が兵士の頬をかすめ――背後の妖を貫いていた。

 夜彦はお礼も聞かずに、すぐに戦闘へと戻る。

 いらいらする。いらいらする。

「やっぱりお前は、面倒しか運んでこなかったな……!」

 激しい咆哮があたりに轟いた。黒い九尾が、体と同じ漆黒の炎を吐いた。



「いやよ」

 つんとすまし顔をした火車はそう答えると、どすんと床を響かせながら春呼の傍に腰を下ろした。

「……え?」

 火車の対応は「もうここから動かない」と行動で示しているのだと、春呼にはすぐにわかった。

「な、なんで!」

 納得いかないと春呼は叫ぶ。けれど火車はくあと大きなあくびをし、「うるさいわ」と返すだけだ。

「お願い火車、あたしを」

「外に出て、どうするっていうのかしら」

 腕に顔をうずめた火車に上目遣いで尋ねられ、春呼はぎゅっと唇を一度強く噛んだ。

「それは出てから考えるわ」

 だが、すぐに口を開き反論する。

 火車を見据える目には燃えるような光が揺らめいており、それは今までにないほど強く、人の心に響く「何か」を含んでいる。

「そんな考えなしを連れていくわけにはいかないの」

 心に響く何か。確かにそれは含まれていたものの、火車は妖。人と同じように感じてくれるかといえば、そうではない。

 けれど、春呼は諦めなかった。

「全てが最初から決まってるわけじゃないわ。臨機応変に考えることも大事じゃない」

 ここで負けてたまるものかと春呼は火車に反論する。火車のひげがぴくり――と動いた。黄金の瞳が不機嫌に細められる。だが、怯んでいる暇はない。

「見て、自分がどうすべきか決める。それはあなたの主である九重も実行していたことじゃないの?」

 火車は沈黙した。春呼はたたみかけるように次の言葉は発しようとしたが――火車はやれやれというように頭を振ると

「その九重さまのご命令なのよ」

 と呟いた。

「……なにが?」

 突然の話題に、春呼の脳内が「?」で埋め尽くされる。

 火車は「こうなったら全部話しちゃうけど」と前置きをして語り始めた。

「あなたを守る。それがわたくしに出された命」

「なにそれ! そんなの」

 勝手だわ。そう続くはずだった言葉は、火車の次の言葉に遮られる。

「わたくしに文句を言われても困るわよ。とにかく、わたくしはこんなんでも九重さまの命を一番に考えているの。だからあんたの願いは聞けないわ」

 なぜ彼がそう言ったのか、その理由は瞬時に頭に浮かんだ。だからといって気持ちが追いつくかと言われればそんなことはない。「あの自分勝手め~……!」春呼は腹のそこからふつふつと沸いてくる怒りを止める術など持っていない。ぶるぶると握った拳を震わせ呪いの言葉よろしく九重の文句を吐き始めると、火車から体を離し

「とりゃあああっ!」

 再び、扉へ突進をはじめた。

「ちょっと、何してんのよ」

 それを見た火車は重さを感じさせる動きで体を起こすと、僅かに伸ばした爪で春呼の襟元をひっかけた。前へ進もうとしていた春呼は首がしまった苦しさから咳き込んだが、「離してよ!」とこりることなく扉へぶつかっていこうとする。

「ねぇ、あんたわたくしの話聞いてたの?」

 次の瞬間、春呼の目の前に火車の大きな瞳があった。連れて来られたのかと理解するより先に、火車がはあと息を吐く。ぶわあっ、と体全体に熱気がたたきつけらる。火傷しそうなほどの息は火車が苛立っていることを表していたが、春呼は扉へと体を向け、爪から逃れようともがき続けた。

「九重さまは、あんたが近くに来ることを望んでないの」

「でも、あたしはあいつがどんな状況にいるのかも知らないわ」

「大体察しはつくでしょうに」

「自分の目で見たわけじゃないもの」

「いつかも言った気がするけど、九重さまは妖で、あんたは人間なのよ。本来であれば分かり合えないものだってわかってる? 綾ヶ咲のお嬢様」

 強調された最後の呼び名に、春呼はつと視線をそらした。

 綾ヶ咲の時期当主である自分は、トウシャをあらゆる脅威から守り、導く存在にならなければいけない。そのためには民が安心して生活できるよう考えることが何よりも重要で、その義務を遂行するためには生き抜くことが前提で――。

 黙りこくった春呼に、火車は「やっとわかったようね」と再び熱い息を吐いた。

「わかったなら早くこっちに来なさいな。離れていては、守りきれるかも怪しくなってしまうわ」

「……よ」

「何をぶつぶつ言っているの? 早く――」

「絶対に嫌よ!」

 突然の怒声に、火車はぱちくりと大きな目をしばたたかせた。動揺を示すように、赤い炎がゆらりと揺れる。

「なんであたしの行動をあいつに縛られなくちゃいけないわけ!?」

 そんな火車の様子を気にもとめず、春呼は興奮で頬を赤く染めながら、口早で文句をこぼし続ける。火車に向き直ると、まんまるな瞳が春呼を見つめていた。

「だいたい、いつも勝手すぎるのよ。急に現れたかと思えば馴染んじゃうし、勝手に外に連れ出すし、なのに勝手にいなくなるし! 自分が好き勝手やってるくせに人にはあれしちゃいけないこれしちゃいけないなんてわがまますぎるわ!」

 言ってて腹が立ってきた。春呼はふんと鼻を鳴らす。

「あたしがやりたいことは、あたし自身で決めてやる! 好きな人を守りたいと思うのは当然でしょ、誰にも邪魔はさせないわ!」

 ゆらゆらと影がゆれる中、春呼は仁王立ちしてそう叫んだ。どうだと言うように胸を張る春呼に、火車はただただ呆然とするしかない。

「……あんた、ばかよねぇ」

「そんなこと――って、あれ、あたし……?」

 自分がとんでもないことを口にしたと気付いた春呼は、ぼんっと顔を赤く染めた。火車が呆れたようにため息をつく。

「だから何を言っても無駄よ」

 続けた言葉は震えていて、まったく迫力がない。

「もう。こんな面倒くさい子を押し付けて九重さまってば。――!?」

「ちょっと、な、なに!?」

 だるそうに口を開いた火車だが、次の瞬間黄金色の瞳を鋭く細め春呼へと突進する。

「あああ相手が妖だってままま負けないんだだか」

 力づくで外に出さないようにするつもりだろうか、と春呼は両拳を腰付近で構え、迎撃の態勢をとった。が、相手は自分より数倍は大きい。その上狭い納屋の中だ、抵抗する間もなく距離を詰められた春呼は、押しつぶされるように柔らかな毛に埋もれてしまう。

「火車、あたしは」

「黙りなさい!」

「へ」

 負けないと意思を示そうと声をあげた瞬間、火車の矢のような言葉が飛んできた。何事かと目を丸くする。

「っきゃああっ!?」

 ずうん、と。

 地を突き上げるような、大きな衝撃が襲い掛かる。春呼は目の前に必至にすがりついた。

 衝撃は一度では収まらない。二度、三度と回数を重ねるたびに大きくなる。

 不思議と怖くはなかった。というのも、春呼はこの揺れが「九重が関係しているものである」と直感していたからだ。

 なにをしているの。

 そう大声で問いたいのに、声を出すことすらかなわない。

 春呼の両手に力がこもる。火車も毛に加わった力を敏感に感じ取ったらしい。春呼をより一層、包み込むように体を丸めた。

「まったく、なにをしてるのよあの馬鹿長は……!」

 轟音の中、火車の苛々したつぶやきが聞こえてくる。本当よ、と春呼も心の中で同意した。

 と、音も衝撃も消える。

「……とまった……?」

 春呼がおそるおそる、といった風に火車の体から顔を上げるのと同時だった。

「――来るわよ!」

 バアン、と何かが破裂するような爆発音。火車がかばってくれたものの、春呼は自分の頬に何かがかすったのがわかった。

 なんだろう。不思議に思った春呼が手で確かめようとする。火車にきつく包まれているため、動くのも一苦労だ。「おとなしくしてなさいよ」と火車は不満げだけれど、気になるものはしょうがない。

 じわじわと熱を帯びる箇所にあてた指が、とろりと妙に粘り気のある液体に触れる。

 眉をひそめ、春呼は指先を確認する。

 飛び込んできたのは、鮮やかな赤だった。

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