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1 アスパラガスの鮭フレーク和え

 ガラガラ。


 お、いらっしゃい。


「えぇと……空いてます?」


 なんでえ、兄さん、キョロキョロしちまって。のれんが出てるんだから、店は開いてるに決まってますよ。


「いや、そうじゃなくて」


 ああ、あーあ、もう。真面目に返事してどうすんだい。見ての通り、席だって空いてますよ。いま店開けたところなんだから。


 おっと、待った。あんまり引き戸をガタガタさせないでくださいよ。もう三十年も(めえ)の建物でしてね。機嫌が悪くなるとこれだ。どれ……




 よっ、ちょっと……待ってておくんなさいよ。


 やれやれ。こりゃロウ(・ ・)でも塗らないといけねえや。……なんだい? クレ556? へえ、それをシューっとやれば、滑りが良くなるって? へえ、そんなにいいもんなら一つ、嫁さんの股の間にでも……っと、いけねえや。まだ日も沈んでねえうちからこんな冗談言ってちゃねぇ。ごめんなさいよ。


 ささ、とにかく座ってくんな。


 お嬢さんも怖がらないで。


 取って食おうってんじゃないんだから。

 

 狭いとこで申し訳ないね。火曜日は暇が多いからね。真ん中に座ってもらって。その方が焼きたてがだせるってもんだよ、うん。って、おいおい。いくら狭いからってそんなにくっついて座らなくてもいいだろう? そんなんじゃ肘と肘がぶつかっちまって、食いづらくっていけねえや。

 

 仏頂面しなさんな。ほら、冷茶でも飲んで、親父の小言だと思って聞いときな。若いもんが外でベタベタくっつくもんじゃないんだよ。


 は? “かしおれ”二つ?


 いやまだ話の途中なんだけど……まあ、こんなご時世だからね、ありますよ。

 

 ありますけどね、兄さん――みたとこ二十歳そこそこか。学生さん?


「そうです」

「私たち、サークルの先輩と後輩なんです♡」


 んなこと聞いてねえんですけどね、お嬢さん、てぇことは何か、そこへ座って水飲むだけでそんなにベタベタしてるってぇのに、お付き合いしてるってぇ訳じゃねえんですかい?


「ん~、どうなんですかぁ? せんぱぁい」

「いやあ、えへへ」


 笑ってごまかしてやんの。


 ま、まあいいや。はいよ、かしおれ二つ。うちはオレンジジュースが濃縮還元じゃない、100%生ジュース使ってんだ。安心して飲んで――は? マドラー?


 はあ~。


 あんたらね。ここは洒落た銀座のキャバレーじゃねえんだよ? こんなうらぶれた路地に入ってきてだ、酒を混ぜるのにマドラーなんているもんか。割りばし使うか、指でクルクルっとやってくんな。ええ? わかった、わかりましたよ。はい、スプーン。




「乾杯」

「かんぱ~い☆」


 やれやれ、ようやく居酒屋らしくなってきたかい。


「何食べる?」

「聞いてせんぱぁい! 今日ね、練習中にジュリアたんがぁ~」


 おいおい。いったい何が始まったんだい。




「でねでね! 私もぉ~怒った! ってなってぇ、それでもジュリアたんがねぇ!」

「うんうん。中条もやりすぎだよな」


 それより兄さん。お品書きを持ったままもう十五分もそうしてんだけどよ。そいつぁね、うちのカミさんが朝の仕入れを見てちょちょっと書いてくれてんのよ。なかなか達筆――


「でも、最後はごめんねしたのぉ!」

「そっか~偉かったな。酒井」

「えへへ~」


 ああ、はいはい。犬か猫じゃねえんだから、頭撫でられて何が嬉しいんだか。俺のあたまなんざ、撫でなくたってピカピカに光ってんぜ?


「ええと、軟骨揚げください」


 おっ!? おおう、どうした兄さん。


「やだ、オジサン、聞いてなかったの? ウケるんですけど」


 あんたらね。居酒屋のオヤジ馬鹿にすんのもたいがいに――


「あと、フライドオニオン&ポテトと、ポテトサラダ、それに揚げイモモチをお願いします」

「これ、チーズ入ってますぅ?」


 いや、色々言いたいことはあんだけどよ、イモモチにチーズは入れてねえよ? うちのはでんぷんからしてこだわった――


「よかったぁ~私、チーズだめなんですよぉ。なんか、こってり系? 全般ダメでぇ」

「わかる。俺も家系とか無理だもん」


 お客さんね、会話かみ合ってないんだよ。そういうのなんて言うか知ってるかい? それはともかく今頼んでくれたもんの七割五分が揚げもんですよ。ほんとにいいんですかい?


「なるはやでお願いします。僕たち、お腹空いてて」

「ナンコツ、オニポテ、ポテサラ、イモモチ、ASAPで~! きゃはは☆」


 まあ、いいや。ところでお客さん、お腹空いてんなら、お通し食べてみちゃどうですかね。そいつぁね、最近作った自信作でね。アスパラガスを湯がいて――


「これってアスパラですかぁ? ていうか僕、茹で野菜全般得意じゃないんです」


 何言ってんだい兄さん。野菜茹でるってのはたしかに簡単じゃねえけどもね。特別苦手になるような行程でもないだろうに。え? 得意じゃないってのは嫌いってこと? ああ、そうですかい。でもねえ、そいつは甘くて芯がないやつを使っているし、味付けにも自信があるんですよ。騙されたと思って、ね? 一口だけ!


「ええ~」


 やれやれ、まあ気が向いたら食べてみてくださいよ。ええ、今ナンコツ揚げますからね。


「なるはやでお願いします」


 なんなんですかい、さっきからそのなるはやってのは。


「なるべくはやく、お願いします」


 はいはい。すいません。









 ガラガラ。


 お、いらっしゃい。ここんとこご無沙汰だったじゃありませんか。出張? おや、ミャンマーなんてまた遠くへ、ねえ。こりゃ大変だ。


 まあまあ、座って、座って……え? ああ、こりゃすみませんねぇ、お気づかいを、へえ~、ナマズの出汁が入ったインスタント麺!? そりゃまた珍妙な……ええ。ありがたく頂戴いたしますよ。


 え? いやなにちょいと(めえ)に若いお客さんがいらしてましてね。いや~、歳は取りたくないもんです。ついていけねえというか、なんというか。


 へい、瓶ビールね。こいつは俺から。日本に帰って来て最初にうちにきてくれるなんざ、泣かせるじゃありませんか。ほんの気持ちです。え? あ、じゃあすいませんね。いっぱいだけ……おっとっと。


 それとねお客さん、これ、新作のお通しなんだけど、食べてみてくださいよ。じしんさくなんだけど、若い人にはウケなくてねえ。


 美味しい?


 いや、ありがとうございます。


 それが聞ければ、仕事人冥利に尽きるってもんでさ。




 本日のお通し


 アスパラガスの鮭フレーク和え


 茹でたアスパラガスは冷水に潜らせて色止めし、食べやすい大きさに切る。

 鮭フレーク、パセリのみじん切り、マヨネーズ、めんつゆをよく混ぜ、そこに切ったアスパラガスを投入。さっくりと混ぜ合わせたら冷蔵庫でよく冷やし、食べる直前に黒コショウまたは七味を振って。


 乾 杯☆


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