005 ブリキ猫、その名は
爺さん、妄想は口に出したらイカンぜよ・・・・・・
そう思って他人事のように爺さんを見ていたら、婆ちゃんはなぜか俺の方もじろりと見てきた。
「全く、男ってのは馬鹿な生き物ねぇ。自己紹介がまだだったわね。私は桐生花江。この馬鹿の飼い主よ」
婆ちゃんはそう言いながら、食卓を片付けていった。そうか、ちょうど食べ終わる頃だから来たのか。爺さん、バッドタイミング。
「ミリア・ウサミです。ご飯、美味しかったです。ありがとうございました!」
ミリアがお礼を述べると、婆ちゃんは済まなそうな顔をした。
「いいえぇ、余り物でたいした物もだせずにごめんなさいね。お昼はもっと良い物出せるからね」
「そんなっ、お昼までお世話になるわけには・・・・・・」
「遠慮しなくて良いのよ、今後も、いつでもこの世界に来たら、ここを家だと思って来てくれて良いからね」
婆ちゃんはそう言いながらお茶を出してくれた。ってか、婆ちゃんも爺さんの正体しってたのか。
「こっちの猫ちゃんもお腹いっぱいになったかしらね?」
「カタジケナイ、カンシャスル」
機械音声が大分流暢になってきたな。
「あらあら、まぁ、おしゃべりできるのねぇ!賢いこと!あなた、下の公園に良くいた猫次郎ちゃんなの?」
そんな名前だったのかっ!知らなかったよ。
「ワタシニナマエ、ナイ。ネコジロウ、ダレカガ、ヨンダナマエ。ワタシ、ニバンメカドウカ、ワカラ、ナイ」
「あら、名前がないの・・・・・・それなら、シンちゃん、あなたが名前着けてあげたら?そして面倒見てあげなさい。こんな身体だと猫集会にはもう出られないでしょう」
いろいろ突っ込みたいところがあって、ちょっと待って。
まず、婆さんはいつも俺をシンちゃん呼ばわりするが、実はそれは嫌なんだ。理由は単純にどこぞの幼稚園児を思い出すから。しかし、異世界ネームをシンにしてしまった俺にはもう抵抗権がなさそうだ。
それから、猫集会に出られないって・・・・・・単なる野性に帰せないなら判るが、猫集会・・・・・・
「タシカニ、コノスガタデハ、ホカノ、ネコタチニウケイレラレルカ、ワカラナイ」
若干、声のトーンが下がったブリキ猫が言う。しかし、猫型ならもうちょい可愛い声で喋ってほしい。今は声優のG田さんやS田さんに近い感じだ。俺がそれを指摘すると、ブリキ猫は、声質の調整試みているようだ。
「コンナカンジノコエデハドウカ」
今度はいきなりN川もしくは緑K的なイケメンボイスかっ!
「あー、ディスペルでフィレクラムの支配プログラムを解除したんじゃったな。それならば、異世界に行って魔力回復してから、ピュリファイも念のため掛けてみるがいい。プログラムのノイズや身体の異物がある場合、それらが取り除かれてもっと変わるかも知れんしの」
復活した爺さんが、そんなアドバイスをくれた。ってことは、こいつを異世界に連れて行くことになるな。
「お前はそれでいいのか?俺達と一緒に来るか?」
「タスケテモラッタ。コノオンハ、ワスレナイ。ツイテイク」
なんとなく俺が好きな悪魔使役ゲームの地獄の番犬を思い出した。名前を付けなきゃな。ええと・・・・・・
「ブリキ猫だから、ブリニャンでどうだ?」
「安直じゃな」
「ブリが好物そうねぇ」
爺さんと婆ちゃんから突っ込みが入ったが。
「ソレデカマワナイ。ワタシハ、ブリニャン。ヨロシクタノム」
本人は気に入ったようだ。しかし、それじゃ駄目だ。
「ブリニャン、こう言う時は、「コンゴトモ、ヨロシク」と言うんだ」
「ワカッタ。ワタシハブリニャン。コンゴトモ、ヨロシク」
俺はびしっと親指を立ててサムズアップした。元ネタを知っている爺さんは呆れている。
ミリアは元ネタが判らずにきょとんとしていたが、ブリニャンに微笑みかけた。
「よろしくね、ブリニャン」
「コンゴトモ、ヨロシク」
ブリキっぽい尻尾がブンブン振られている。喜んでいるようだ。元々の猫の知能に、フィレクラムのナノマシンの影響で、高度な知識を得た感じなのだろうか。ブリニャンの能力については異世界に行ってからでもしっかり確認する必要があるな。
さて、これで後はいつ出発するかということになるのだが、俺はふと気が付いた。
「なぁ、やっぱり爺さんも同行すれば、グノシアに真っ直ぐに行けるんじゃないのか?」
「ワシが行かない理由は二つ。ひとつはさっきも言ったように体力的に探索行の足手まといになるということ。もう一つは、ワールド・ウォーカーは基本的に一度行った場所を自動的に登録するのじゃ。例えば、ミリアさんは今後、アースに来る時はそこの公園に出ることになる」
ふむふむ。
「ワシが昔行ったことのあるグノシアの出現場所が今も無事にあればいいが、高い場所だったからのう。もし、そこが無くなっていると、転移した後に落下するぞい。確率論ではあるが、それならランダム転移で行った方が安全じゃ。そんな訳で、見知らぬ世界に行く時は魔力カードの余裕はもちろんのこと、飛翔などの魔法カードの準備も忘れないことじゃ」
なるほど~。確か飛翔の魔法カードは風2枚のコストだ。ミリアと俺で風は1枚づつ持っているはず。俺は飛翔のマジック・カードを取り出してみた。
“フライ(飛翔)” 、“風風”
“インスタント”、“ノルス、セフィニア、トリスト”
“~空を飛ぶ時は服装に迷うの。雲から下は雨対策、雲から上は日焼け対策。でも一番重要なのは空賊に襲われそうになった時の白旗代わりに欠かせない、白の下着よ~”
空賊なんて居るのか。やだな。じゃなくて。フレーバー・テキスト職人よ、自重しろよ。
見ると、ミリアが自分の飛翔のマジック・カードを見て赤面している。前言撤回。セクハラ職人に感謝だ!
それはともかく。結局ランダム転移の博打しかないのかと爺さんに聞くと。
爺さんの説明によると、ワールド・ウォーカーの使用時に、ランダム転移する事に関して、一度行ったことのある世界は、指定出来るが同時に、選択肢に含まない逆指定も出来るんだそうだ。これを利用して、同一世界内で転移することも可能だとか。
確かに、アースでさえも世界は広いからな。その都度、ランダム転移で一番利用しやすい地域を探すのも手かも知れない。例えば、アースに帰ってきても南極とかに基準置かれると魔力カードに余裕無かったら詰むからな。
「異世界―多元世界は無数にあるが、繋がりやすい世界とそうでない世界がある。昔からノルス、セフィニア、トリストは繋がりやすいから、マジック・カードの基本セットにも最初から3世界共通の魔法カードがあるくらいじゃ。グノシアはその次に繋がりやすい。確率的に行けば次はセフィニア、トリスト、グノシアのいずれかに行ける。いずれも魔力のある世界だから心配はないぞ」
爺さんのその言葉に、ミリアは安心したようだった。
「ワシが一緒に行けないのは申し訳無いが、そういう訳じゃ。ワシ自身が故郷に戻るためには・・・・・・なに、真悟が異世界に行って魔力カードを回復させて戻ってくれば、ワシもいつでも故郷に行けるようになる。なんなら、ワシ用にノルスでカードセットを買ってきてくれてもいいしな」
「金無いよ!?」
「異世界で稼げ!ついでにアースで換金出来る物もゲットじゃ。そうすればこっちの生活ももっと楽になるでの」
どこまで本気で言っているのか判らないが、養って貰っている身としてはぐうの音も出ない。
しかし、異世界に行ったり冒険したり金稼ぎ出来そう、って言うのはものすごい魅力な訳で。しかも同行者が美少女と来れば申し分ない訳で。俺に、自分が行かない選択肢は無いのだ。
「よっしゃ。それじゃ昼飯喰ったら出発するか!」
「シン君・・・・・・ありがとうね」
ミリアが上目遣いに申し訳なさそうに言ってくる。やばい、その表情は破壊力抜群だ。
俺達はその後、爺さんのアドバイスを受けて荷物をまとめ、魔法やマジック・カードに関してのアドバイスをさらに細々とレクチャーしてもらった。異世界に行って自由に魔法を使えるようになったら、武器や防具と、術者独特の魔法の作成をした方が良いらしい。
あの水色のローブも忘れちゃ行けないものだそうだ。ライフカウンターの設定も出来るし、マジック・カードの初期化や“驚異”とは関係のない、自分で作った道具や魔法の登録も出来るらしい。それらはレアカードと言って、作成者が譲渡しないかぎり、他人には使えない独自魔法になるんだそうだ。
ヤバイ、厨二病が再発しそうだ。
俺は昼飯後の出発が楽しみでしょうがなくなった。
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