004 ミリア・ウサミ
ブリキ猫から逃走中の俺たちは、なんとか森林公園に辿り着いた。ここならばあまり人目に付かない。
「ミリアって言ったな。魔力カードはどれくらいある?」
「光が3枚、闇が2枚、水火風が1枚よ」
「俺は闇2枚、地水火風1枚。ミリアの光2枚と俺の闇2枚合わせて、後はその他から4枚出せばワールド・ウォーカーが使える。奴の迎撃に使える魔力は光と闇2枚ずつ以外の6枚しかない」
ミリアが頷く。
「出来るだけ温存して戦おう」
俺は地の魔力カードともう一枚の魔力カードを出した。
「いざとなったらこれを使ってくれ」
それをミリアに手渡し、俺はミリアを連れて森林公園を奥へ走った。
綺麗に間伐して下草も芝生にされた林のある地帯、樹林広場。あそこなら人通りも少ないし、木が射線を遮る。開けた何の障害物も無いところより戦いやすいはずだ。
俺達がようやくそこに辿り着いた時、とうとうブリキ猫も追いついてきた。俺達を見るなり、四肢を踏ん張って尻尾を逆立てる。背中が開いて、小型ミサイルが発射された。
ワンパターンな攻撃をしてくれるおかげで、大分楽だ。杉の木を遮蔽物にして回避出来る。しかも、ミサイルが結構ふらふら飛んでて命中率が悪い。
今回のミサイルは俺達を外してかなり後方の地面に刺さり爆発した。爆発範囲は1mも無いくらい。もしかして、エネルギーが切れてきたか?続いて、ブリキ猫が駆けてくる。俺の手前2m位のとこでジャンプ。顔面を狙って前脚を伸ばしてきた。その先端には鋭い爪。
俺は、咄嗟に身体を左ひねりさせてその攻撃を回避し、すれちがうブリキ猫の尻尾を右手で掴むべく踏み込んで右手を伸ばす。掴めた!
そのままハンマー投げの要領で3回転し、4回転目で遠心力を乗せた勢いで近くの幹に叩きつけた!
ガッ!!
結構堅い。ぐしゃっとはならなかったか・・・・・・一瞬、どこかから火花を出して、ブリキ猫は動作を停止したようだ。俺は、それを目の前に転がした。
ブリキ猫はびくん、びくんと身体を震わせている。フォルムが猫なだけに、居たたまれない思いが心に浮かぶ。実は俺、猫好きなんだ。それにこいつ、うちの近所の公園でたまに見る野良猫だったんじゃないかということに、今気が付いた。
「なぁ、これって追跡者ってのがアースの生物に取り憑いて変異したのか?元には戻せない?」
「フィレクラムの技術は、ナノマシンによる機械生命体の開発と管理よ。元には戻せないんじゃないかしら」
やっぱり助けられないか・・・・・・まてよ。
俺はポケットから黒い小箱を取り出し、一枚のカードを探して取り出した。
“ディスペル(解除)” 、“光(1)”
“インスタント”、“ノルス”
“~「解除しちゃう!」おじさんはノルスの名物おじさんだ。彼に掛かれば、呪いや魔力付与はもちろんのこと、どんな契約だって解除しちゃう。それが、例え結婚という契約でも・・・・・・~”
ノルスにこんなおじさん居るのかよ。やだなぁ・・・・・・ってか、もうちょっとマシなフレーバーテキストにならなかったんだろうか。
「ディスペルでこいつを助けることって出来るんだろうか?」
「やったこと無いから判らないわ。そこまでして助けたいの?」
「猫、好きなんだよ、俺。それに、元はうちの近所に居た奴だから、可哀想でな。光1枚なら余裕あっただろ。駄目かな?」
ミリアは、逡巡してたが結局、俺にカードを渡してくれた。さっき俺が渡した地の魔力カードと魔法カード、そして光の魔力カードだ。ちなみに、さっき準備した魔法カードはこれ。
“スパイダーウェブ(蜘蛛の巣)” 、“(1)”
“ソーサリー”、“グノシア”
“~蜘蛛は尻から糸を吐き出し、風に乗って当てもない旅をする。俺も、あの蜘蛛のように自由に旅をしたいものだ~”
俺は一瞬、気を失いたくなった。
この魔法カードは夕べもさっと見たが、フレーバーテキストは、じっくり読んでいない。さっきもブリキ猫から逃げている最中で読んでは居ない。カードの名前だけで魔法の効果も予想出来るし。
それにしてもだ。
“あの蜘蛛のように”って、普通は“雲”だろうがっ!
自由の象徴である雲が、尻から糸を出す蜘蛛にすり替えられるとは・・・・・・フレーバーテキスト職人、恐るべし。
ともかく、俺はスパイダー・ウェブの魔法カードを黒の小箱にしまい込み、地と白の魔力カードと重ねてディスペルをブリキ猫に使用、と念じてみた。すると、光が魔法カードからブリキ猫に降り注ぐ。
何気なくやってるけど、俺、今魔法使ったぞっ!初!魔法使い!
内心の興奮を抑えて、果たしてブリキ猫はどうなるのか。じっと見ていると・・・・・・
「エネルギー・・・・・・フソク・・・・・・ハラ・・・・・・ヘッタ・・・・・・」
思わずミリアと顔を見合わせてしまう。
「お前、まだ俺達を襲う気か?」
近づいてブリキ猫に声を掛けると、微かに首を振る。
「メイレイ・・・・・・カイジョ、ワタシハ・・・・・・ジユウ・・・・・・タス、ケテ・・・・・・」
どうやら、もう大丈夫のようだ。俺は、ブリキ猫を抱き上げた。
「とりあえず、うちに行こう。俺のマジック・カードは、元々俺の爺さんの物なんだ。紹介するよ」
そう言って、俺はミリアとブリキ猫をうちに連れて行くことにした。
道すがら、ミリアに俺がカードを持つことになった経緯を説明して、いざカードショップ「ロンゾ」まで着くと、結構店内は客がいるようだったので、俺達は勝手口から中に入り・・・・・・
今、目の前では猛烈な勢いで白ご飯と焼き鮭に食らいついている一人と一匹。
ミリアは丸一日何も食べていなかったらしい。そして、異世界にも米と箸文化はあったらしい。その傍らで、ブリキ猫も皿に盛られた鰹節オン白ご飯にかぶりついている。エネルギーがあると、ナノマシンで身体の修復が出来るようだ。
店番は、今は婆ちゃんがやってくれており、爺さんが同席して一通り話は済ませてある。
ミリアの話によると、彼女は異世界ノルスの出身で17歳。俺と同い年だ。ワールド・ウォーカーを使った理由は、病気の母親に効く薬を手に入れるために、グノシアという世界に向かおうとしていたんだそうだ。
爺さんの夕べの説明どおり、ワールド・ウォーカーの魔法は行ったことのある場所指定をしない場合、ランダムで場所選択がされるらしい。ミリアの周囲には探索に同行してくれる人やグノシア経験者もおらず、仕方なく一人でランダム博打に賭けたんだそうだ。
そもそもマジック・カードセットはそう簡単に手に入らないらしい。購入するとノルス通貨で30万ユドル、日本円に換算すると90万円くらいだそうだ。ちなみにこれは、ペットボトル飲料で比べたら日本円150円とした時にノルスユドルで3倍の450ユドルと言う情報交換をしたところからの換算である。
90万円って大金だけど、これは母親の看病に付き添っているミリアの姉が工面してくれたらしい。ノルスでは魔法使いは珍しくはないが、それでも異世界探索は危険が多く、あまり実行する者は多くないんだそうだ。ミリアの父親は異世界探索に反対だったため、姉がお金を用立てたということだった。
「話を聞くと、グノシアに行っても薬は簡単に見つからなさそうじゃな。お父さんの反対もその辺に理由があるのではないか?」
爺さんが聞くと、ミリアは頷いた。
「グノシアの密林で採れるリクシアという植物が必要なんです。薬の製法は病院にあるのですが、肝心の材料は滅多に入荷しないんだそうで・・・・・・お父さんはその入荷を待つと言うんですけど、そういう状況なので薬希望者の倍率も高いんです」
なるほど、それで自分で取りに、というところか。健気な子だなぁ。
「ふむ。真悟、お前はミリアさんに付き添って異世界へ行くがいい」
もちろん、俺のカードも無いと彼女はアースを脱出出来ないが、そもそもこのカードは爺さんのものだ。
「爺さん、行かないのか?」
「ミリアさんや、申し訳無いがワシも歳でな、異世界の探索となるとかえって脚を引っ張りかねないのじゃ。ワシが同行するよりはコイツを連れて行った方がいいじゃろう。腕っ節は強いから護衛にはなると思う」
「いえ、そこまで気を遣って頂いてすいません。元はと言えば私の都合で危険な目に遭わせてしまって・・・・・・シン君には感謝してます」
ミリアはちらと俺を見て頭を下げた。ちょっと顔が赤い気がしたのは、もしかしてフラグか?俺に春がくるか?!
内心俺が舞い上がっていると。
「ところで真悟だからシンなのか?そういえばライフカウンターもそうじゃったな」
爺さんがニヤニヤしながら聞いてくる。まさか厨二病がばれてるんじゃあ・・・・・・ちょっと恥ずかしくなったが俺は誤魔化して。
「ああ、色々偶然が重なって名乗りがシンってなっちゃったんだ。まぁでも、異世界に行くならシンでいいや。シン・キリューって事で。よろしくな、ミリア」
「ミリア・ウサミです。よろしくね、シン君」
東洋式で言うとウサミ・ミリア・・・・・・ウサミミ・リアか!いつかバニーガールのコスプレして欲しいっ!
と、内心の妄想が爆発仕掛けたら。
「東洋式だと、うさみみ・りあとも読めるなぁ。今度来た時の為にうさ耳でも用意しておこうかの!」
ガスッ!
爺さんを仕留めたのは、開き戸を開けて仁王立ちしてる婆ちゃんの投げた丸いお盆だった。
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