002 エア魔法使い誕生
「強いて言うならこのカードセットは「ワールド・ウォーカー」と言うのが一番しっくり来るかのう・・・・・・このカードセットはゲームなどではない。むしろ今のカードゲームの全ての基礎になっているかもしれない存在じゃ。このライフカウンターはその存在が知られている異世界においては身分証明のようなものであり、HPがゼロになるともちろん術者は死亡する。通常、目に見えない生命力や魔力を数値化している代物なんじゃ。しかし、これはオマケでしかない。重要なのはそちらのカードのほうじゃ。その白いブースターパックを開けてみい」
いいの?と聞くと頷くので、俺は白いブースターパックを開けてみた。
パックの中には、カードが6枚。白地に灰色で抽象的な紋様の書かれたのが裏側か。表側は灰色で縁取りだけされて、あとは真っ白だ。
「なんにも書いてないじゃん」
「そのカードは術者が“驚異”に感じたモノにカードをぶつけることによって、その存在を無効化して習得、つまりラーニングする。危険になった時に使う事が可能じゃ。そして、一度ラーニングした内容は、次からは魔力コストを支払うことによって、その効果を発動することが可能になる」
爺さんはそう言って、黒い小箱からカードセットを取り出し、中から1枚のカードを取り出した。
「ほれ、これなんぞ見覚えないかのう?」
そのカードにはこう書かれていた。
“ダンプカー(車激突)” 、“(3)”
“ソーサリー”、“アース”
“~日常が常に安全とは限らない。居眠り、薬剤中毒、etc……
善良な運転手も油断すると殺人鬼となるのが自動車社会だ。シンゴは危うく潰されるところだった~”
ダンプカーが呪文名で、数字が魔力コスト、ソーサリーってのが魔法の種類かな?アースってのは大地とか地球の意味だけどなんだろう?そして、フレーバーテキストはカード効果のイメージを表したり面白いエピソードを書いたりしてるものだけど・・・・・・なんで俺の名前が。絵柄も良く見ると恐怖に引き攣っている子供の頃の俺のような・・・・・・あっ!
俺は、幼稚園の登園の時に、ダンプカーに轢かれそうになったことを思い出した。確か目の前でぎりぎり止まったはずでは・・・・・・
「思い出したか。あのとき、咄嗟に白カードでダンプの激突という事象を無効化したのじゃ。その結果、魔法カードになってしもうた」
爺さんは続いて別のカードを出した。
“ファイアストーム(炎の竜巻)” 、“火火火(3)”
“ソーサリー”、“アース”
“~延焼により周囲で広がった火事は、やがて熱風と上昇気流を生み出し炎の竜巻という地獄を生み出した。呼吸すべき正常な空気は最早何処にもなく、巻き上げられた残骸は熱を持つ霰となって降り注ぎ更なる被害をもたらした~”
「空襲の爆撃の際に発生したものじゃ。婆さんと家族を助けるために使った白カードが覚えたモノじゃよ。よもや、魔法のないアースでこんな凶悪な魔法カードが生まれるとはなぁ・・・・・・」
まさか、本当なのか?・・・・・・まさかね。
「なんかそれらしく書いてて迫力あるけど、本当な訳ないよね?それに、このカードってダメージ効果とか書いてないじゃん」
「ゲームではないし、使い方によって効果は変わるからの。本当の魔法カードにはダメージ値などあるわけがない」
「ええ~そんなものかなぁ?いや、それならさ・・・・・・じゃあ、使ってみてよ。それなら信じるさ!」
「それが、そうもいかぬ理由があってのう・・・・・・」
爺さんは悲しそうな顔をして、カードセットから再び何枚か抜き出し始めた。
爺さんがテーブルに広げたカードは、全部で22枚。
地×3枚、2枚が真っ白、1枚が色付き。
水×3枚、2枚が真っ白、1枚が色付き。
火×3枚、2枚が真っ白、1枚が色付き。
風×3枚、2枚が真っ白、1枚が色付き。
光×5枚、全部真っ白
闇×5枚、3枚が真っ白、2枚が色付き。
色が付いたカードは裏がエンジ色、表にはそれぞれのシンボルが描かれていて、地なら茶色、火なら赤色というようになっている。
「マジック・カードは、カード内に魔力を溜めて、ラーニングしたカードで魔法を使う。使った後は、色が抜け、自然界の魔力を吸収して使える様になると色が戻るんじゃ。しかし、この世界には魔力が無いため、これらの魔力カードを使い切るともう二度と魔法は使えないのじゃよ。現在残っている魔力は火、地、風、水、が1枚ずつ。闇が2枚といったところじゃ。例えばさっきのダンプカーの魔法は属性に関係無く3つの魔力で発動できる。しかしまぁ、魔力回復の当てがない限り、そう簡単に魔法カードを使うものではないのう」
続いて爺さんは二つのカードを取り出した。同じものが2枚で、1枚は色が抜けている。
“ワールド・ウォーカー(世界散歩)” 、“闇闇光光(4)”
“ソーサリー”、“ノルス、セフィニア、トリスト”
“~異世界を旅する者に祝福あれ~”
「これが、異世界へ行く魔法カードじゃ。使う時は、一度行ったことのある世界は指定出来るが、初めての時はランダムに飛ばされる。色の抜けた方は、ここ、アースにやってくる時に使ったカードじゃ」
俺は、そのカードをまじまじと見た。なるほど、闇はあるけど、光が二つ、魔力が足りないためもう一枚のカードが使えないってことか。
「空襲の際に、“レジスト・ファイア”の魔法を使ってな、帰るための魔力が足りなくなってしまったのじゃ。それを切っ掛けにこの世界に腰を落ち着けることにして、今のワシらがあるということじゃな。まぁ、信じるか信じないかは、お前次第じゃ。まぁ、じっくり見るんじゃな」
爺さんは笑い飛ばしながら話を打ち切って風呂に行った。
さて、俺はこれを何処まで信じればいいのだろうか。爺さんの話が本当なら、爺さんは異世界出身ということになる。考えて見れば、爺さんの故郷の話は聞いたことがない。一方、話が本当なら、少なくとも白カードで驚異を無効化出来るらしいが、そんな驚異に早々遭遇したくない。
自室に戻り、黒箱からカードセットを取り出して眺めることにする。
カードの内容を簡単に説明すると、これだけのものがあった。
魔法カード―
灯火、集水、微風、暗闇、夜目、幻術、鳥の目、各種族語、解錠・施錠、飛翔、蜘蛛の巣、眠り、見えざる盾、世界散歩×2、見えざる宝物庫、使い魔召喚、道具製作、治療、高度治療、浄化、斥力防御壁、解除、魔法無効化、身体強化、隠行、炎熱無効、氷結無効、転移
―ここまでで29枚。
どう見ても驚異とはほど遠い魔法効果のものがある。それから、ソーサリーだけではなくてエンチャント、インスタントという種類のカードがあるようだ。エンチャントは魔法無効化や身体強化がそうなのだが、おそらく一定時間、エンチャント対象者に恩恵を与えるのだろう。インスタントというのは良く判らない。これは、後で爺さんに聞くしかないかな。
続いて―
魔法の矢、炎の竜巻、焼夷爆弾、炎の息、液状化、地震、暴風、地吹雪、雷、津波、洪水、車激突、拳銃(6連装)、短剣
―以上、14枚。
戦闘に使う類の魔法だろうか。魔法の矢と短剣、炎の息以外は全部“アース”となっている。地球に来てからラーニングした?アースって異世界に比べて意外と物騒ってことになるな。中でも、特にこの、カード―
“ツナミ(津波)” 、“水水地地(5)”
“ソーサリー”、“アース”
“~この地は津波の常襲地帯。毎年程度の軽い津波が来るため住民の警戒心は薄れている。しかし歴史書にはしっかり記されているのだ。大津波が定期的にやってくることが・・・・・・~”
―なんかむかつくフレーバーだ。俺はベッドの上に寝転んだ。
確かに、被災後に調べたら書いてたさ。理科年表の国外、カリフォルニアやチリの大地震の年次を岩手県の歴史書に当てはめると、なんと年1回平均以上で津波が三陸沿岸には来ていた。国内では当時は無知で、大潮による養殖筏の被害、程度にしか理解されていなかったらしい。俺でも調べたら判るこんな事が、なんで震災前に誰も知らなかったんだろうな・・・・・・
俺が助かったのは奇跡みたいなものだ。津波に襲われて、気が付いたら避難所にいた。山形にいたはずの爺さんが、俺のそばにいてくれたんだ・・・・・・・・・・・・待てよ。
俺は、ガバッと身を起こしてカードを探す。あった、これだ―
“テレポート(転移)” 、“光光(2)”
“インスタント”、“ノルス、セフィニア、トリスト”
“~同一次元界であれば、これさえあれば何処へでも行ける。牢獄にだっていけるし、宝物庫にだって忍び込める。やっぱりその後牢獄行きだけどね~”
―こんなんでウケ狙えると思うなよ。大体、こんな力合ったらお風呂場直行だぜっ、と俺はテキスト内容に毒づいた。
それはともかく。
この津波のカードがあるってことは、爺さんは俺が津波に呑まれる前に白カードを使ったのではないだろうか。そして、そのために転移のカードを行使していたとしたら?
転移の魔法コストは光光(2)。第二次世界大戦の空襲時に炎熱無効で火光(2)を消費。その前にこの世界に来るための世界散歩で闇闇光光(4)。光の魔力カードは5枚。転移カードは使用済みで白い。少なくとも、転移の使用前には世界散歩に必要な光光は残っていたはずだ。
手元の魔力カードは闇2枚、地水火風1枚ずつ。
やはり、転移を使わなければ、爺さんは元の世界に戻るための魔力を残していたことになる。
俺に責任を感じさせまいとさっきは嘘をついたのか・・・・・・ま、津波の責任まで取るつもり無いけどな・・・・・・爺さん気ぃ回しすぎだよ。格好つけやがって・・・・・・
俺は、爺さんを信じることにした。いつかチャンスがあれば、爺さんが故郷に帰れるよう、当面はエア魔法使いやってみるか。もしかしたら、魔力カードを持った来訪者がくる可能性はあるんだから。
今にして思えば、まさか、それが翌日だとは思いもよらなかったんだが。
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