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同じ夜の夢は覚めない 2  作者: 雪山ユウグレ
第2話 夢の足跡
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3

 盗賊の町、ユレクティム。そこはるうかが先程聞いて想像したよりも遥かにすごい場所であった。るうかのイメージでは現実で見る寂れた裏路地やそこに並ぶ少しばかりいかがわしげな店があり、それから路上で何を売っているのか分からないが何やら商売をしている怪しい人物がうろうろしているような様子だったのだが、実際のユレクティムはもっとすごかったのだ。

 まず家々の密集ぶりがすごい。それぞれの建物の間は広くて50センチメートル程度であり、狭いところとなるとそれこそどうやって建てたのか不思議になるほどである。そしてどういうわけかひとつの家の上に明らかにもうひとつ別の家が建っていたり、さらにそこと隣の家を足場にしてもう一段上にも家があったりととにかくめちゃくちゃなのである。積み木のように重ねられた上の方の家には玄関らしきものはなく、代わりに大きな窓と縄梯子が常備されているようだった。盗賊は盗賊らしく屋根を伝って縄梯子を上り窓から家に出入りするというのだろうか。

 町の入口でその佇まいを見上げて呆然とするるうかに、佐羽が苦笑しながら言う。

「すごいでしょ? 俺も実際に見たのは初めてだけど、噂には聞いていたよ。まるで家を積み重ねて作った塔のような町なんだって」

 それから彼が説明したところによると、この町があるのは幅の狭い谷の底であり、さらにそこを流れる川が時折雨で増水するために人の住める土地がとても少ないのだそうだ。そんな場所であるからこそ盗賊やその他何かの理由でそれまで住んでいた場所を追われた人々が暮らすには安全であり、彼らは不便であることを承知でここに町を作った。盗賊を生業としていた者はその身軽さを活かし、狭い土地にどんどんと家を積み重ねて上に上に住むようになった。やがて年老いて足腰が弱ってきたら今度は下にある家を譲ってもらってそこに住み、若く元気な者が上の家に住む。そうやってこの町は成り立っているのだという。

 確かに辺りを見渡せば町から少し離れたところに切り立った崖がある。その足元に流れている川は穏やかだが、よく見れば町に近いところにも角ばった石の溜まった場所があり、まばらに生えた草の様子からしてもその辺りまでは水が来ることがあるのだと予想できた。

「確か頼成は1回来たことがあるって言ってたよね?」

 佐羽が友人に尋ね、頼成は頷く。

「まだガキの頃にな。社会見学だって言われてゆきさんに連れてこられた。当時はさすがにびびったもんだよ……。まぁそのおかげで転移術が使えたわけだから、社会見学も無駄じゃなかったんでしょうよ」

 どうやら頼成の使う転移の魔法はこれまで彼が行ったことのある場所にしか飛べないらしい。それでもこれまで町や村の間を移動するときにはほとんど転移術を使用していることから考えるに、彼はこの世界で随分たくさんの場所に立ち寄ったことがあるのだろう。

「じゃあまぁ説明も済んだところで、町に入ろうか。一応言っておくけど、単独行動は厳禁だからね。頼成、緊急時は転移術で離脱。頼んだよ?」

「心得てる」

 佐羽の確認に対して頼成は愛用の斧槍を軽く掲げて答えた。と、そこで佐羽があっと思い出したように荷物の中から1枚のカードを取り出してるうかに手渡す。

「ごめん、すっかり忘れてた。これを君に渡すようにって、ゆきさんから頼まれていたんだった」

「えっ……これって」

 それは1ヶ月前に彼女が柚木阿也乃から受け取ったものと同じ、赤い刃を持つカタールが描かれたカードだった。鈍色の大魔王と呼ばれる彼女は現実世界で佐羽の暮らす家の持ち主であり、何やら相当な権力を持っているようである。このカードは現実で眠る際に枕の下に敷くことで夢の中にも持ち込むことができるという、実に画期的かつ巧妙な代物だった。

「おお、できたのか」

 そう言いながら頼成がカードに対して実体化の呪文を唱える。それは以前と同じようにるうかの手にしっくりと馴染んだ。血のように赤い刃も以前と全く変わらない。

「いつか必要な時があったらまた使え、って。ゆきさんはそう言っていたよ」

 でもできれば使いたくはないかな。そう言って佐羽は軽く瞳を伏せた。それはるうかも同じ思いである。この刃を形作っているものは勇者であるるうかの血液であり、それは呪いによって石化した治癒術師や賢者を救う力を秘めている。以前頼成が石化した際にもそれで彼を助けることができたのだ。それでも、もう二度とあんな思いをしたくはない。2人の様子を見て、頼成は苦く笑った。

「俺だって考えてるよ。……ほら、とにかく行こう。いい加減何か分かればいいんだけどなー」

 少しだけ気まずそうに、そしてはぐらかすように言って町へと歩いていく頼成の背中からは彼の決意が1ヶ月前から変わっていないことを表していた。きっと彼はまた自分の魔法が役に立つときが来たなら、その身を顧みずに誰かを救うのだろう。彼にその道を選ばせたのはかつて彼同様に石化した賢者湖澄であり、その湖澄を救おうと試みて“天敵”となったるうか自身だ。だからるうかも彼の決心を否定することはできないのだった。

 頼成を追うように町に入ってまず感じたのは異臭だった。酒と煙草の臭いだ、とるうかは気付く。仕事ばかりの両親が時折付き合いで飲みに行って帰ってきたときにちょうどこんな臭いがする。そしてそれに混じって埃っぽいような、そしてすえたような臭いが漂ってくる。

「おーおー、相変わらず不衛生な町だな」

「うわ……長居はしたくないね。よくこれで神殿も放置できるよ……」

 頼成は以前にも来たことがあるためか少しは慣れた様子だが、佐羽の方は手で鼻を抑えてあからさまな嫌悪感を顔に出している。とはいえ、来た以上はせめて湖澄の居場所の手がかりだけでも探さなくては意味がない。行くぞ、と頼成が言って佐羽は仕方なさそうに頷く。るうかも腹をくくってついていった。

 家と家の間の狭い道を抜け、一応はメインストリートと呼べそうな場所までやってくる。そこには食堂や宿屋もあり、どうやら町の集会場のようになっているようだった。薄汚れた格好をした目つきの悪い男が1人、その端に立っている。そしてるうか達を目にするなり腰に提げていたナイフを抜きながら近付いてきた。

「余所者だな。何をしに来た」

 ナイフを手にしたまま、男は問う。頼成は少しばかり呆れた様子で肩をすくめた。

「別にあんたらに何かしに来たわけじゃない。迷惑はかけないから、少しこの町で話を聞かせてほしい」

「……お前、青の賢者か?」

 男は少しだけ表情を変えて頼成を探るような目で見た。頼成は頷く。そうか、と男は答えた。

「お前の評判は聞いている。呪われた身でなお病人を癒し続けるご立派な賢者様だとな。……その根性は認めてやる」

「そうかい」

「連れは黄の魔王、それにひと月前の大神殿で活躍したっていう赤の勇者か。随分豪華な顔ぶれだ。別に歓待はしないが、俺達の生活に支障がない限りは勝手にしろ。みんなにもそう伝えておく」

「ああ、助かる。……早速で悪いが、ここ3年くらいの間に銀色の髪で青い目をした若い男の賢者が来たことはなかったか? 剣を持っていたはずだ」

 どうやら男はこの辺りの情報をかなり把握しているらしい。そこで頼成はひとまず湖澄について尋ねたのだが、男はほとんど表情を変えないまま首を横に振った。

「銀髪碧眼の若い男? そんな目立つナリをした奴が町に入れば誰かが気付くだろうが、生憎聞いた覚えはないな」

「そうか……」

「町に来た用件はそれか?」

「ああ」

 頼成は頷き、それからふと気付いたように男に向かって言う。

「もし仕事の依頼があれば勿論受ける。ついでだからそれも町の連中に伝えておいてくれ」

「お人好しだな。が、ありがたい申し出には違いない。こんな町に来たがる酔狂な治癒術師や賢者なんてそうそういないからな。分かった、ついでにそこの宿も手配しておいてやろう」

「ありがとう、助かる。じゃあ俺達はもう少し町を回るから、用があれば夕方宿に来るように言っておいてくれ」

「ああ」

 話が終わると男は元いた場所へ戻り、それから一度辺りを見回して宿の方へと歩いていった。頼成はるうか達を促して路地へと入る。

「さすが、青の賢者様は盗賊街でも一目置かれているみたいだね」

 茶化すように言う佐羽に、頼成は小さく首を振る。

「違う。さっきの奴が本当に評価していたのはお前だよ佐羽」

「ん?」

「黄の魔王の破壊魔っぷりは有名だからな。お前を怒らせたらどうなるかと考えたら、そりゃあビビりもするでしょうよ」

「あー。で、それを俺に直接言っちゃうと角が立つから頼成にああいう言い方をした、と。納得」

 にこ、と笑って佐羽は頷く。その笑みはやはり少々物騒で、何かことがあれば彼が遠慮なく破壊魔法をぶちかますだろうことは容易に想像できた。

「まぁ俺だってこの町で下手に暴れようとは思わないよ? 頼成はともかくるうかちゃんも一緒なんだから、ちゃんと考えて行動するって。安心してよ」

「そうしてくれ。じゃあとりあえず人のいそうなところをちょっと回るか」

 そう言って頼成は先に立って歩き出した。

執筆日2013/11/20

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