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同じ夜の夢は覚めない 2  作者: 雪山ユウグレ
第2話 夢の足跡
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2

「……か! るうか!?」

 名前を呼ばれて肩を揺さぶられ、るうかはぼんやりと目を開ける。まず視界に入ったのは灰色の瞳だった。そして少しだけホッとしたように緩む眉。半分開いた唇は上が薄めで下が少しだけ厚い。それはいいが、とにかく近い。

「……槍昔さん?」

 ようやく目が覚めたるうかが名前を呼べば、頼成は今度こそ安心したように息を吐いた。彼はるうかの寝るベッドに身体をくっつけるようにして、上半身を彼女の上に覆い被せるような姿勢でいる。るうかは両肩の脇に突かれた彼の腕の近さにもどきりと心臓を跳ねさせた。

「あの」

 るうかがこの状況に関する説明を求めようと口を開きかけたその時、向こうのベッドからひどく機嫌のよくなさそうな声が届く。

「ちょっと……朝から何してるの頼成……。元気なのはいいけどそういうのは外でヤって……」

「できるか馬鹿!」

 頼成はそう叫ぶと顔を赤くしてるうかの上から身体を引いた。るうかはやれやれと身を起こしながら頼成と、そして向こうのベッドで半分寝ぼけている佐羽に向かって挨拶をする。

「おはようございます」

「おお、おはよ。……大丈夫か? なんだかすごくうなされてたぞ」

「え? ああ、それで起こしてくれたんですか。ありがとうございます」

 おかしな夢を見たような気はしたが、詳しくは思い出せない。とはいえ頼成が嘘をついている様子もないのでるうかは素直に礼を言った。向こうでは朝に弱い佐羽がまだ布団にくるまりながらぶつぶつと文句を言っている。

「俺のことが邪魔ならそう言えばいいじゃん……部屋だって2人で取ればいいじゃない……そうすれば何だってし放題でしょ、どうせ夢なんだからるうかちゃんだってきっと受け容れてくれるよ……」

「おい佐羽、今すぐその口閉じろ」

 頼成がそう言いながら佐羽を叩き起こしている間に、るうかは顔を洗ってきて装備を整える。もう1ヶ月も続いている日常なのでこのようなやり取りにも慣れっこになった。それにしても寝起きの佐羽は本当に性質が悪い。

「頼成だって俺がいなかったらとっくに我慢の限界でしょ……毎晩好きな子の可愛い寝息を聞きながら悶々としてるんでしょ……るうかちゃんが寝返り打つ度に自分もびくっとしてなんだかいけないことをしているような気持ちになるんでしょ……分かるよー俺も思春期だからー……」

「勝手に分かるな! 普通にぐっすり寝てるわ! お前じゃあるまいし!」

「えーひどーい。るうかちゃん聞いたー? 頼成ってば君が隣のベッドで寝ていてもムラムラしないんだってー。ねーそれって彼氏としてどうなのー」

「るうかに振るな!」

 頼成は焦りに焦って友人をがくがくと揺さぶっている。るうかとしてはどうでもいいので早くその寝ぼけた魔王をしっかりと目覚めさせてもらいたい。このまま放っておくとどこまで際どい発言をするやら分かったものではないからだ。そこでるうかは男2人がくだらないやり取りをしている場所まで近付くと、一度自分の拳と拳をばしんと打ちつけてからこう言った。

「落石さん、そろそろ起きないと目覚めにぴったりのビンタをお見舞いしますよ」

 途端にびくりと佐羽の布団が跳ねる。正確には布団の中で丸まっている彼の身体が跳ねたのだろうが、とりあえず彼は黙ってむくりと起き上がった。そして妙にさっぱりとした顔で、しかしその綺麗な亜麻色の髪に寝癖をたくさんつけたままで、るうかに向かい朗らかに笑いかける。

「やぁおはようるうかちゃん。いい朝だね」

「おはようございます。痛い朝にならなくてよかったですね」

「……うん、本当にね」

 この夢の世界では勇者であるるうかの拳には佐羽程度の男など一撃で地面に沈めてしまうくらいの威力がある。以前にそれを体感させられている佐羽に対してこの類の脅しは案外有効で、あまりにどうしようもない場面ではるうかはこうやって拳をちらつかせるのだった。勿論本当に暴力で屈服させようなどとは思っていないが、それも時と場合と程度による。あまりに悪ふざけが過ぎるようならいずれ本気の半分くらいの鉄拳をお見舞いしてやろう、くらいには考えていた。

「さすがだな」

 感心しながらも苦笑している頼成だったが、るうかは彼にも一言物申す。

「ムラムラしないんですか」

「いや……女の子が朝からムラムラとか言うなよ」

「彼氏のつもり、なんですよね?」

「ええと……今日の話?」

「そう言ってましたよね、みんなの前で」

「言った、よ?」

「槍昔さん、私とどうなりたいんですか? 具体的に何かしたいんですか?」

「はい!?」

 素っ頓狂な声を上げる頼成の脇ですっかり目を覚ました佐羽が黙って肩を震わせている。るうかとしても何故朝からこんな会話をしなくてはならないのか分からないが、何となくそのままにしておきたくなかったのだ。佐羽は笑いながらも友人に答えを促す。

「どうなの、頼成。これって結構重要なところだと思うんだけど」

「そ……りゃあそうだけど、それを本人にいきなり言えってか……」

「本人に言わなきゃ意味ないでしょう」

 そういうことである。るうかは頼成が自分を大切にしてくれていることを知っている。彼が自分と一緒にいたいと思ってくれていることを知っている。それはそれで不満ではないのだが、物足りないと思うことだってあるのだ。1ヶ月前のキス以来、それこそ頭を撫でるくらいのことしかしてこない頼成のその不器用な優しさを分かってはいても、彼が自分のことをどういう目で見ているのか不安になってくる。つまり、学年で3つも年下の女子高生なんて本当は相手にされていないのではないかと。可愛い妹のように思われて大事にされているだけなのではないかと、勘繰ってしまいそうになるのだ。

 頼成は難しい顔をして黙っている。佐羽は呆れ顔で友人の答えを待っている。やがて頼成は短い黒髪をがしがしと掻きながら「あー」と唸って天井を仰いだ。

「どうなりたい何したいって、別に馬鹿みたいにべたべたいちゃいちゃしたくはねぇよ。恥ずかしいだろ。ちょっとでも長く一緒にいられれば、とか2人でどこか出かけてのんびりできれば、とか……あと、誰かに取られるのは嫌だけど別にアホみたいに束縛する気もないし。大体るうか、まだ16歳だろ? 簡単に手とか出せねぇよ」

「あらまぁ、ご立派な貞操観念ー」

「お前、貞操なんて言葉知ってたのか」

 そして頼成と佐羽はまたくだらないやり取りを始める。その横でるうかはそっと顔を赤らめ、それを気取られないように少しだけ彼らから顔を背けた。頼成がるうかとの関係に対して望んでいることはほんのささやかなことらしい。一緒にいたい、誰かに取られたくはない、るうかの年齢を考えれば手を出すのはためらわれる。そんな彼と共に過ごす時間は穏やかで、少し気恥ずかしくて、触れそうで触れない微妙な距離をお互いに詰め切れないまま続くのだろう。その想像は思ったよりもるうかを幸せにしてくれる。それでいいや、とるうかは1人でほくそ笑んだ。

「よし、なんだかすっきりしました」

 るうかが言うと、男2人は少しだけ驚いた顔で彼女を見る。佐羽が「え、それでいいの?」と尋ね、るうかは「充分です」と答える。頼成はそんな彼女を見てほんの少しだけ残念そうな顔をした。彼にだって下心はあるのだろうが、それを抑えるつもりでいるのなら今はそうしていてもらおう。るうかも今のところ彼とそこまでの関係になるつもりはないのだ。

 さて、全員がしっかりと目を覚ましたところで本日これからの行動について話し合うことにする。るうか達が現在滞在しているのは鼠色の大神官が治める地域にある中規模の町、アギロコンである。佐羽が見せてくれた地図によればアッシュナークの都からは大分離れており、鈍色の大魔王の領地にも程近い。そして町のある場所にはすでに赤いマジックでバツ印が書き込まれていた。ちなみにマジックは佐羽が現実世界から持ち込んだ品だ。

 るうか達がアギロコンに入ったのは4日前のことである。いつものように頼成が街頭に立って治癒術を売りに路銀を稼ぎ、るうかと佐羽はそれについて歩いた。昨日はこの辺りでは珍しい大きめの“天敵”が出現したために戦闘になったが、そちらも特に問題なく解決している。

「ここではもう収穫は得られなさそうだね」

 佐羽が言って、地図のバツ印を指先でとんとんと叩いた。だな、と頼成が頷く。

「あとまだ行ってない町っていうと……ユレクティム辺りか」

「うーん、あんまり気が進まないけど。行ってみる?」

 佐羽があまりに難しい顔をしたのでるうかは彼にその理由を問い掛けてみた。すると彼は珍しく困ったような顔で声をひそめながら言う。

「ユレクティムは大神官領の中では一番治安の悪い町として有名なんだよ。通称盗賊の町っていうくらいにね。本当はるうかちゃんみたいな若い女の子を連れていける場所じゃないんだ。下手をすると俺だって危険なくらいだよ」

「佐羽も顔は綺麗だからな。まぁ絡まれたら遠慮なくぶっ飛ばせばいいだろ」

 頼成は軽い調子で言って、テーブルに広げた地図を畳む。

「どうせあちこち回ってみるしかないんだ。盗賊街だろうが何だろうが、あいつが立ち寄った可能性がゼロとは言えねぇ」

「あいつって……湖澄さんのことですよね」

 るうかは確認するように尋ね、頼成も頷く。彼らがこの夢の世界で各地を旅している理由はただ頼成の治癒術を役立てたり“天敵”を退治したりするためではなかった。3年前の事件後に何も言わずに消息を絶った友人を捜していたのだ。そういうことならるうかも勿論どこへ行こうが異論はない。

「行きましょう。私も何かあったら遠慮なく殴ります」

「そうしてくれ、と言いたいところだが無理はするなよ。ああいう場所にいる連中は喧嘩慣れしているだろうからな。基本は俺達がガードするから、あんまり気負いなさんな」

 そう言って頼成はまたるうかの頭を撫でた。そろそろ癖になってきているのかもしれない。そしてそれを心地良いと感じるるうかもまた彼の掌の温かさや優しく触れてくるその心遣いが癖になっているのだろう。

「分かりました、気を付けます」

 るうかが素直にそう言えば、頼成は安心したように微笑んだ。そして3人は宿代を払い、建物を出たところですぐに転移術を使った。

執筆日2013/11/20

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