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同じ夜の夢は覚めない 2  作者: 雪山ユウグレ
第2話 夢の足跡
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1

 その夜、風呂から上がったるうかが携帯電話を開くと静稀から1通のメールが届いていた。時間が大丈夫なら電話をしてほしいという内容で、るうかはすぐに彼女に電話をかけた。

『ごめんね、るうか。遅い時間に』

「ううん、全然。静稀ちゃん……昼間の話」

『うん。るうかには、話してなかった、兄さんのこと。だからまずはそれを謝ろうと思って』

 静稀の声はいつもと変わらない調子だった。るうかは携帯電話を握りしめるようにして言う。

「静稀ちゃんが謝ることじゃないよ。私こそ……3年前、お兄さんが倒れたことを静稀ちゃんから聞いてたのに、そのことも……あんまり、覚えてなくって……」

『るうかは気にしなくていいんだよ』

 優しい声で静稀は言った。

『あのね、あの時のことは本当に感謝してるから。るうかが助けてくれたって、私は今でも信じてる。それでいいと思ってる。だから……だから、その後すぐに兄さんがいなくなったなんて、るうかにどうやって話したらいいのか分からなかった。なんでいなくなったのかも分からないし、どこに行ったのかも……。捜索願とかも勿論出したけど、よくある家出とかなんじゃないかって言われてあんまり真剣に取り合ってもらえなくて、そのうち私も親も、諦めちゃって……』

 電話の向こうの声が小さくなっていく。静稀は自分を責めているようだった。兄を真剣に探し続けることができなかった自分を悔いているようだった。

『るうか……あのね。うちの兄さんは……私とは血が繋がっていないんだよ』

「……え?」

『うちの両親ね、結婚しても長い間子どもができなくて。病院に行ってそういう治療とかもしたんだけど駄目で、それでもすごく子どもが欲しくて。それで何かの縁があって孤児だった兄さんを引き取って育てることにしたんだって。でもそれからいくらも経たないうちに私ができて。もうこうなったら気合入れて育てるしかないな! って張り切って2人育てることにしたんだってさ。私は兄さんがいなくなるまでその話を知らなかった。でも兄さんはずっと知っていたみたい。いなくなって、親からその話を聞かされて、私ちょっと頭に来た。本当の子どもじゃないから、いなくなっても仕方ない……そんな風に言い訳しているみたいに聞こえて』

「静稀ちゃん……」

 るうかは何も言えず、ただ電話の向こうの友人を思う。彼女は今どんな顔をしてるうかに語りかけているのだろう。

『でもね……本当に腹が立ったのは、それを聞いて少しホッとした自分に対してだった。兄さんが本当の兄さんじゃないって聞いて、私は安心した。だって全然似てなかったんだよ。兄さんは銀色の髪で、綺麗な青い目をしていて、日本人じゃないみたいだった。似てないね、って色々な人から言われた。私はいつも自分が兄さんより劣っている気がしてた。兄さんは成績も良くて運動もできて、本当になんでもできる人だったから。だから同じ血を引いている私だったら、もしそうだったら、きっと兄さんを恨んでいた。私の分の能力まで全部先に持って生まれてきたんだろう、って。だから兄さんが本当の兄さんじゃなくて、湖澄っていう私とは血の繋がらない人間で、それはそれで良かったと思った。でもそれってひどいって。やっぱり血が繋がってないからいなくなっても仕方ないって思ったみたいで。もう、自分でもぐちゃぐちゃになった』

 いつもは冷静で大人びていて、るうかに絡む理紗を諌める役割を担う彼女がずっと溜め込んでいた内心の苦悩を吐き出している。その声は今なお落ち着いていて、この3年間で彼女が何とか自分の気持ちに整理をつけてきただろうことが窺えた。だからこそ、今日の出会いが彼女にもたらした衝撃は大きかったのだろう。

『ごめんね、るうか。こんな話、聞いてて嫌な気分になるよね。でも聞いてもらいたかったんだ、るうかには』

「そう……。大丈夫、嫌な気持ちとか全然ならないから。静稀ちゃん、私こそごめん。なんか、私の知り合いのせいでお兄さんのこと掘り返したみたいになって……」

『知り合いって』

 くす、と電話の向こうで笑う気配がした。

『彼氏なんでしょ? ええと、やりむかしさん』

「あ……そうだったみたい」

『なんか頼りなさそうな感じだけど、大丈夫?』

「そういう意味では頼りにならないかもしれないけど、結構すごい人だよ」

『ほほう、そうやって庇うところを見るとるかりんもかなり彼に惚れているね?』

「ちょっ、静稀ちゃん!」

 焦るるうかに対して静稀はあははと明るい笑い声を立てた。若干の無理をしている様子はあるが、話したいことを話して大分すっきりはしたようだ。それならいいのだけれど、とるうかは心の中で呟く。

「静稀ちゃん、私に遠慮とかしなくていいからね。溜め込んで辛いときとか、なんでも言ってくれていいからね。私にできることは協力するし、人に話すだけでも大分元気になれたりするから」

『ん、ありがと。るかりんも彼の不甲斐なさに嫌気がさしたらいつでも相談してきなよ~。あと何なら惚気も聞いてあげるからね』

「いや、それは……多分ないと思う」

 思わず頼成のことについて惚気を語る自分を想像したるうかだったが、あまりのありえなさに軽く眩暈がした。こちらの方はまだまだ前途多難な印象である。

『ま、これからもうちらは今まで通りってことで』

「あ、うん。……静稀ちゃん?」

『んー?』

 るうかは少しだけ腹に力を込める。現実に行方不明になっている静稀の兄を探すことは、るうか達には難しいかもしれない。何故なら彼女も頼成達も、この現実においてはただの学生に過ぎないからである。しかし夢の中でなら話は別だ。彼女は勇者で頼成は賢者、佐羽に至っては魔王である。輝名もその地域では権威あるアッシュナーク神殿で大神官代行という大役を務めており、顔は広いはずだ。3年間何の手掛かりも得られなかったと彼らは語っていたが、それでも現実で静稀の兄を探すよりはまだ望みがあるように感じられた。少なくとも町や村を回って聞き込みをすることはできる。

 だからるうかは、ちょうど3年前の彼女が言ったように静稀に対して強い決意の言葉を伝える。

「私も、できるだけのことはするからね」

『るうか……』

 だから諦めるな、とは言えなかった。諦めなければ先へ進めないこともある。この3年間、静稀や彼女の家族がどのような思いで日々を過ごしてきたのか、それはるうかには想像するしかできないことだ。ただ彼女の力になれる可能性がある限り、るうか自身は諦めない。そのことだけは彼女に伝えておきたかった。

 それからいくつか他愛のない話題を話して、互いにおやすみと交わして電話を切る。ツー、ツーと鳴る音を聞きながらるうかは赤い携帯電話をぎゅっと握りしめた。


 いつものように夢の世界へと落ちていく。

 そのふわふわとした微睡の中でるうかは奇妙な光景を見た。るうかは宙を漂うように浮かんでいる。どちらが上でどちらが下であるのかは分からない。ただ彼女の顔が面している方向にはひたすらに続く青緑色の地平が広がっていた。どこまでも平らで歪みひとつ見当たらないそれには黒い格子状の線が引かれていた。

 どこかで似たようなものを見たことがある気がして、るうかは不思議な気分でその光景を見つめる。しばらくの間そうしていると、不意にるうかの右側から巨大な手が伸びてきた。るうかの身体など一掴みで握りつぶしてしまえそうなその手は、しかしるうかになど何の興味もない様子で緑の地平に灰色をした円く平べったい駒を置く。黒い格子枠の中にきちんと収まるように置かれたそれが何であるのか、るうかには初めは分からなかった。しかし続いて彼女の左側から伸びてきた白い手が同じように灰色の駒を先程置かれたそれの隣に置いたとき、それがいつか遊んだ覚えのあるボードゲームによく似ていることに気付く。

 オセロだとかリバーシなどと呼ばれているものだ。しかしるうかの知るそれらのゲームでは確か片面ずつ白と黒に塗り分けられた駒を使い、相手の色を自分の色で挟めばそれをひっくり返して自分の色にできるというルールだったはずだ。遊戯者がどちらも同じ色の駒を使っていたのでは、しかも白と黒の中間である灰色の駒では永遠に勝負はつくまい。それ以前にゲームとして成り立ってすらいない。

 なんて馬鹿げたゲームなのだろうか。右から左から差し出される手はそれぞれに灰色の駒を持ってぱちりぱちりとそれを格子の中に置いていく。駒がひっくり返ることはない。それをずっと眺めているるうかの方が馬鹿馬鹿しい気持ちになってきた頃、左側の手がふとるうかを指差した。

 するとるうかの身体から片面が赤、もう片面が青緑色をした円く平べったい駒がずるりと抜け出してくる。その気味の悪さにるうかは震えてもがいたが、左から伸びた手はどこか満足そうにその駒を取ると赤の側を上にして盤面に置いた。途端に盤面にある全ての駒が赤色に染まる。まるで血の海のように鮮烈で目に痛いその光景を見て、るうかは思わず目を閉じた。

執筆日2013/11/20

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