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同じ夜の夢は覚めない 2  作者: 雪山ユウグレ
第1話 消えた賢者
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3

 店のドアを右手で開けて、それを少しだけ足で押さえるようにしながら1人の青年が入ってくる。慣れた所作だが少し危なっかしいように見えるのは、彼が左腕を肩から下げたベルトと三角巾で吊っているからだった。右肩に引っかけた鞄が落ちないように一度それを引き上げて、それから彼はるうか達のいるテーブルに向かって歩いてくる。

 一見して日本人には見えない。その肌は白く、短い髪も輝くばかりの白銀色で瞳は紫がかった淡い青色をして、おまけに非常に綺麗な顔立ちをしている。テレビの中で活躍しているアイドルだとかが霞んで見える程の美形だ。それが薄手の白い半袖のワイシャツと紺色のズボンという制服らしい姿で偉そうに立っていた。佐羽が気軽な様子で片手を挙げて彼に挨拶する。

「やあ輝名(かぐな)、待っていたよ。暑い中悪かったね」

「それは別に構わねぇが、なんだよこの状況は」

「頼成とるうかちゃんが今ようやく愛を確かめ合ったところなんだ。君からも祝ってあげて」

「はぁ?」

 青い瞳が実に怪訝そうにるうかと頼成を、主に頼成を見る。

「お前ら、今更そんなやり取りしていたのか。馬鹿じゃねぇのか」

「俺は今日何回馬鹿って言われりゃいいんだ」

「お望みなら何度でも言ってやるぞ、馬鹿」

「誰も望みゃしねぇよ……」

 疲れ切った様子の頼成に向かって意地の悪い笑みを浮かべ、それから白銀の髪の青年は楽しそうに笑った。彼がゆっくりとした、いやむしろ堂々とした足取りでるうか達の方へと歩いてきて、それから彼女達と向かい合っている理紗と静稀に目をやる。誰だ? とその視線がわずかに険しくなったとき、突然静稀がその場で席を立った。

 がっ、と彼女が膝をテーブルにぶつけた音がする。テーブルの上にあった彼女の分の紅茶のカップが大きく揺れ、半分ほど残っていた中身がソーサーに零れた。そして彼女はそんなことなど全く気に留めない様子で、ただ真ん丸に見開いた目を輝名へと向けている。その口がごく小さく動いてかすれた声を発した。

「兄さん……?」

 理紗が首を傾げた。頼成と佐羽がえっという驚きを顔に出した。輝名がほんの少しだけ顔をしかめた。そしてるうかは静稀と輝名の顔を一度見てから、それから静稀に向かって問い掛ける。

「静稀ちゃん……? あの、この人は……」

「……」

 るうかが最後まで言わないうちに、静稀はゆるゆると首を振って輝名へと頭を下げた。

「すみません、人違……」

「あんたの兄貴って、湖澄(こずみ)っていうのか」

 静稀の言葉に被せるようにして頼成が尋ねる。彼の隣の佐羽が一度頼成の肩をつつき、頼成はそんな彼に対して軽く頷きを返してから続ける。

「こいつみたいな銀の髪をしている、のか」

「……」

 静稀は頼成を見て顔を強張らせ、そして頷いた。輝名もまたそんな彼女を見て小さく息をつきながら頷く。

「なるほどな、湖澄の妹か。話には聞いていたが」

「兄さんを知っているんですか……!?」

 静稀が普段の彼女からは想像もつかないような目で輝名を見上げる。その縋るような眼差しに輝名はほんの少しだけ表情を緩めると、彼女に一旦座るように勧めてその隣に腰を下ろした。

 4人用のボックス席に6人がひしめき合う奇妙な状況の中、輝名は涼しい顔でアイスコーヒーをオーダーする。じゃあ俺もそれ、と佐羽が便乗した。頼成は後ろのテーブルから自分が元々注文していたらしい食べかけの苺パフェと水のコップを持ってくる。その間にるうかは落としてしまったスプーンを替えてもらい、ほとんど液体と化した自分のパフェを食べ終えた。頼成は追加でアイスティーを注文する。

 品物が一通り揃ったところで輝名が改めて口火を切った。

「ちょうど良かった。俺達も湖澄のことを話すために集まったところだったんだ」

「そう、なんですか」

 彼の隣で身を硬くしながら静稀が俯く。るうかは彼女らしくないその様子に言い知れない不安を覚えながらも黙って成り行きを見守った。輝名はまずるうか達に対して自己紹介をする。

「俺は有磯輝名(ありいそかぐな)。星央高の3年だ」

「せいおう……ってあの中高一貫のエリート男子校の!?」

 理紗が叫び、るうかはほう、と輝名を見る。三角巾に隠れてよく見えなかったが、確かにシャツの胸ポケットにそれらしいエンブレムが刺繍されている。星央高校と言えばあまりその辺りのことに興味のないるうかも耳にしたことがある程には有名な高校だった。それにしても輝名が自分と1学年しか違わないとは驚きだ。これまでの印象から頼成達と同年代だと思っていたのだが。

 るうかの表情を見て何かを読み取ったのか、輝名が補足するように続ける。

「途中で1年休学しているから、実質お前らより2つ上になるがな」

 そう言って彼は不自由な左腕を指差す。どうやらそのせいで休学していたということらしい。彼の発言を聞いた静稀が少しだけ納得したような顔で彼を見る。

「じゃあ、兄とは学校で……?」

「ああ。中学1年の時に同じクラスだった。何しろお互い目立つものだからあまり他の連中との交流もなくてな。あいつとは気軽に話せていたから、まぁ友人といってよかったんだろうよ」

 するりと答える輝名だが、その瞳にはほんのりとかげりが見える。そんな輝名と同じような調子で佐羽が静稀を見ながら言い添える。

「俺と頼成は高校の時に予備校で彼と知り合ったんだ。ほら、彼ってすごく綺麗でしょう? 本物の銀髪なんて初めて見たから、俺もうすっかり興奮して話し掛けちゃったんだよね。そうしたら彼、最初は驚いていたけど割とすぐに仲良くなれたよ。見かけよりも話しやすい人なんだなって思ったっけ」

「……そうだったんですか……」

 嘘だ。輝名はどうだか知らないが、佐羽の語った内容は嘘八百のはずだ。以前の事件の際にるうかは頼成から静稀の兄との出会いについて聞いている。それは夢の中での出来事で、頼成も佐羽も彼の現実での生活は知らなかったのだと言っていた。頼成は少しの呆れと、そして少しの感謝を含んだ視線を佐羽に送る。佐羽は彼にだけ分かる程度に軽く肩をすくめて、それから再び静稀を見た。

「静稀ちゃん、って言ったよね。俺も湖澄から聞いたことがあったよ。物事を深く考えるのが好きで、優しくて気遣いもできるいい子だって。でもそれだから自分のことはあんまり話してくれないから、兄としては時々心配にもなるって」

「あいつ、そういうところは不器用だからな。妹の悩みとかを聞いてやれればいいんだが、どうもうまくいかないってぼやいたりしてたぞ」

 頼成がそう付け加えると、静稀は困ったような顔で笑う。そして「そうだったんですか」と先程と同じ言葉を、先程よりも少しだけ明るい声で言った。理紗が1人不安そうに静稀を見やる。

「ねぇ静稀ちゃん、静稀ちゃんのお兄さんって今……」

「……うん。あの、兄は今……」

 そこで静稀は言い淀んだ。代わりに理紗が頼成達を睨み、低く抑えた声で彼らに告げる。

「静稀ちゃんのお兄さんのことで集まったとか言っていたのよね。まさかとは思うけど、あんた達……湖澄さんをどっかに隠したりしてるんじゃないでしょうね?」

 は、とるうかは目を見開いて向かいに座る理紗を見た。その隣では静稀が身を硬くして、それでも頼成達の出方を窺うような目をしている。反対に頼成と佐羽は軽く目を見開いて驚きを顔に出していた。そして輝名は小さく息をついて理紗からの質問に答える。

「してねぇよ。あいつの行方が分かっていれば、俺達がわざわざ集まることもなかった」

「そう……」

 理紗は落胆した様子で目を伏せ、隣の静稀を窺う。静稀は小さく頷きながら顔を上げ、頼成達に向かって口を開いた。

「じゃあ、あなた達は兄が3年前に失踪していて、今どこにいるのか分からないということを知っているんですね」

 るうかは大きく目を瞠り、ただ茫然とその言葉を聞いていた。会話の流れから何となくそうではないかと思っていたのだが、友人の口から聞いた事実は思った以上の衝撃を彼女に与えた。

 一体どういうことなのだろうか? 頼成達はるうかのように驚くことはなく、静稀に対して頷きを返している。理紗もそうだ。彼女も静稀の兄の失踪を知っていたらしい。るうかだけがそれを知らなかったのだ。

 いや、正しくはそうではないのかもしれない。るうかは3年前、夢の中で静稀の兄を救うべく無理な治癒術を使った反動により自らが人間を捕食する“天敵”となってしまった。そこに駆け付けた緑色の魔術師により彼女は封印され、夢の中での命を失った。静稀の兄については同じく緑色の魔術師が救ったということだったが、るうかは夢でも現実でも当時の記憶を失っている。今同じ夢の世界にいるるうかは死んだ“るうか”の細胞を元に作られたクローンであり、元の“るうか”と同じであって違う人間なのだ。おそらくそのせいで現実のるうかの記憶も欠落しているのだろう。

 だから知らなかった。静稀の兄が現実の世界で失踪していたことも、それをやはり当時からの友人であった理紗が知っていたことも。るうかはただただぼうっとして、その後のやりとりを聞いているしかなかった。

執筆日2013/11/16

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