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同じ夜の夢は覚めない 2  作者: 雪山ユウグレ
第6話 残刻を生きる
24/42

3

「あの人は義理の父親を殺したんだ」

 女性達の家から大分離れた人気のない場所で佐羽がそうぽつりと言った。るうかは黙って頷く。佐羽はるうかの方を見ずに自分自身に語りかけるように続ける。

「現実世界で彼女はどうなったんだろう。逮捕されたのかな。それとも自殺でもしたのかな。悲しい夢は見なくなったって言っていたものね。あの2人はもうその“夢”みたいな辛い思いをしなくてよくなったんだろうね」

「やっぱりここは、楽園なんでしょうか」

「少なくともあの人達にとってはそうなんじゃないかな」

 若草の匂いのする風が吹く。不幸も苦痛も全てをさらって心穏やかにしてくれる、そんな風が里の中を優しく吹き抜けていく。

「ねぇるうかちゃん、どっちがいいのかな?」

「あの人達ですか」

「うん。この夢と、もうひとつの“夢”と、彼女達にとってはどっちがいいのかな」

 るうかは答えられなかった。病気になれば病院に行くことがるうかにとっては常識で、そこにある苦痛など考えたこともなかった。幸いなことに、というべきか。るうかの家族は皆健康には自信がある方で、病院にはついぞ世話になったためしがない。せいぜいが季節の変わり目に風邪をひいて咳止めの薬をもらいに行く程度だ。だからそこで行われている重い病気の治療や、その症状については全くといっていいくらいに知識を持っていなかった。

「さっき見た限りでは、あの人達は今不幸であるようには見えませんでした」

 るうかはやっとそれだけを言った。そうだね、と佐羽も頷いた。そこへさくさくと土を踏む音が近付いてくる。るうか達が顔を向けるより早く、足音の主は陽気な調子で2人に声を掛けた。

「めっずらしい、旅人さん? 病気には見えないから、そうなんだろ?」

 それはまだ年若い少年だった。るうかと同じか、少し下くらいの年齢だろうか。短い茶色の髪にくりくりとした黒い瞳を持っている。瞳の輝きは少年らしいものだったがその身体はひどく痩せており、半袖の上着から伸びた腕は黒ずんでいて肘の関節が不自然な程に盛り上がっていた。よく見ると首の辺りにも青黒い痣が見える。それでも少年は弾んだ足取りで、しかしゆっくりとるうか達に近付いてくるとニッと歯を見せて笑った。

「なぁ、外の話を聞かせてくれよ。俺さ、2年くらいこの里から出てないんだよね。ここってじいさんばあさんばっかりだからさ、あんまり話し相手もいなくって。痛くも苦しくもないし熱も出ないから身体は楽でいいんだけど、退屈しちゃうんだよなぁ」

 無邪気に言う少年に、佐羽が苦笑ともとれるような笑顔を向けて頷く。

「いいよ。どんな話がいい?」

「お、ありがと! じゃあまず自己紹介から。俺はミライ。あんたらは?」

「俺は佐羽。これでも魔王なんだよ」

「えっ、マジ!? 魔王ってあれだろ、呪いをかけたりするんだろ。こっわ!」

「君を呪ったりはしないから安心していいよ」

「あはは、そりゃあそうだろ。こんな死にかけの病気の奴に呪いをかけるなんて、いくら魔王でも魔法の無駄遣いってヤツだよ」

 明るく笑いながら自虐的な言葉を口にするミライ少年は次にるうかへと視線を向ける。そしてやはりにこにこと笑いながら楽しそうに尋ねてきた。

「あんたは? なんか見た感じ素人っぽいけど、カオはまぁまぁだよね。ね、彼氏とかいるの?」

「いきなりそれですか」

「あー、今呆れた? ってことはあんまり遊び歩くタイプじゃないね。真面目なんだー」

「……。私はるうかっていいます。勇者をしています」

「ゆうしゃ?」

 きょとん、とミライはるうかを見た。じっと見た。20秒くらいかけてじっくりと見た。そして言う。

「うっそだー! あんたみたいな普通の女の子が勇者とかありえないだろ!」

「本当ですけど、証明しますか?」

「え、できるの? じゃあやってみせてよ」

「ということなんですけど、落石さんいいですか」

 よくないです。と佐羽はるうかから距離を取る。その逃げ足はとても速い。結局るうかはその自慢の怪力を披露することはなかったが、魔王である佐羽が逃げた様子を見てミライも一応は納得したらしい。

「すごいなぁ、魔王に勇者か。さっすが夢の世界! 俺あんまり外で遊んだりできなかったからさー、ずっと家でゲームしてたりして。だからそういうのには免疫あるんだけど。でもやっぱ最初は驚いたんだよなぁ。この世界さ、勇者がいて魔王がいて魔法があってモンスターもいるだろ? それってまるっきりゲームみたいじゃん。あー、せっかくこんな面白い世界に来たのに、ここでも俺は病気なんだもんなぁ。いいなぁ、俺も勇者とかになって活躍してみたーい」

「へぇ、君は現実世界の記憶がちゃんとあるんだ」

 佐羽が少しだけ面白がる調子で言うと、ミライは「お」と目を丸くする。

「じゃああんたもあっちの世界のことが分かるの? 珍しい!」

「この里の人はあんまり向こうの世界を認識していないのかな」

「かもしれないなぁ。俺もそんなにみんなのことを知ってるわけじゃないけど、大体の人はあっちが夢だと思ってるみたいだよ。でも俺は違うと思ってるんだ」

「ふうん、どうして?」

「だって、俺はあっちではもう死んでるんだから」

 ミライはごく軽い調子で、それこそ今日の天気を語るような気安さで言った。そしてるうか達の驚いた顔を楽しそうに見る。吊り上がった口角がけけけ、と抑えきれない笑いを漏らす。

「さーて、どう思った? 俺のこと可哀想とか思った? 死んでも夢の中で死にきれないでいる憐れな奴だとか思っただろ。うっせーばーか。俺は現実でできなかったことを夢でやってんの! って言っても里の中じゃ散歩くらいしかすることないけどさ。現実じゃ最後にはそれもできなかったんだよ? ずーっと車椅子! しまいにはベッドで寝たっきり! 身動きひとつ自分じゃできない! 息もできない! 死ぬ死ぬって叫んでるのに声になってない! 誰も気付かない! やっと気付いた病院の人が駆け付けてきたときにはもうマジ本気で死にそうだったんだ! そっから集中治療室? に運ばれてさ。身体中に管突っ込まれて機械繋がれてやっべ俺マジに死ぬんだうわあって思ったさ。こんな何もできないまんま死ぬのかよって。そしたら夢の中に天使が出てきたんだ」

 一気にまくしたてたミライ少年が少しだけ落ち着いた表情を取り戻す。彼はどこか遠くを見る目で肩をすくめた。

「あー、こいつ痛い奴とか思ってるだろ。別にいいよ。うち、元は宗教とか全然無縁だったんだけど、俺が生まれてから急に信心深くなっちゃってさ。生まれた時から病気だった俺のことがもう心配で心配で可哀想で可哀想で、それで親が一生懸命教会に通ってお祈りとかしてた。俺も最初は一緒に連れて行かれたけど、だんだんどうでもよくなってきてさ。それより遊びたかったし」

「そうだろうね、子どもの頃はお祈りなんて退屈なだけだ」

「そういうこと。なんだ意外と分かってるんじゃん魔王様」

 佐羽の相槌に気をよくしたのか、ミライはますます饒舌になる。

「どうせ祈ったって治るわけじゃない。先天性なんだから。……そーんなこと思ってたから罰が当たったのかなぁ。小学2年の時に階段で転んで膝がぱっくりいってさ、大慌てで病院に担ぎ込まれて輸血されて、その場は収まったけど。それからなんかずっと調子悪くて。変だねー変だねーって親とも医者とも話してたんだけどさ、後から考えたらもっと早く気付けよって話だったんだよなぁ」

 気付いたら俺の寿命は残りちょっとですよ、なんて言われてたんだ。そう言ってミライは顔をしかめて口を笑みの形に作る。歪んだその表情には抑えきれない怒りが込められていた。彼は叫ぶ。

「ざっけんなよ! 病気で生まれてそのせいで治療したのになんでそれでまた新しい病気背負い込まされなきゃなんないんだよ! 神様なんていないって思ったね! 親は泣きまくるし医者は匙投げるし、だからって別のでかい病院行ったら検査されまくって新しい治療とか色々やらされて金はどんどん飛んでいくし、もうなんでもいいから早く終わらせてくれって思ったよ! 思ったけどもっと遊びたかったし俺の人生こんな早く終わっちまうのかよってのも思ったよ! 親がすっごい罪悪感? 感じててさぁ! 俺に泣きながら謝るんだよ。病気に産んでごめんて。違うだろ、親のせいじゃないだろ。そんなのたまたまだよ! 謝ってほしいんじゃないんだよ! ただ傍にいて、苦しいときに愚痴とか聞いて、手でも握ってくれりゃあそれで充分だったんだよ! だから俺、最後に喋ったときに親に言ってやったんだ」

 すうっ、とミライ少年は息を吸い込んだ。そして晴れた空に向かってこれまでで一番大きな声で叫んだ。

「生んでくれてありがとう! 愛してくれてありがとう! 泣くな!!」

 ミライの声は里中に響く。そして彼はその場に崩れて咳き込んだ。血を吐きそうな咳をして苦しげに涙を浮かべる少年をるうかはそっと支える。その身体は軽く、触れるとじりじりとした熱が伝わってきた。

「ミライさん、熱があるんじゃ……」

「はは……ちょっと騒ぐとすぐこれだ。夢の中でも俺の身体はもうもたないのかな。俺は神様は信じられなかったけど、死ぬときに見た天使のことは信じているんだ。悔いがあるなら、苦しみのない世界でもう少しだけ生きてみるかって。親とも誰とも会えないけれど、お前が見たがっていた青い空や緑の草原くらいなら見せてやれる。そう約束してくれて、天使は本当に叶えてくれた。俺をここに連れてきてくれた」

 るうかの腕の中でミライはうっとりするような表情を浮かべた。

「あの時の天使は綺麗だったなぁ。年は俺と変わらないくらいに見えたけど、銀色の髪に青い目をしていて、日本人じゃないなーって思った。でも喋ってたのは普通に日本語だったな。天使ってバイリンガルなのかな」

 なんちゃって、とミライは力なく笑う。熱い身体で咳を繰り返す少年に、るうかは掛ける言葉を見付けることができなかった。佐羽がそっとミライに寄り添うようにして語り掛ける。

「俺、その天使を知っているかもしれないな」

 するとミライがパッと表情を変えた。頬を赤らめ、期待に満ちた目で彼は佐羽を凝視する。

「本当? 魔王が天使と知り合い?」

「うん、まぁ本当に天使かどうかは知らないけど。きっと彼はこの里にいるよ。ねぇ……湖澄?」

 そう言って佐羽はにっこりと笑いながら後ろを振り返った。

執筆日2013/12/09

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