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同じ夜の夢は覚めない 2  作者: 雪山ユウグレ
第1話 消えた賢者
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 夏休みも間近に迫ったこの時期、1週間を費やした定期考査がようやっと終わってクラス中がひとときの解放感に浸っている。勿論舞場(まいば)るうかもその中の1人であり、これで答案さえ返ってこなければ天国なのにと溜め息交じりに天井を仰いだ。そんなるうかの額にびしりと人差し指を突きつけた者がいる。

「るーかー! やーっとテスト終わったー! ね、打ち上げ行こーう!」

 子犬のようにきゃっきゃと跳ねながら言う友人、松ヶ枝理紗(まつがえりさ)は本当に心の底からこの解放感を満喫しているようだ。何しろいつも数学と理科系は85点以上を確保している彼女である。今回も大きなミスはなかったのだろう。大体が平均点といい勝負のるうかと違って彼女のテスト後は明るい。それにしてもいつまでそうやって額を押さえているつもりなのだろうか。るうかの首はそろそろ限界である。

「りーさー、るかりんの首がもげるから放しなさい」

「るーかの首がもげたらあたし持って帰って剥製にするよぉ。身体も勿論持って帰って、着せ替えして遊ぶんだー。静稀(しずき)はるーかに着せるならどんな服がいいと思う!? あたしはやっぱり赤ビキニっ!」

「理紗ちゃんそれまだ諦めてなかったの」

 もう1人の友人である清隆静稀(きよたかしずき)が理紗の手を引き剥がし、るうかは首を回しながら呆れた声で理紗を見やる。どうも彼女はるうかを妙な方向に気に入っている節があるのだ。

「着ないよ、着ないからね」

「じゃあ網タイツのバニーコス」

「なんでそう発想がオヤジ臭いの」

 静稀にツッコミを入れられ、理紗は「それは古代からの浪漫というものだよ」と謎の答えを返している。

「高いヒールで客の間をすり抜けるバニーるーか! その愛らしくも丸い尻尾に……いやその下にある丸みにこそ手を伸ばす酔った下衆共! それを華麗に蹴散らしたあたしに、るーかは妖艶に微笑んでこう言うの……『ありがとう理紗ちゃん。ねぇ……今夜、部屋に行ってもいい?』。勿論あたしは大っ歓迎なのさあああ!」

「理紗ちゃんは私に何を求めてるの……?」

 ヒートアップする友人にはるうかのささやかな質問も聞こえていないようだ。いつか本気で欲情されないかと微妙に心配になるところではあるが、生憎るうか自身は極めてノーマルであるのでその気持ちには決して応えられない。そう、応えられないのだ。

 ぐだぐだとくだらない会話を続けながらもるうか達3人の足は自然と地下鉄駅に程近い裏通りの喫茶店に向かっていた。こういったときは近くのカラオケ店かこの店か、大抵どちらかに集まることになる。今日はひとまず疲れた脳に糖分を補給しようということでこちらを選んだ。

 店内は今のところ空いており、3人は窓際にある4人掛けのボックス席に陣取る。るうかと理紗が窓際に向かい合って座り、静稀は理紗の隣に腰を落ち着けた。そしてメニューを見ながらああでもないこうでもないと長々議論した末、るうかは苺パフェ、静稀はガトーショコラと紅茶のセット、理紗はキウイパフェを注文する。珍しいね、と静稀がるうかに声を掛けた。

「いつもコーヒーとかなのに」

「ん……うん、ちょっとたまに食べたくなって」

 そう答えながらるうかは以前この店で苺パフェを注文した青年のことを思い出していた。目つきの悪い強面に似合わず甘党で、モテないと言う割に親切で、そしていつだってるうかを守ってくれる青年。昨夜も夢の中で鉢合わせた大きめの“天敵”を相手に戦うるうかを身体を張って守ってくれた。感謝と共に沸き起こる感情はほんのりと温かく、るうかの気持ちを満たしながらも少しだけ不安にさせてくる。そんな日々がかれこれ1ヶ月近く続いていた。

 るうかが苺パフェを注文したのも彼のことが頭にあったからに他ならない。女子高生である自分が頼むのに何ら違和感のないメニューであると分かっているのに、注文の声は少しだけ上ずった。何をやっているのだろう、とるうか自身にも分からないところではある。

 注文を終えて品物が届くまでの間、他愛のないおしゃべりの中でふと理紗が鋭い目をした。

「ところでるーかちゃん。あたしに隠していることがあるのではないかね?」

「へ?」

「あたしの目は誤魔化せないっ! るーか、この前背の高い男の人と仲良く腕組んで街歩いてたでしょっ!?」

「……は?」

「テスト前の日曜日! 夕方5時くらいの繁華街! 何故! どうして! あたしのるーかがあんな男なんかとおお!」

 この世の終わりのような顔をして呻く理紗を隣の静稀が呆れた目で見ている。るうかは指摘された日曜のことを思い出して、そしてああと一応の納得をした。その日は確か、どうしてもどうにもなりそうになかった試験科目について助力を請うために“彼”の家に行ったのである。彼……こと槍昔頼成(やりむかしらいせい)とその友人である落石佐羽(おちいしさわね)はこの界隈では並ぶもののない難関大学に通う学生であり、るうかが必要とする高校の定期考査レベルの問題など実に簡単にこなしてみせる。平均点ぎりぎりが常のるうかとしては何とかもう少し穏やかに試験期間を切り抜けたいと常々考えており、そのためには彼らの力の借りるのが一番だという結論に達したのだった。

 午前中から頼成の家で勉強を見てもらい、昼食まで軽くご馳走になり、その後用があるからと佐羽は先に帰宅した。それから夕方になったので帰ろうとしたところ、頼成に頼まれて少しだけ買い物に付き合ったのである。ちなみに、腕は組んでいない。

「なんか色々誤解がある」

 とりあえずるうかがそう言ったところで注文の品が運ばれてきた。ひとまず話を横に置いておいて、3人はそれぞれの目の前にでんと置かれた甘味に手をつける。るうかは長いスプーンで赤いシロップのかかった生クリームとソフトクリームを一掬いすると、恐る恐る口を付けた。実のところパフェなどもう何年も食べていなかったのだ。それは予想した程には甘ったるくなく、冷たいソフトクリームはさっぱりとして口当たりが良い。上に飾られた苺と共に口に含めば噛む度に甘酸っぱさが舌をくすぐる。舌が冷えて感覚を失ってきた頃にはグラスの縁に差し込まれたウェハースを一口かじり、ざらついたその感触を楽しんでみる。そうしてまたソフトクリームと、その下にころりと盛られたピンク色の苺アイスを口に運んだ。美味しいな、と素直に思った。

「で、るーかちゃん。何やら幸せそーうに頬染めてパフェ食べてるところ悪いんだが、さっきの話をちょっと詳しく聞かせてくれんかね。ん?」

 早くも自分の分を食べ終えたらしい理紗がぐっと身を乗り出してきたので、るうかは一度彼女に視線を向けた。

「理紗ちゃん早いね。口の中冷たくない? きーんってしない?」

「誤解って何? どの辺が誤解? 日曜5時、るーかは男と繁華街にいた! これは事実!? 腕を組んでいた、これはどう!? ねぇ彼氏? 彼氏なの!? あたしのるーかに悪い虫がついたっていうの!? ちょっとるーか聞いてるのぉ!?」

「聞いてはいるけど今パフェ食べてる。あ、溶ける溶ける」

「慣れないパフェなんて食べるからー! ああっ! まさかそれもその男絡みなのかー!」

 おや、と思わずるうかはもう一度理紗を見た。なかなか鋭いではないか。そしてるうかは再びパフェを食べることに集中する。そろそろソフトクリーム部分が溶けてぐずぐずになってきているのだ。

「ちょっとるーかぁー! むぐっ」

「いい加減大人しくしましょうねー」

 理紗の隣でマイペースにガトーショコラを食べていた静稀が、やかましい友人の口にケーキの一切れを突っ込んだ。理紗は何か言いたそうにしながらももぐもぐと口を動かし、しっかりと味を堪能し、ごくりと呑み込み、それから「美味しい! 静稀ありがとう!」と律義に礼を言ってから改めてるうかの方を向いた。何が何でもこの話題について問い質したいらしい。

 別にるうかとしても何らやましいところがあるわけではないので話しても構わないのだが、彼について話すとなるとどうしても“夢”の話を避けては通れなくなる気がした。るうかや頼成、そして佐羽が毎晩見る夢は常に同じ世界での出来事であり、それはたとえ目覚めても終わらない。再び現実で眠りにつけば昨夜の続きから夢が始まる。まるで2つの世界を眠るという行為によって行き来しているかのように、その夢は終わらないのだ。

 それだけならまだいい。しかしるうかの長年の友人である静稀は3年前、るうか同様続き物の夢を見ると言った彼女の兄についてるうかに相談してきたことがあった。その真相をるうかは知っている。彼女の兄は夢の中で“呪い”を受けて石化しており、当時のるうかは彼を癒すために駆け付け……。

「るかりん、アイス溶けてるよー」

「おっと」

 静稀に指摘され、るうかはグラスの向こう側に落ちそうになっていたピンク色のアイスをすくい上げた。

 るうか自身は3年前のことを覚えていないのだが、そのときのことは頼成から聞いて知っている。彼は夢の中で静稀の兄と友人同士だったらしい。頼成は静稀の兄から大きな影響を受けていた。それは彼自身の身を危険に晒し、そんな彼を救うためにるうかと佐羽は奔走した。それはほんの1ヶ月程前の記憶で、思い返せばまだどこかに疲労感が残っている。そして勿論安堵の思いも。

 同じ夜の夢は変わらず続いているが、るうかの中で全てが整理できたわけでもない。そんな状態で夢の話をすることは気が進まなかった。特に静稀がいる場所では。

「るーかちゃーん! その男ってどんな奴なのー。まずは1回あたしに面通ししなさい! そうじゃないと認めないからねっ!」

「理紗ちゃん、私の親?」

「親よりも大事な親友さ!」

「なかなかうまいこと言うね」

「いいから1回その男の顔見せなさいよ! 写メくらい持ってるんでしょー!?」

 持ってないよ、そう言い返そうとしたるうかより早く理紗がるうかの横に置かれた鞄に手を伸ばしてくる。こちらがパフェを食べている間に実力を行使してくるとはやり口が汚い。ムッとしたるうかが鞄を押さえるより早く、彼女の背後にあるボックス席から身を乗り出した何者かが呆れたような声で言った。

「そんなに見たけりゃ見せてやりますが?」

 るうかは思わずスプーンを取り落とした。思った以上に派手な音がした。

執筆日2013/11/16

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