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同じ夜の夢は覚めない 2  作者: 雪山ユウグレ
第5話 はぐれ人と白銀花
19/42

2

 どこをどう見渡しても草原と空しか見えない。こんなところに放り出されて一体どうやって頼成を捜せばいいのだろうか。早速途方に暮れ始めたるうかをよそに、佐羽はその場に屈み込んで何やら呪文を唱えている。そして地面に浮かび上がった紋様を見て「L2423A9/W14B604……間違ってはいないみたいだね」と呟く。

「それって……座標、ですか? 東経何度とかみたいな」

「そうだよ。この世界では便宜上縦軸と横軸で表すんだ。とりあえず、頼成が最後に転移させられたのはここで間違いないみたいだね」

 佐羽はそう言ってるうかと同じように辺りを見回した。

「ここはどこの領地にも属さない緩衝地帯だって話だから、何もないのは納得できるけど……それにしたって何にもなさすぎだね」

「そうですね……。足跡とか、馬車だったら車輪の跡とかがあるかもしれないですけど」

「探してみよう」

 佐羽の一言を皮切りに、るうか達は辺りの地面をくまなく調べ始める。柔らかな緑色をした草の絨毯に膝をつき、這いつくばるようにして目を凝らす。どこかに踏みしだかれ傷付いた葉はないだろうか。不自然に千切れた葉や、それが筋となって続いているような跡は見られないか。だだっ広い緑の大地に赤いるうかと黄色い佐羽がそれぞれ必死になって微かな足跡を探す様は、天から見下ろせば実に滑稽なことだろう。しかし幸いなことに辺りには何の気配もない。いや、それは決して幸いなことではないのだが。

「何にも、ありませんね」

 小1時間程度経っただろうか。るうかは硬くなった腰を伸ばし、一度大きく腕も伸ばしながらそう言った。佐羽は草の上に座り、うんと小さく頷く。その表情は固い。

「多分、馬車は使っていないんだろうね。あれはさすがに跡が残るだろうから。徒歩だったら、それほど足跡も残らないかもしれない」

「そうですね。ということは、ここから歩いて行ける距離に何かあるんでしょうか」

「そう考えるのが自然だけど……」

 佐羽は浮かない顔で辺りを見回す。目印にするべきものの何もない草原で、果たしてどの方角に向かえばいいというのだろうか。

「……くそっ。こんなことならもっとちゃんと探査系の魔法も覚えておくんだった」

「言っても始まりませんよ」

 毒づく佐羽に言葉をかけてはみたものの、るうかもここから先どうしたらいいのか全く見当がつかなかった。勘で動くには選択肢の多すぎるぐるり360度、さすがにここで運試しをする気にもなれない。何しろ頼成の命がかかっているかもしれないのだ。しかしだからといってこの場に留まっていてもそれこそここまでやってきた意味がない。

「行きましょう、落石さん」

 るうかは座り込む佐羽を見下ろして言った。どこへ、と佐羽が返す。

「とにかく歩いてみましょう。何もなかったら、またここに戻ってくればいいんです」

 そう言ってるうかは先程使ったカードを掲げた。なるほどね、と佐羽は少しだけ呆れた様子で微笑む。

「手掛かりがないなら……見付けるまで探し続けるって? 君らしいや」

「落石さん、疲れたなら私1人でも行きますよ」

「はいはい、あんまり俺を馬鹿にしないでね。行くよ、行くに決まってるでしょ」

 よっこらしょ、と可愛らしい顔に似合わない掛け声をかけて立ち上がる佐羽に、るうかは「じゃあ行きましょう」と言い、今自分が向いている方角に向かってそのまま歩き出した。当たりの確率など考えていても仕方がない。どれだけの無駄を重ねても、辿り着く可能性があるうちは進めばいい。

「本当に……君の勇気には恐れ入るよ」

 佐羽がそんなことを呟いた気がしたが、るうかはあまり聞いていなかった。

 さくさくさく、とテンポの良い足音が2つ重なって続いていく。日は大分高くなり、それでも行く先には何も見えてこない。どこまで行くつもり? と佐羽が尋ねる。るうかは少し考えてから「もう少し」と答えた。

 どこかで見切りをつけて元の場所に戻らなくてはならない。それは分かっているのだが、その“どこか”の見極めが難しい。頼成が最後に転移させられた地点からどの程度の距離を移動しているのか、その見当がまるでついていないためだ。徒歩で1日かかるような場所まで連れて行かれたのであれば、こちらも1日歩いてみないと分からない。しかしそれを四方八方で試していれば4日8日を要することになる。そんなに悠長なことをしている場合ではないだろう。

 るうかも分かっていた。無茶なことをしている、と。それでも進まないことには何も得られやしないのだ。全ての努力を尽くした上で、それが何もかも水の泡になるかもしれない。間に合わないかもしれない。しかしその悪い可能性に怯えて動かずにいれば結果は常にひとつだ。それは、もう二度と頼成に会えないかもしれないということ。

 それが嫌だから、るうかは歩く。さくさくさく、と変わらないテンポで歩き続ける。前を向いて、辺りに何か変わったものがないかと注意しながらひたすらに歩いて行く。佐羽は最早何も言わずについてきていた。

 それからさらにどれほど歩いただろうか。るうかはさく、と歩みを止めた。

「どうしたの?」

 佐羽が声をかけ、るうかは少し戸惑いながら彼の方に振り向く。

「花が咲いているんです」

「……」

 佐羽が脱力したような顔をした。それはそうだろう、今彼らが探しているのは頼成に繋がる手掛かりであって、花などではない。それでもるうかは足元に咲く小さな花に思わず立ち止まってしまったのだ。

「変わった花です。現実……あっちの世界では見たことがないですね」

「……少し休憩しようか」

 そうですね、とるうかも頷く。さやさやと気持ちの良い風が吹く中、2人はその場に屈み込むように座った。るうかは傍らに咲くその小さな花を眺める。

 それは太陽の光にキラキラと煌めく銀色の花弁を持った花だった。花びらの数は6枚。それが白に近い薄緑色をしたがくから1枚ずつすらりと伸びている。花びらの中心には真っ白なめしべが立ち、その周囲を12本のおしべが綺麗に取り囲んでいた。まるで雪の結晶のような美しい花だ。

「携帯があればなぁ」

 ぽつりと呟いたるうかに佐羽が反応する。

「写真に撮れればいいのに、って? そんなに綺麗な花なの」

「はい。銀色で、雪の結晶みたいな花なんです」

 ふうん、と佐羽は少しだけ笑って頷いた。そしてそれから5秒程して。

「……銀色で、雪の結晶みたいな花?」

 不意にるうかの言葉を繰り返した。るうかは首を傾げながらはいと頷く。佐羽は急に立ち上がったかと思うとるうかの隣に屈み、その花を睨むようにして見た。彼の横顔には鬼気迫るものがあり、るうかは思わず少しだけ身を引く。

「どうしたんですか、落石さん」

「……この花、俺知ってるかもしれない」

「はあ」

 この世界で生まれた佐羽である。るうかよりもよほど長くこの世界にいて、よほど多くの土地に行ったことがあるだろう彼ならばその花を見たことがあっても不思議ではない。しかし佐羽の表情はそんなありきたりな場面で見せるにはあまりにも深刻そうで、るうかはただただ黙って彼を見つめるより他ない。やがて彼は小さな声で「間違いないね」と呟いた。

「るうかちゃん……俺はこの花を見たことがある。3年前……君が湖澄を助けに来てくれた、その次の日に」

 るうかはびくりとして佐羽を見た。それはつまり、清隆湖澄……静稀の兄であるその人が夢の世界でも佐羽達の前から姿を消した日ということになる。それから佐羽が説明した内容によれば、この花はこの世界でも知られていない花なのだという。そもそもこの世界に咲く花は現実世界のそれと同じであって、現実にない花は夢の世界にもないはずなのだと。ならば、この雪の結晶のような花は一体なんだというのだろうか。佐羽は花びらにちょんと指先を触れさせ、囁くように言う。

「あの日、俺と頼成は壊れた家の近くや町の周りをずっと調べて回ったんだ。どこかに湖澄の手掛かりがないかって。でも結局見付からなくて……もう諦めるしかないのか、って思った時にちょうどこれと同じ花が咲いているのを見付けたんだよ。あの……壊れてしまった俺達の家の中で」

「……」

 そこはかつて賢者として人々を癒していた湖澄が石化の呪いによって徐々に身体の自由が利かなくなった後、佐羽達と共に暮らしていた家だった。そしてそれでも人々を癒し続けた湖澄がまさに完全に石化しようとしていたときに、治癒術師の“るうか”が訪れた家だった。

「家の中に花が咲いていたんですか?」

 尋ねたるうかに、佐羽は頷きながら「不思議でしょ?」と首を傾げる。

「壊れた床の下にね。キラキラ光りながら咲いていたんだ。なんだか湖澄が最後に残していったみたいで……俺も頼成も、しばらくその花を見つめていたっけ」

「そんなことがあったんですね……」

 奇妙な話だった。全てが終わってしまった後の崩れた家に咲いた花は、ひょっとすると本当に彼らの友人が残したものだったのかもしれないし、違うのかもしれない。るうかは今目の前にある花を見て3年前のことを考える。そしてそれからずっと行方の知れない清隆湖澄という青年のことを。もしも頼成までもがそんな風にいなくなってしまったとしたら、果たしてるうかは耐えられるのだろうか。

 じわり、と目の奥が熱くなる。ここで泣いても仕方がないと、るうかは一度ぐいと顔を上げて遠くを見据えた。空の青と大地の緑の境目を睨むようにして、めげそうな気持ちを抑え込む。

 その時、雲が一瞬だけ太陽を覆い隠した。そして再び差した日の光が緑の草原にキラキラと光る点を照らし出す。それは数メートル程度の距離を置いて、まるで飛行場の誘導灯のように真っ直ぐに続いていた。気付いたるうかは思わず立ち上がる。

「落石さん、あれ……」

「え?」

 るうかの様子を不審に思ったらしい佐羽も立ち上がり、同じように輝くそれを見た。それは2人の足元にあるものと同じ、銀色の花だった。それが日の光を反射して光っているのだ。

「さっきまでは……なかったよね」

 佐羽が確認するように言う。るうかは無言で頷く。行ってみよう、と佐羽が言った。

執筆日2013/12/04

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