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同じ夜の夢は覚めない 2  作者: 雪山ユウグレ
第4話 座標上の魔術師
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1

 るうかは大学の敷地に戻り、頼成を捜した。勿論電話もしてみたが、返ってくるのは電源切れか電波の届かないところにいるだろうというメッセージばかりで彼に繋がる手掛かりはまるでない。緑地帯にも行き、学生食堂にも行った。やはり頼成はどこにもいない。るうかは考えた末、彼の自宅まで行ってみた。オートロックの入り口で部屋番号を入力してインターホンを鳴らす。応答はない。ひょっとしてと思って佐羽にも電話をかけてみたが、何度コールをしても出なかった。現実でもふて腐れて寝ているのかもしれない。

 どうしよう、どうしようと呟きながらるうかはとぼとぼと大学内の通りを歩く。日は大分西に傾いていた。夢の世界で頼成に会うことができれば一体何が起こったのか知ることができるだろうか。そう考えてるうかは家に帰ることにした。最後の足掻きとばかりに頼成の携帯電話宛にメールを1通送っておく。

『今、どこにいますか

 急にいなくなったので心配しています』

 我ながら愛想のない文面だと思いつつも、るうかにはそれしか打つことができなかった。


 夜が来る。暑く寝苦しい夜も一旦眠りに落ちてしまえばどうということはない。エアコンなどという文明の利器がない代わりに季節の変化もほとんどない夢の世界で目を覚ませば、るうかはすぐにテーブルを挟んだ隣のベッドを見た。そして言葉を失う。

 そこに寝ているはずの頼成の姿がなかった。昨夜は確かに同時に布団に入ったのだ。先に目覚めて身支度をしにいったわけではないようだった。何故ならベッドを覆う白いシーツの上には粘性のある青緑色の液体がまるで血糊のように広がっていたからである。

 青緑色をした液体はベッドから部屋の外まで点々と落ちていた。そして宿屋の外へ出たところで一際大きな染みを残して忽然と消えていた。るうかは茫然としながら宿の中に戻り、佐羽の寝ている部屋の扉を叩く。

「落石さん、起きてください」

 とんとん。軽く叩いて呼びかけても返事はない。どんどん、と強めに叩いてみても同じだった。諦めてドアノブを回すが、中から鍵をかけているらしく開かない。

「落石さんっ!」

 るうかは大声で佐羽を呼んだ。返事はない。るうかはわずかに後ろへ下がり、そして助走をつけて扉へと一撃。

「起きてください、落石さん!」

 錠前を弾き飛ばして蹴り開けた扉の向こうで佐羽がびくりと身体を震わせながら起き上がる。彼はるうかの様子を見てただ事ではないと気付いたのだろう。普段の寝ぼけた顔ではなくはっきりと目が覚めた表情でるうかに問い掛けた。

「どうしたの、るうかちゃん。何があったの」

「槍昔さんが……いないんです。それで、ベッドに青緑色の……」

 そこまで言ってるうかは思い出した。1ヶ月前の神殿での事件の後のことだ。輝名に頼まれて向かった神殿の地下には“天敵”と化した彼の左腕が封じられていた。その退治を依頼されたるうかは彼の左腕に挑んだが、そのときにるうかを庇った頼成が怪我を負った。頼成の身体から流れ落ちた血は初めは赤かったが、やがて時間が経つと青緑色に変わったのだ。それはこの世界でるうかが“勇者”として培養されていたアクリルケースの中を満たしていた液体にとてもよく似ていた。

「まさか……あれは、血……?」

 茫然と呟くるうかを見て佐羽はベッドから這い出してくる。そしてそっとるうかの肩に手を置いた。

「見せて。一緒に行くから」

「はい」

 佐羽は昨夜とは打って変わって凛々しい表情でるうかを先導し、隣の部屋に入った。しかしそんな彼も部屋の中の状況を見て顔色を変える。

 シーツの上に広がった血痕のような形の青緑色の染み。その横に落ちている、穴の開いた掛布団。よく見れば枕には頼成のものと思われる黒く短い髪の毛が何本も付いている。シーツの乱れ具合からしても、彼がいくらかなりと抵抗したことが見て取れた。

 何故気付かなかったのだろう。るうかは己の鈍さに唇を噛み、そんな彼女を佐羽が支える。

「血、って言ったね。どういうことか教えてもらえる?」

 佐羽は先程までるうかが寝ていたベッドに腰を下ろし、その隣にるうかを招いた。るうかは促されるままそこに座って膝の上でぎゅっと拳を握り、乾いた唇を必死に動かして1ヶ月前の神殿であった出来事を佐羽に語って聞かせる。佐羽はるうかの話をじっと聞いていたが、やがて静かな声でこう言った。

「そういうことだったんだね……頼成」

「……何か、分かったんですか?」

「つまりね、一旦石化した頼成の身体の組織は……るうかちゃん、君の血によって癒されたことで細胞の異形化に対する耐性を得たんだ。“天敵”に残された人間の細胞から勇者を培養するための液体には、異形化した細胞を死滅させて元の人間の細胞の分化分裂のみを促進させる効果があるはず。今の頼成の血液は……きっとそれと同じ効果を持っている。だから俺の呪いが作用しなかった。いや、実際には患者に生じた細胞の異形化を自分の身に引き受けるところまでは作用したんだけど、そこから石化に至らないで自分の血液によって異形細胞を殺し、その部分の組織を再生したんだ」

「……」

 正直なところ、佐羽の説明した内容は難しく、るうかには全てを理解することはできなかった。しかしどうやらやはりそこにある青緑色の液体は頼成の血で間違いないらしく、さらにるうかを勇者にしたあのアクリルケースの培養液と同じ性質のものだということだ。

「槍昔さんの身体にそんなことが起きていたなんて……」

「……頼成はもしかしたら気付いていたのかもしれないね。でも、だとしたら俺達に黙っていたのはどうして……」

 佐羽は少し考え込む素振りを見せたが、すぐに顔を上げて言う。

「いや、今はそんなことどうだっていい。頼成に一体何があったのか……どこに行ったのか、それを何とかして突き止めないと!」

「落石さん、実はその槍昔さんなんですけど……」

 るうかは現実でも頼成の姿が突然見えなくなったことを佐羽に話した。佐羽はますます顔を強張らせ、しまいにチッと小さく舌打ちをする。

「うちの大学の構内って言ったね? まさか……」

「何か、心当たりがあるんですか?」

「……ちょっとね。るうかちゃん、悪いんだけどもう少し詳しく話してもらえる? 具体的に頼成とどこに行って、どんな話をしたか……その時に誰かに会わなかったかとか」

 そう言われてるうかは思い出した。緑地帯で話していたるうか達に突然声を掛けてきた女性のことだ。浅海佐保里と名乗った彼女の外見を思い出したるうかはふと違和感を覚える。

 昼間に見た彼女は確かに黒髪に黒い瞳をしていた。佐羽と同じ学年だと言っていたのだから少なくとも19歳以上なのだろうが、それにしては少し幼い印象を受ける顔立ちをしていた。そしてるうかは彼女を見た時にごくわずかながら既視感を覚えたのだ。それが今になって急に蘇ってくる。

 あの黒髪は本当にその色だっただろうか? あの黒い瞳は、実は紫水晶のような色をしていなかっただろうか? そう、彼女は昨日るうかと頼成がこのユレクティムの町で助け、湖澄の目撃情報を聞いた賢者を目指す少女によく似ていた。

「落石さん……浅海佐保里さんっていう人を知っていますか」

 るうかが彼女の名前を出した途端、佐羽は思い切り顔をしかめて悔しそうに首を振った。どうやらそれは否定の意味ではないらしく、彼は歯を食いしばるようにしながら言う。

「ああ……知っている。大学で同じクラスの子だね。黒髪で黒い瞳をした、清楚で可愛らしい感じの女の子だよ」

「あ……はい、そんな感じでした」

「でもその正体は浅海柚橘葉(ゆきは)……うちの助教でかつ鼠色の大神官をしている男の妹だ」

「……えっ」

「やられた……完全にしてやられたっ!」

 ガタン、と佐羽はベッドを揺らしながら立ち上がった。るうかは一瞬びくりとしたが、慌てて昨日この町で出会った少女のことも佐羽に話して聞かせる。案の定、佐羽はそれが浅海佐保里であることを肯定した。

「ピンクの髪に紫の目なんてね。随分空想じみた可愛らしい色合いにしてくれちゃって。どうせ湖澄の目撃情報だって嘘っぱちなんでしょ。俺達をこの町に引き留めたかったのか……。こんなことなら頼成にも先生や佐保里の正体を話しておくんだった」

「槍昔さんには話していなかったんですか」

「うん。この辺は俺が勝手に調べたことだからね……まぁゆきさんに頼まれた分も少しはあるけど。俺が春大の文学部に入ったのだって、浅海先生がいるからだしね。元々彼の手の内を探るためにゆきさんが俺をあそこに送り込んだんだから」

 初めて聞いた大魔王達の内情にるうかは呆れたような腹立たしいような感情を覚える。鈍色の大魔王こと柚木阿也乃と鼠色の大神官こと浅海柚橘葉という人物は現実の世界でもそのようにして手の内を探り合っていたというのか。何のために彼らがそのようなことをしているのかは分からないが、どうやら頼成はその確執に巻き込まれたらしい。るうかは佐羽を問い詰める。

「落石さんは、槍昔さんがいなくなった原因に心当たりがあるんですね?」

 すると佐羽は少しだけ迷ったような顔をしてから結局頷いた。

「多分、目的は頼成の“血”だよ。向こうは頼成の石化が解けたことを知っているはずだ。何せこの前の事件があったのは大神官のお膝元であるアッシュナークなんだからね。そして勇者の血によって癒されたその血に特殊な効能があることも知っているんだろう。それを狙って、頼成を……おそらくはどこかへ連れ去ったんだ」

「……現実の世界でも、ですか?」

「現実の頼成をそのままにしておいたら夢での居場所が本人の口から漏れかねないからね。まぁ殺しはしないと思うけど……どこか手の届くところに監禁しているんじゃないかな。あの大学は鼠色の大神官の根城のようなものだから」

「……」

「とにかく早くこっちの世界での頼成の居場所を捜さないと……。血液の採取が目的ならすぐに殺しはしないだろうけど、万が一その血を絶やすことが目的だったら……」

 佐羽のその言葉を聞いてるうかは思わず彼を睨んだ。

「何てこと言うんですか……」

「……ごめん、可能性を言っただけ。でも、もしそうなら急がないと本当に大変なことになる。だって、頼成は夢の世界で死んでしまったら現実でも死んでしまうんだから」

執筆日2013/11/29

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