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同じ夜の夢は覚めない 2  作者: 雪山ユウグレ
第3話 ミッシング
12/42

3

「なんだよ、辛気臭ぇな」

 部屋に入ってきた頼成は開口一番にそう言って苦笑した。佐羽は2つあるベッドのうちの奥の方で入口に背を向けて横になっており、明らかにふて腐れている。るうかはるうかでぼうっとしながらもうひとつのベッドに腰掛けていた。頼成が戻ったことに気付いて佐羽がむっくりと起き上がる。

「ちょっと頼成。……脱げ」

 ぼそり、と。普段の彼らしからぬ低い声でそんなことを言った佐羽に、頼成は当然のことながら怪訝そうな顔を向けた。

「は? なんだそりゃ」

「いいから脱げ。上も下も。下着までとは言わないから」

 るうかも顔を上げて頼成を見た。佐羽が何を目的にそんなことを言い出したのか、彼女にはすぐに分かったのである。先程の無茶な治癒術の反動で頼成の身体にどの程度の石化が生じたのか、それを確かめるためだ。頼成も気付いたのだろう。何も言わずに装備を解き、服を脱ぎ始める。佐羽の命令通りに下着1枚の姿になって彼は顔をしかめながらるうか達に向き直った。

「これで満足か?」

「……」

 佐羽がベッドから降りて立ち上がる。るうかはすぐ傍にある頼成の身体を凝視していた。鍛えられてバランスよく引き締まった身体はスポーツ選手のそれ程ではないにしろ充分に逞しく美しい。厚い胸板と滑らかに盛り上がった肩、腿とふくらはぎの発達した筋肉。そしてそれらを覆う皮膚はどこを見ても健康的な色をしていた。近付いてきた佐羽がいきなり頼成の両腿を掴む。

「何するんだ!」

「……元から足の悪い人だったんでしょう? それを歩けるようにまで回復させたんでしょう? なのにどうして君は、君の身体はどこも石になっていないの? どういうことだよ」

 佐羽が本当に分からないという顔で、ほとんど泣き出しそうな程に頼りない顔で頼成を見上げた。頼成はしばらく黙った後、「俺にも分からない」と告げる。

「呪いが作用した感じがしない。多分、内臓もどこも石化はしていないと思う。勿論、あのケンジさんって人も“天敵”になりはしなかった。運が良かったのか、それとも」

「……俺の呪いが作用しなかった? それなのに、相手は“天敵”化しなかった? そんなことって」

 佐羽は動揺のあまり足元をふらつかせる。頼成がすかさずその身体を支えようと手を伸ばしたが、佐羽はそれを振り払った。怖い、と彼は小さな声で呟く。

「意味が……分からない。どうして?」

「俺にも分からない。が……別に悪いことじゃないだろ? そんなにショック受けることか?」

「怖いんだよ。理屈が通らない。呪いが作用しなければ、高度な治癒術は細胞の異形化を引き起こして相手を“天敵”化させる。だから俺は君に呪いをかけた。君が誰かを“天敵”にしてしまわないように。そしてその反動による石化が君の自己犠牲精神に少しでも歯止めをかけてくれるように。もっとも、その目論見は見事に外れてしまったわけだけれどね。でも今回のことは何? 今までと違う。君の身体が無事だったのは嬉しいよ。でも、それが本当にいいことなのか……分からなくて不安になる」

 佐羽は震える声で言った。そしてふらふらと奥のベッドに戻り、そこにごろりと横になる。

「今日はもう寝るよ。君達はもうひとつの部屋で寝てね。1人にしてほしい」

「……いいが、その前にひとつ報告だ」

 頼成は脱いだ上着を着ながら佐羽に話しかける。

「お前がはぐれた後の聞き込みで、2年前にこの町で湖澄を見たって話を聞いた」

「……何それ、本当?」

「確証があるとまでは言えないが、多分本当だろう。あれほど目立つ外見だ」

「ふうん……でも2年も前じゃ、大してあてにはできないね」

「ああ。だから明日以降も少しこの町で話を聞いてみよう。当時のことをもっと知っている奴がいるかもしれないし、その後の足取りの手掛かりが掴めないとも限らないからな」

「……そ。分かった」

 それきり佐羽は何も言わなくなった。頼成はるうかを促して隣の部屋に移る。そして彼はテーブルを挟んで右のベッドに腰掛け、小さく溜め息をついた。

「佐羽の奴、随分荒れてたな」

「槍昔さんのことをすごく心配しているんです。この前……槍昔さんが石化する前まではまだあんまり実感がなかったのかもしれません。でも」

「1回見せつけられたらもう我慢できない、ってか。あいつのそういう不安定さは、分かっていたつもりだったんだが……」

 ふう、と溜め息をついて頼成はわずかに目を伏せる。るうかは装備を解いてテーブルの上に置いた。羽のような赤いケープと革の胸当て、それに手袋。そしてその上に髪から外した赤い鳥の羽根をそっと置く。

「前は、槍昔さんが石化したらその石像をずっと守っていくんだって。そんな風に言っていたんですよ、落石さんは」

 るうかが呟くように言うと、頼成は小さく笑った。

「できもしねぇことをよく言うわ。あいつはそんな物分かりのいい男じゃねぇよ」

「それでも、そう考えることで折り合いをつけようとしていたんだと思います」

「だけどあんたは……諦めなかったんだな。折り合いをつけるどころか自分の血が役立つことに気付いて」

 そこまで言って頼成は苦い顔をした。るうかは彼にそんな顔をさせたことが申し訳なく、わずかに視線を逸らす。その瞬間だった。

 ベッドに座ったまま手を伸ばした頼成がるうかの腕を掴み、よろめいた彼女の身体を後ろ向きに抱え込むようにして自分の膝の間に座らせる。そして両腕を彼女の胴に回し、柔らかな力を込めて抱きしめた。

 るうかは突然のことに驚いて声も出ない。ただ髪に触れる頼成の顎が、その上にあるだろう唇から漏れたわずかな吐息が熱く、それをとても切なく感じる。

「るうか……あんたがいたから俺も佐羽もここまで来られた。そうでなけりゃ、こんな犠牲と恐怖で溢れた“現実”と向き合いながら生きてくるなんてとてもできなかった」

「槍昔さん……」

「壁にぶち当たったときに何かができる、無理でも何でもいいから動けるってのは、かなりすごいことなんだと思う。結果だけが全てじゃない。あんたのその覚悟や気概が、この3年間ずっと俺達の背中を押し続けていたんだ」

 衣服越しに伝わる頼成の体温が高い。るうかは彼の言葉の強さと、その思いの深さに小さく頷きを返す。るうかが彼らと出会うことのなかった3年間も、彼らにとってるうかの存在は重要なものだったのだろう。それを思うと少しばかりの幸福を感じることができた。

「でも……今の私を支えてくれているのは槍昔さん達の方ですよ」

 るうかが頼成の腕の中でほんの少しだけ身じろぎをして言うと、彼はそんな彼女をますます強く抱きしめる。

「それはお互い様でしょうよ。俺は……こんな風にあんたに触れることができて、それこそ夢のような心地でいますから」

「……恥ずかしいです」

「俺もです」

「でも、離さないでほしいです」

「離すつもりはございません」

 頼成の唇がるうかの髪に触れる。そのくすぐったい感触にるうかは思わず口元を緩めそうになり、必死でそれを堪えた。後ろで頼成の笑う気配がする。

「そんな緊張しなくても、あんたが嫌がるようなことはしないから」

 そういう問題ではない、とは言い返せずにるうかはただ黙って頼成から与えられる温もりに耐える。それはあまりにも心地良くて、それでいて恥ずかしさのあまりにいたたまれない気持ちにもさせられ、やがて色々な思考の回路が甘く麻痺していくような感覚さえ覚えるのだ。ひょっとするとこういう感情が俗にいう“恋”なのかとるうかはどこか悔しさにも似た感情を以て考える。

「るうか、こっち向ける?」

 タイミングを見計らったように頼成が言い、少しだけ腕の力を弱めた。なんだそれは、とるうかは多少腹立たしい気分で沈黙する。甘い言葉のひとつも簡単には口にできないくせに、最初のキスだってるうかの方からさせたくせに、1ヶ月もの間ひとりで勝手に彼氏になったつもりでいたくせに。

 それでも逆らうことができないのは、結局はるうかの負けということになるのだろうか。それともこれは別に何かのゲームではないのだから、勝ち負けなど存在しないのだろうか。ただ互いに想いが通じ合っているから、その言葉の引力に素直に引かれてしまうというだけで。

 そうだったらいい、とるうかは思う。そして柔らかく拘束された腕の中でゆっくりと頼成の方に振り向いた。当たり前のように近くにある灰色の瞳が優しく和んでいる。それはるうかから見てもとても幸せそうな表情で、もしもるうか自身が彼にそんな顔をさせているのだとすればそれはとてつもなくすごいことだと感じられた。るうかは考え、頼成に尋ねる。

「槍昔さん、私は今どんな顔をしていますか?」

 頼成は面白そうに笑って答えた。

「困った顔してる」

「……」

「でも嫌そうには見えない。……あんたは? あんた自身は、どう感じてる?」

「嫌じゃないです。それに、多分そこまで困ってもいないです」

 ただきっとうまく幸せな表情をすることができないだけで。隣の部屋で悩みふて腐れているだろう佐羽のことや、頼成の身体のこと、それに静稀の兄である湖澄の行方など気がかりなことがたくさんある中で何を呑気に男と抱き合っているのだろうという後ろめたさが拭いきれないだけで。真面目だねぇ、と頼成がまた笑う。

「悩んでるんでしょうが、そういうのって割とずっと付きまとうものよ? ちょっとくらい忘れたって罰は当たらないって」

「槍昔さんがそんなことを言うとは思いませんでした。いつも真面目なのは槍昔さんの方なのに」

「そうかもな。でもなんだか今は」

 そこまで言うと頼成は目を閉じ、わずかに首を傾けた。るうかはつられるようにそっと瞳を閉ざした。

執筆日2013/11/25

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