恋する少女は美しい
お題:禁断のブランド品
少女は恋を覚えました。しかしそれは許されないことでした。なぜなら少女は醜かったからです。
それは生半可な醜さではありません。少女が道をゆけば、すれ違う人は顔をしかめるか、怯えるか、苛立った顔を見せるかのどれかです。一度誰かと関われば、腫れ物を扱うように、あるいは道端のごみくずを蹴り飛ばすようにされました。ただ一人、少女の友人だけが、彼女の見た目を貶しませんでした。
少女は自身の醜さを恨みました。このままでは恋を叶えるどころか、恋をする資格すら与えられないのです。
少女は、美しくなることに決めました。
少女は、自らをどんな風に美しくしたいのか、という具体的なイメージを持っていました。それはたまたま拾った雑誌の一ページが元でした。そこにいた、美しく着飾った美しい女性。少女はこんな風に美しくなろう、と心に決めました。
少女はスリムになるために運動を始め、自分を美しく見せるためメイクを覚えました。少女にはそれがうまく行っているのかわかりません。しかし少女は一生懸命でした。
甲斐あって、少女は以前よりも格段に美しくなったと、自分でも思いました。
これでやっと、彼に会いにいける。恋をする資格を得ることが出来る、と。
ただ、足りないものがあったのです。
雑誌に載っている女性は、綺麗なドレスに身を包み、素敵なバッグを持っていました。綺麗なドレスは、どうにかこうにか自分で用意することが出来ました。同じものではありませんが、出来る限り似たものを用意しました。しかし、バッグはそうはいきません。なんたってそれは有名なブランドのものでしたから。少女はどうしたものかと、友人に相談しました。
友人は相談を受けて、少女に、あなたは本気で美しくなろうとしているんだね、と言いました。少女は、もちろん、と頷きました。友人も頷きました。それから立ち上がり、何かを戸棚から持って来ました。それはまさしく、少女が求めていたバッグでした。少女は驚いて何も言えず、ただ友人を見つめました。友人は静かに少女を見つめていました。
これは、自分が働き稼いだ金で初めて買ったバッグだ。自分の母がずっと憧れていて、その母にプレゼントしたい一心で買ったバッグだ。その前に母は死んでしまったから、結局プレゼント出来なかったバッグだ。自分が使ってはならないと思い、それからずっとしまいこんでいたバッグだ。けれど、バッグとして一回も使われないのは悲しいだろう。あなたは本気で美しくなろうとしている。そんなあなたの役に立つのなら、このバッグをあげようと思う。
友人はそう言いました。少女は涙が溢れました。友人は普段寡黙で、大切なことしか言わない人でした。そんな友人が、少女のために、あんなに大事なバッグをくれる。少女は泣きながら、ありがとう、ありがとうとお礼を言って、バッグを大切に持ちました。
これで準備は整いました。少女はメイクをして、ドレスを着て、バッグを持って、彼の元へと行きました。
彼を見つけ、目の前に出て行きます。にっこりと少女は美しく笑いました。
「あなたのために頑張ったのです。どうか、綺麗だと言ってください」
彼の返事は悲鳴でした。ばけもの、こっちへ来ないでくれ。彼はそう叫ぶと、へっぴり腰で逃げて行きました。少女はその場に取り残されて、随分と長い間、一人で立ち尽くしていました。
どれほどそうしていたのでしょう。気づけば周りは真っ暗でした。気づけば目の前に友人が立っていました。少女は友人へ力なく笑ってみせました。なんと言ったものか迷っていると、友人が優しく微笑みました。
「頑張ったね。綺麗だよ」
それを聞いた瞬間、もう少女は涙が止まりませんでした。今まで沢山の人に貶されて、数え切れないほど泣いたのに、今この瞬間の涙が一番熱いようでした。何も言えずに泣く少女をなでて、友人も何も言いませんでした。
しばらくそうした後、少女はようやく泣き止んで、友人へゆっくり笑ってみせました。友人もそれに笑い返します。
少女がバッグを返そうとすると、友人は無言でそれを止めました。少女は少し逡巡して、それからバッグを大切に抱えました。
帰ろうかという友人へ、そうだねと少女は頷いて、二人は並んで夜道を歩きます。
少女は友人と手も繋げない自身の体を恨みました。そんな風に自身の体を恨んだのは初めてでした。それが少女には、少しだけ嬉しかったのです。