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アンドロイドに毒薬を(旧Ants)  作者: かいなた りかのすけ
chapter1:似我蜂
9/57

1-4

 ふもとまで下りると、アゲハは改めて廃都市をまじまじと眺めた。

 やはり、似ている。街並みの雰囲気や壁の造り、中枢部はまさにアゲハたちが住んでいる地区にそっくりだ。その真ん中にはアンティーターと同じように、母ユズリハと同じ公務員がブレインの手足となってかつては働いていたのかもしれない。


「そういえば、三大システムとは何なんでしょうか」


 先ほどの会話を思い出し、続けた。

 ジガバチはわざとらしくため息を吐く。


「いいかァ、よく聞け? この能無し女。保衛官使って、暴力で支配してんのがイミューンシステムっつーんだ。これが一個目。こいつらが、しょっちゅう廃都市にもやってきては、人体実験か保衛官の器探しか知らねーが人を攫っていってる」


「ハイエナさんもそこに?」


 ハイエナは「そうだ」と答えた。そこにいたことを思い出すだけでも、相当に恨めしいのだろう。眉間にしわを寄せてイライラしているように見えた。何をされていたのか、想像には難くなかった。


「二個目が洗脳によって支配するメタボリックシステムだ。これは実感した方が早ェだろ。どんだけやべーか分かるだろうさ」


 彼が一番詳しいはずのシステムの解説があまりに少なく、アゲハは肩透かしを食らった気分になった。ジガバチの母親に会う機会があったら詳しく教えてもらおう、そう思った。


「んで最後が、管理による支配。それがカーディアックシステムだ」


「あぁ、それは知っています。母が配属されていたので。職業の最適化とかやってますよね? 自分の能力に見合った勉強やスポーツ、趣味、就職……それが分かるのでとても便利だと思いましたが――」


「馬鹿だな、これは列記とした支配だろが。個人情報ってのはなァ、単なる自己紹介カードなんかじゃねーんだぞ。そいつの脳波、心拍数、脈拍、そして遺伝子バリアントに至るまで握ってやがるんだ。犯罪因子でも持っててみろ、生まれ落ちた途端廃棄だぞ」


 アゲハはその説明を聞いて真っ青になった。にわかには信じられないが、ありえそうな話だった。母が、偉大な仕事だと持て囃されていた割には仕事のことを何も話さないことも気になっていた時だった。

 そうだ、思えば小さな小さな矛盾がたくさんあった。小さなころに見た保衛官の姿、そのあとの母の言葉、理想都市をやたらと持て囃す報道、過去や塀の外を執拗に否定する教育……。その矛盾たちをパズルのように埋め合わせていくと、すとんと腑に落ちる。


「ま、お前の母親もブレインの働きアリだったってことだ。同情くらいはしてやるよ」


 ()()とはかけ離れた笑みで、ジガバチは言った。


 









 廃都市に近づくにつれて人の気配、生活音、雑踏を感じた。まごうことなく、そこで誰かが生活しているのだということに、アゲハは驚いた。


「おい、待て」


 アゲハが廃都市に入るべく、一歩踏み出したところでハイエナは待ったを掛けた。


「上着を脱げ」


 何故だろうと思いながらダウンジャケットを脱ぐと、ハイエナは急いでそれをひっつかんだ。

 すると、地面に叩きつけて何度も踏みつけた。地面は土だったので、ほんの一瞬で泥まみれになった。アンティーターから脱出するときに持ってきた一張羅の上着が無残な姿になり、アゲハは虚しくなる。小綺麗な身なりは、アンティーター暮らしが夢ではなかったということを証明する。言わばアイデンティティの一つのようなものだったからだ。

 だが、そんな気配はおくびにも出さず、アゲハは薄汚れてしまった上着を受け取った。


「こんな身ぎれいな格好はここでは目立つ。あと、お前の顔も綺麗すぎる。フードで隠せ」


 当然美人であると褒めたわけではないことはわかっていたが、年頃のアゲハはドキッとした。それを誤魔化すかのように慌ててフードを深く被る。


「お前はついでに愛嬌も乳も無ェドブスだぜ。勘違いしてんな」


 まるで心を見透かしたかのように、すかさずジガバチが茶々を入れて来た。アゲハは図星を付かれたように感じ、むかっ腹が立った。しかし、変に反応するのも悔しかったため、無視をして歩を進めた。


――ウザッ! この小汚い大男め!


 口に出さない代わりにアゲハは心の中で存分に罵ったのだった。




「ハイエナさんのおうちはどの辺なんですか? ここら辺?」


「もっと中心だ。ここら辺は治安が悪すぎる。到底住めるところではない」


 どおりで……、とアゲハは納得した。窓に乱雑にベニヤ板を取り付けた家が多かった。遠目で見た時には人影が見えたにも拘らず、日が暮れるに従い、いつの間にか人っ子一人も見当たらなくなった。

 だが、人の気配はする。きっとベニヤ板の向こう側で、息を潜めて夜をしのいでいるのかもしれない、とアゲハは思った。


――どうせ薄暗くなってきたんだし、あそこまでする必要ってあったのかな……。


 未だダウンジャケットの怨念がくすぶった。母から貰った、大切なものだった。

 アゲハは、肩を落として夕闇に蝕まれていく街並みを歩いた。インフラが整備されていないのだろうか、夕刻だったが街灯はない。光がこぼれてくるような家もなかった。

 だが、その心の中の問いは、自身の身をもって解決することとなる。

 ある、三叉路に着いたとき、アゲハを“悪意”が襲ってきた。ハイエナの射殺すようなものとはまるで違う。

 それは全身を舐めまわすような悪寒に、全身の毛が逆立った。今まで感じたことのない人数の“悪意”に晒されていた。

 アゲハが身を固くするのを瞬時に察すると、ハイエナは「面倒だな」と呟いた。


「六……、いや八人か」


 そういうや否や、アゲハを脇腹に抱える。そして、膝を少し曲げると、人間離れした跳躍力で目の前の家のベランダに飛び乗ったのだ。

 何が起こっているのか把握していないジガバチは、「はァ!?」と素っ頓狂な声を上げた。


「ジガバチ! お前がやれ。皆殺しにして、自分の利用価値を俺に証明してみろ」


 言い終わる前に、ジガバチの背後から小さな影が飛び掛かるのが見えた。


「背後に二人、正面の三叉路に二人ずつです!」


「そういうことかよ……!」


 やっと事態を理解したジガバチは、一番最初に間合いに入ってきたその影を引っ掴むと地面に叩きつけた。ゴンッと嫌な音がし、影は一瞬痙攣すると動かなくなった。

 それに怯んだのか、背後を取った二人目の影は「うわあああ!」と叫び声をあげた。

 アゲハはその声に、戦慄した。

 まだ声変わりしていない少年の声だったからだ。

 その少年にすかさずジガバチは掴み掛かろうとしたが、すんでのところで前によろけた。背中を別の男に刺されたのだ。しかし、ジガバチは後ろを振り返りもせずにそのナイフを引き抜いた。そのまま掴みそこなった少年の喉元をそのナイフで掻ききった。


――何か、変……。そうだ、みんな小さすぎるんだ。


 ジガバチの図体のでかさを考えれば、大の大人でも子供に見えておかしくない。だが、余りにも体格が小さすぎるのではなかろうか。今間合いにいるのは四人だが、そのうち一人はジガバチの腕をすり抜けて股下に潜り込めるほど小柄なのである。


――子供だ……!



 強襲してきた相手の正体に気付いたと同時に、ジガバチが呻いた。


「いってぇ……」


 右膝を付き、ナイフを落とす。

 股に潜り込んだ一人が、ジガバチの右脇腹と右腿の怪我の位置を、的確に突き刺したのだ。ジガバチはここに来る間、後れを取らずに歩いてはいた。だが、足を引きずっていた上、衣服には血が滲んでいた。ここが急所です、と言わんばかりの様子だったのだ。

 それにしても一切の躊躇の無い攻撃に、アゲハは目を疑った。生きるか死ぬか、この幼さにして、幾多の死線を超えてきたことが伺える。

 

「すぐにナイフを抜け! 取られるな!!」


 リーダー格らしき青年が叫んだ。一番体格がいいように見える。

 その指示を聞いて、小柄な少年はすぐにナイフをジガバチから引き抜いた。さらに、落としたナイフを取らせないように、彼の手の届かないところまで蹴り飛ばす。

 丸腰になったジガバチだったが、闘志は消えていなかった。

 その年端幾ばくもいかないようなあどけない少年に飛び掛かると、首を締めあげる。その子を助けようとがむしゃらにしがみ付いた残りの三人に何度か刺されるが、その手元を緩めない。

 年少の男の子はしばらく足をバタつかせていたが、やがて動かなくなった。


「弓矢、出せ!!」


 リーダー怯むことなく、が後方に残っている二人に指示を出した。


「それを、どうするつもりだ?」


 ハイエナに声を掛けられ、アゲハはふと我に返った。ジガバチから取り上げた、血なまぐさい武器を握りしめていたのを思い出した。全員凶器を持っているのに対して、丸腰では心許無いだろうと思い、適当なタイミングで渡そうと思っていたのを思い出す。

 だが、今は迷っていた。ジガバチに死んでほしいから? 強盗が子供だったから? 


 ヒュンッ……ヒュンッ


 闇夜を矢が二つ、切り裂く音が聞こえて来た。

 目下の出来事に目を移すと、ちょうどジガバチの右の胸骨部と鎖骨下部にそれぞれ矢が刺さったところだった。小さなうめき声と大きな洗い呼吸音が聞こえる。


「ああ、アイツ死ぬな」


 それを見て、ハイエナは片微笑んだ。まるで賭け事を楽しんでいるギャンブラーのような様子だった。まるで自分がどの命を選択するか、観察されているようだった。

 アンティーターでの常識を考えれば、ジガバチのような更生が見込めない快楽殺人鬼は死んで当然のクズだ。いくらあの子供たちが人を殺そうとも、社会への有害度合いを考えればまるで勝負にもならない。

 しかし、今ここでは自分のことだけを考えて命の優劣を決めることが出来る。


「面倒事がアイツに向いているうちにここを去るぞ」


 そう言って、立ち去ろうと腕を引くのを振り切って、「ジガバチ!!」と叫んだ。

 鉤爪を彼の目の前に投げてよこす。それが転がる足元には血溜まりができていた。


「距離を取って囲め!」


 ジガバチが手甲鉤を手にするか否かのタイミングで、青年が叫んだ。一瞬で残党五人が等間隔に囲み、弓矢を構える。

 そして矢が放たれる、その瞬間だった。

 そこからはたった数十秒が刹那的に思えるほど、一瞬だった。アゲハは何が起こったのかを目で追うことが出来なかったほどである。

 気付いたら五本の弓から放たれた矢が大きな音を立てて叩きおられる。そして、五人の若き盗賊たちは一瞬で皆、肉塊になって転がった。

 ジガバチは一瞬こちらを見上げると、そのまま崩れ落ちた。


「放っとけ」


 駆け寄るアゲハに対し、ハイエナが無表情に言った。


「まだ、生きてますよ」


 脈を確認して、アゲハは答える。なるべくほかの死体は見ないようにした。


「どうせ死ぬ」


「助けないんですか? でも、彼は――」


「そんな殺人鬼を助けてどうする? 助けたいのなら一人で運べ。俺は手伝わない」


 アゲハを遮って、ハイエナは抑揚のない言葉を投げかけた。


「わかったら来い。置いていくぞ」


 そう言うと唖然としているアゲハを尻目に、スタスタと歩き始めた。今度は試しているわけでは無さそうだった。本気で言っているのだ。

 こんな次の刺客がいつ襲てきてもおかしくないようなところに置いて行かれてはたまったものではない。ただでさえ、脱力した体というのは重たく感じる。その上さらに、小柄で、鍛え上げてもいないアゲハに、一人でこの巨体を運ぶのは無理だった。それに、そこまでして助ける義理はないのだ。捨て置く理由なんて山ほどあった。

 こんな危険で、臭くて、不気味で、意地の悪い男でなくても、別にいい。扱いやすい切り札をまた別で見つけよう。助けない言い訳を、呪文のように言い聞かせ、そそくさと立ち上がる。

 そして、ハイエナのあとを追いかけたのだった。

一章終わりです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ダークな展開とその語り口が良いと思います。 [一言] まださわりなので話の全貌が掴めませんが、状況説明がやや分かりにくい点があり、もう少し情報開示に気を配るともっと良くなると思います。
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