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「誰……?」
ボーッとした眼が見上げてくる。肌が白く、雪のようだ。見上げる瞳は、空と海の中間ぐらいの色をしていた。「美女」と言っても通りそうだが、身長は高く、体格も、服を脱いだら良さそうで、「美男」の方が合っている。男の容貌は、涼やかな声に相応しかった。
「寮監さんですよね? 僕、転校してきたばかりで……寮について教えていただきたいんですが」
いまだ覚醒していないのか、不思議な青の瞳が、トロンと夜を見ている。
「あの……」
「そこ座って」
寝惚けているのかと思って声を掛けようとした時、寮監からも声が発せられた。ほとんど同時だったため、言葉が被ってしまった。夜は開きかけた口を静かに閉じ、指された椅子に腰を下ろす。
ふと、視界の端に、深緑の短髪が映った。
「……」
首を少し回して見ると、フィンが、信じられないものを見たというような顏で立っていた。視線の先には寮監の姿。夜も寮監を観察してみるが、特に変わった様子はない。
「寝起きがいい……?」
フィンに注意を寄せていると、そんな呟きが聞こえてきた。寮監にも聞こえたのか、夜と同じくフィンに顔を向ける。
「フィン……? ……居たんだ」
その言葉に、フィンが拍子抜けしたような怒ったような顔で、「え!? 今さらですか!?」とツッコミを入れる。寮監は悪びれた様子もなく、「……気付かなかった、ごめん」と言い、再び背を向けた。
「もういいですよ。いつものことですから」
寮監の態度に呆れたのか、フィンは一つ息を零し、夜の隣に座った。
カチャカチャという食器の音が聞こえてくるあたり、茶か何かを用意してくれているのだろう。
静かな空間に身を浸していると、「どうぞ」という涼やかな声が掛けられた。目の前には紅茶と二つの焼菓子が置かれている。焼菓子には綺麗な焦げ目がついていた。
夜は座ったまま、小さくお辞儀をする。紅茶と焼菓子が近付いて、その甘くいい香りが夜の鼻孔を満たした。
フィンにも渡すと、寮監は再び背を向ける。今度は机の引き出しを探っている。整理整頓がされていないのか、目的の物がなかなか見付からないようだ。紙の擦れる音が部屋を舞う。
腕を突っ込んでからしばらく、ようやく見付かったらしい。紙の束が夜に差し出される。
「これ……」
それを受け取り、目を落とす。どうやら入寮のための書類のようだ。一番上の書類には夜の名前が書かれていた。隣には、いつ撮ったのか、小さい写真が貼られてあった。
「一番下の印に指を重ねて……」
寮監が言葉少なに、けれど丁寧に指示を出す。夜はその指示通りにし、書類を一枚ずつ捲る。全ての書類を提出し終えた頃には紅茶は冷めており、いい香りも届かなくなっていた。
「お疲れ」
フィンが焼菓子を口に含みながら夜の肩を二回叩く。夜は「どうも」と答え、寮監に焦点を合わせた。
「それで、僕はどの部屋に行けばいいんでしょうか?」
寮監はパチリと瞬きをし、一瞬何か考える素振りを見せ、そして夜を見た。
「僕はアス。……よろしく」
スッと手が差しだされた。夜は、自分の質問とは違う答えが返ってきて眉をしかめたが、戸惑いながらもその手を握る。
「……夜です。よろしくお願いします」
そう言えば、アスが満足そうに微笑んだ。