1.想いを乗せて
今日は学園に入る日だ。既に十五歳の夜は、十四歳から学園に入らなければならないという法律を破っていることになる。バレたら、夜はもちろんのこと、キースもお咎めを受けるだろう。
そうなれば、夜達の仕事――『殺し屋』のことも芋蔓式に発覚し、事態は最悪になる。また、そこから夜の過去が国や政府に漏れると、さらに厄介なことになってしまう。
そんなことにならないよう、キースが手を尽くし、夜は転校という形をとることになった。
そのため、学年は十五歳の学年になる。つまり、実質的には学年を一つ飛び越えるということだ。キースは「夜なら大丈夫だよー」と言っていたが、正直、夜はついていけるのか心配だった。
また、何より夜の心を重たくさせるのは、他人と生活しなければいけないということだ。
夜は、集団行動には向いていないと自覚していたし、別に誰かが傍にいなくても良かった。むしろ一人の方が余計な警戒をしなくて済むし、裏切られて傷付くこともない。安心していられる。だから今まで、キース以外の人間とは関わってこなかった。
キースと出会ってからは、どうも調子が狂う。しかし、嫌な気分はしない。だからこそ困るのだ。対処の仕方がわからないから――。
夜はこれから始まる長い長い時間を考えると、思わず溜め息を吐きたい気分になった。
学園までは、何故か歩いていくことになった。――キースの提案だ。
「何で歩くんですか?」
「だって夜と喋りたいもん」
年上とは思えない口調と理由だが、夜は心がムズムズしただけで、呆れはしなかった。
「そういえばさ、いっつも仕事終わった後消えちゃうよね。どこにいたの?」
キースがふと口にする。
夜は何気なく答えた。
「キースさん家の裏にある森に……」
「えっ、そんな近くにいたんだ」
予想外の回答に、思わず声が大きくなるキース。
「はい。あそこには小屋があるので、そこで暮らしてたんです」
夜はそう言いながら、道脇に生えている花に目を留めた。小屋の近くにも生えていた、白くて小さな名もない花だ。
「なら僕ん家に住めば良かったのに……」など、ブツブツと呟くキースの袖を、夜はそっと引っ張る。
「ん? どうしたの?」
キースが止まると、夜は白い花をなるべく根本から摘んで、フッと息を掛けた。すると、白い花は一瞬輝いた後、少し固くなる。
「これ、僕の魔力を込めたので、何かあった時は使ってください」
夜はキースの手に花を乗せた。
魔力が込められたものの使い方は様々で、危険に晒された時身代わりにしたり、魔力が尽きた時自分の魔力を回復したりできる。
このように、とても便利なのだ。
しかし、もし命の身代わりとして使用すると、魔力の本来の持ち主に相当なダメージが与えられる。そのため、夜のように人へ渡す者はあまりいない。
だからなのか、キースは一瞬戸惑いを見せた。しかし、夜の真剣な目を見て、花をポケットに仕舞い込む。
「ありがと。大事にするよ」
ニコッと笑い、代わりとばかりに、身に付けていたネックレスを外し、夜の首に掛ける。
「夜は首が細過ぎる! ま、でも、服の中に隠れて丁度いいか」
「あの、これ……」
「お返し。僕の魔力が込めてあるから、肌身離さず持ってなさい?」
つん、とキースの人差し指が夜のおでこを突いた。
「……はい」
夜は首から下がる白金色の鎖を持ち上げる。鎖に付いているのは小さな透明の石。
じっと見て、ゆっくりと服の中に戻した。
学園に近付くと二人の口数は減っていった。夜はいつものことだが、キースは明らかにいつもと違う。お互いに、何を話せばいいのかわからないのだ。
学園に入ると、十九歳までは出られない。一生の別れではないと知っているが、会えない期間がかなり長いのは確かだ。
そうこうしているうちに、とうとう到着してしまった。
学園には巨大な門があって、少々威圧的に感じる。
「……じゃあ、行ってきます」
夜は振り切るようにキースから離れた。――が、門を跨ぐか跨がないかのところで、キースが夜を呼ぶ。
「夜!」
夜は驚きつつも振り返る。
キースは笑顔だった。
「ちゃんと帰ってくるんだよ」
その言葉は昨晩も言われたものだった。居場所があることを、夜に知らせるための……。
夜は小さく、けれどキースに聞こえる声で返事をする。
「うん……」
平常時に初めて敬語を使わないで答えた。
キースは目を見開いたが、すぐに細め、柔らかく微笑む。
夜は、眼前に聳え立つ学園をようやく視界に収めたのだった