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「なんだその目!」
夜の無反応な態度に、少年の顔が歪む。それでも怪訝そうな表情を崩さない夜を見て、さらに歪みを深めた後、少年はハッとした表情を作った。
「もしかして……お前……俺のこと、知らないのか……?」
ブルブルと指先を震わせながら夜に問いかける。夜はそんな少年とは対照的に、あっさりと頷いた。
途端に顔色は青白くなり、信じられないというように少年はよろめく。
「し、しっかりしてください! ジェイ様を知らないはずがありません!」
どうやら少年の名前はジェイというらしい。
ジェイの後ろに待機していた背の低い癖毛の少年が、足元の覚束ないジェイを支え、声をかけた。
「そ、そうだよな。俺のことを知らないなんて……そんなはずは――」
「知らないです」
夜はなんの悪気もなしにそう答えた。
キャロルとユノの、クスクスという笑い声が聞こえてくる。よく聞けば、笑っているのは二人だけではないようだ。
ジェイは青白かった顔を、今度は真っ赤にし、眉をつり上げた。
「ふざけるな! お前如きが調子に乗るなよ!」
逆上したジェイは拳を振り上げ、夜目がけて振り下ろそうとする。だが夜は特に焦るわけでもなく、自分に向かってくるジェイの力の入った拳を、ただ静かに見つめるだけだ。
「ふん、ビビったか」
ジェイが右の口端を上げ、そう吐き捨てる。しかし、あと数ミリ――というところで、突然ジェイは後ろに倒れた。ドスン、と重い荷物を落とした時のような音が立ち、周囲がざわめく。
「お前、何してんの?」
派手に倒れたジェイが起き上がる前に、地を這うような、怒気を含んだ低い声が辺りに染み渡った。
「フィン……」
夜は思わず、というようにフィンの名前を口にすると、フィンはバッと顔を上げ、夜の全身を、観察するかの如く見回した。
「大丈夫か? 怪我はないな?」
やたら心配そうなエメラルドグリーンの瞳とともに、いつもより低めの声が、夜の無事を確かめてくる。
「僕はなんともないですけど、彼は頭打ったんじゃ――」
「ほっとけよ」
床に頭を抱えて蹲る姿を指差しそう言うと、言い終わる前に感情のない一言が夜の耳に届いた。フィンの瞳が、底冷えするくらい冷たく光っている。しかしそれも一瞬のことで、すぐに先程までの心配そうな瞳に戻った。
「それより、夜は本当に大丈夫なんだな? てか、なんで避けようとしないんだよ。マジで焦った」
よく見れば、フィンのこめかみに薄らと汗が滲んでおり、いつも丁寧にセットされている髪は乱れていた。
「別に当たっても大したことなさそうだったし、大人しく殴られれば彼の気も済むだろうと思ったので。でも、どうしてフィンが焦るんですか?」
不思議だった、本当に。自分のことでもないのに、どうしてそこまで心を乱すのだろうか。夜には理解できなかった。だから、無意識のうちにそう口にしていた。