5
「クソッ……」
消えない。縮まらない。届かない。追い越せない。いつまで経っても――フィンの中でそんな叫びのような思いが反芻する。
今まで忘れていた。いや、見ないようにしていた。だが、今日その名前を見た瞬間、体中の血が沸き立つような感覚に襲われた。
「ディン……」
双子の、兄。自分より遥かに勝っている兄――。
嫉妬と憧れと、二つの相反する気持ちがフィンを苦しめてきた。
フラフラと目的なしに、白く綺麗な廊下を歩く。今のフィンとは真逆の空間。
「は……」
適当に壁へもたれ、そのままズルズルと床に座り込んだ。
自分に呆れ、嘲笑を漏らす。何も考えたくなくて、見たくなくて、俯き、両手で目を隠し、膝に顔を埋める自分に。
あれは別格なんだ――言い聞かすように、繰り返し心の中で呟く。
ふと夜の困惑気味の表情を思い出した。
昼より大分打ち解けた気がする。少なくとも、自分に対して興味のなさそうな、迷惑そうな視線は向けなくなった――とフィンは思う。この短い時間の中で、夜の気持ちに何が起きたのかはわからないが、フィンはそれだけで十分満たされた。
「……っし!」
その場から勢いよく立ち上がる。
夜を思い出している内、不思議なことに、あれ程荒れていたフィンの心中には、穏やかな風が吹き始めていた。静かで温かい、身を包むような風が……。
夜はフィンにとって、眩しいくらいの光だ。暗闇の穴に落ちても、尚照らし続けてくれる唯一の光だ。
何故ここまで夜に惹かれるのか――。
フィンは、突然の転校生に近付かずにはいられなかった。