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「フィン……?」
夜にはどうすることもできず、とりあえずフィンの名前を口にする。特に意味はないが、そうすることしか浮かばなかった。
それでも何度か呼んでいると、フィンが夜の方へ顔を寄せる。やっと聞こえたのかと夜はホッと息を吐く。
フィンの表情は未だ怒気を含ませているが、先程よりは落ち着いていた。
「……悪い、つい頭に血が昇って」
バツが悪そうに髪を掻き上げ、夜から視線を逸らす。それでも瞳から陰は消えていない。
「お前の同室者……」
「……?」
フィンがそこまで言って口ごもる。
(同室者……『ディン』とかいう人のことか)
夜は扉に彫られていた白い文字を思い出す。
「僕の同室者が何か?」
フィンの瞳が揺らぐ。その瞳に怒り以外の色が混じった。
「……俺の兄弟、なんだ」
眉を寄せ、どこか苦しそうな表情でそう口にする。まるで苦虫を噛み潰したような顔だ。
「兄弟……?」
確かに、『フィン』と『ディン』――響きは似ているが、兄弟ならば何故そんな顔をするのか。
「俺達双子でさ、俺は弟」
先程までの陰りはどこえやら。フィンは一変して明るく振る舞っている。――が、その声には張りがない。
「あいつ性格悪いんだよ。口も悪いし」
「悪いな」と夜に笑い掛けるフィン。あの様子はそれだけが原因とは思えないが、夜はあえて追究しなかった。
「……夜」
突然、今の今まで沈黙を守っていたアスが夜に声を掛けた。
「とりあえず……今日は僕の部屋、来て……」
穏やかな口調にも関わらず、アスの言葉には有無を言わさぬ圧力があった。
夜はしばらく考え込んでから、小さく頷く。
横目でフィンを見遣るが、フィンはこちらを見ておらず、気付くこともなかった。ただ、床をボーっと眺めている。
『ディン』との間によほどのことがあったのだろうか。確執をつくってしまう何かが……。
最初に会った明るいフィンは本物だった。今のフィンも本物だ。では、ここまでフィンを変えてしまう原因は何なのだろう。
そうは思うものの、しかし夜には、自分がそこまで考える理由が見つからず、考えることを放棄した。