プロローグ
蓮沼イサギは、異性愛者である。だが男の娘は別であった。特にどこからどう見ても女の子にしか見えないような、それこそ女の子を描いて「男です」と言っているようなやつは、例え文字の中の存在であっても興奮のし過ぎで、鼻血どころか遠い未来で子どもになる予定だったものたちを噴き出すほどには大好きだった。だから、イサギの推しキャラはだいたい男の娘だった。
最近のイサギが推しているキャラクターは、フェリム・コナーという男の娘だ。銀髪に青い目の神秘的な見た目の、もはや美少女。華奢な身体で、それに相応なほぼ無いに等しい筋肉しか持っていない。だがしかし、男だ。何故なら、股の間にぶら下がるものがある。男の汚いアレだ。胸は平らで、くびれも無くて、小さな喉仏があって、骨が目立ち、イチモツをぶら下げている男だ。脳筋としか思えない言動が目立つものの、非力な美少女にしか見えない男だ。このフェリムが登場する作品の名前は「不思議解決部には魔法使いがいる」という小説だ。いや、正確には「不思議解決部シリーズ」で、前述したものは記念すべき第一巻のタイトルだ。なんと、健全な青少年の性癖を歪ませるフェリムが登場するのに、児童文学だ。SNSでバズってたファンアートから作品を知ったイサギだったが、当時を振り返ってこう語る──小学生の頃に読んでたら、精通時期がもっと早かっただろう。
イサギは配慮ができる男である。可愛いフェリムを推している人間として、そして何よりその作品を愛するものとして、ターゲット層である少年少女たちを優先してグッズを買う。少年少女たちが去って行った棚に、フェリムのアクリルスタンドが残り一個の状態になっていた時は本気で神を信じた。嗚於、神よ。神道と仏教をごちゃ混ぜにして、クリスマスもハロウィンもお祭りイベントとして楽しみ、腹が痛い時だけトイレで神に祈りを捧げる平均的日本人ではあるが、どうか今だけは全てを許してください。
──そう、思っていた。
アクリルスタンドが入った袋を助手席に置き、シートベルトをしっかりとして、ゆっくりとアクセルを踏んだ。駐車場を出て、道路に入る。雪がまだ残る道路は、危険だ。気をつけていた。だがカーブを曲がろうとした時、道の端からたぬきが飛び出してきた。咄嗟に踏んだブレーキ。つるりと滑るタイヤとハンドル。ぶち当たったガードレールの下は、崖。
幸福と不幸は、均等になるように与えられるらしい。昔、どこかで聞いた言葉がふと頭を過ぎった。全てがスローモーションに見える視界の中、浮いた袋の中からアクリルスタンドがふわりと飛び出す。
フェリム・コナーのアクリルスタンドを、残り一つの状態で見つけた幸福と、交通事故による落下は、均等なのだろうか。
イサギはフェリムに手を伸ばした。僕の推し。僕の千五百円の対価。アクスタ握りしめた状態の遺体ってバズっかな。
浮遊感は一瞬で、あとは重力に従うのみだった。
この先は特筆すべきことではない。だが、確かに蓮沼イサギという男は死んでしまったのだった。




