4.生霊が本体に戻った理由
「そう言えば、フローラ。僕たちのことがわかるの?」
天使のように純粋で、あどけない少年が、小首を傾げて問いかけてくる。私はその可愛さに胸を打たれながら、頷いた。
「はい。シリル様、ブラント様、アルヴィン様、アルバート様、アンナ様ですよね?」
「あ、あぁ。いや、何でだ!?」
「うん。私たち、まだ自己紹介もしていないよね?」
「フローラ?」
あ、しまった。そうか。そうなのか。というか、そうだったな。
勝手に、この一か月、つけ回していたので、既に知人のような気持ちで話しかけてしまった。
「申し訳ありません。えぇと、ベネット公爵家の皆様…………?」
「え?あぁ、いや、名前で呼んでくれて構わないよ」
「は、はい」
「それで、何故、私たちの名前を知っているのかな?」
「そ、それは…………」
言えない。勝手に付け回していました、なんて言えない。
しかし、皆の視線が私に集まっている。誤魔化しようのない空気に私は、ええい、ままよ!と正直に話すことにした。
「その、この一か月、生霊として、皆様をつけていたからです!」
「え、生霊?」
「一か月って…………」
「つける、って何?」
皆に何を言っているのだろう、この子。という目で見られている。そんな中でいち早く我に返って、話を進めてくれたのは、アルバート様だった。
「フローラ。生霊というのは、君のことかな?」
「はい。この一か月、私は生霊として、過ごしていました」
「生霊…………」
ドン引きの表情に私は申し訳なさが先に立つ。
「申し訳ありません!勝手に、人様のお家を徘徊してしまいました!」
「徘徊?」
「生霊が徘徊…………」
「フローラが生霊?」
うーん、皆の心が追い付かなくなってしまっているようだ。段々と表情が死んでいっている。
「本当に申し訳ありません!」
「いや、ここはもう、フローラの家なのだから、気にしなくていいんだけれど、その、本当に?」
「はい」
「本当、なんだね…………」
「フローラ。どうやって、生霊から元に戻ったんだ?一か月もかかったんだろう?」
「いえ、戻ったのは昨晩です」
「昨晩?」
「はい。その、皆様の夜のお茶会を覗き見ていました。それで、その、う、嬉しいと思ったのです」
「え、あの時、あそこにいたのか!?」
「は、はい。ごめんなさい」
「うーん、まぁ、それで元に戻れたなら、いいんだけれど、嬉しいって何のこと?」
えー!?それを言わせるのか!?
私は内心で慌てふためいた。私としては、初めての嬉しいという感情を持て余していたところだ。
それを蒸し返して、本人に解説させようというのは、酷ではないか?
「えぇと、その、皆様が…………私のことを可愛いと仰って下さったり、守ろうとして下さったりしたことです。それが嬉しいと思いました」
私はちらちらと皆の表情を窺いながら、ぼそぼそと答えると、何故か男性陣が手で顔を覆った。アンナ様も口元を手で押さえている。
うーん?何か、まずいことを言っただろうか。
私が不安になって眉を下げると、アンナ様が隣にいるアルバート様の背を叩いた。その勢いの強さに驚いてしまう。
「ほら!貴方、フローラが困っているでしょう?きちんと応えてあげなさい」
「う、うん。分かっている。分かっているけれど、刺激が、強過ぎてね」
「えぇ、あれは大変ですね」
「父上、直撃でしたからね」
「父上、ご愁傷様です」
「お前たち、酷いな。それに今後はお前たちも、直撃を食らう可能性があるのだからね?」
アルバート様の言葉に、皆が複雑そうな表情になった。
「あの、何か、失礼なことを言ってしまいましたか?」
「ん?いや、そんなことはないよ。フローラがそう思ってくれて、私たちも嬉しいよ。それで、嬉しいと思ったから、元に戻れた、のかな?」
「はい。それまでは、生霊であることも相まって、何だか、全てのことを他人事に思ってしまっていたのです。皆様が毎朝、挨拶をして下さったり、お茶会に連れ出してくださったり、お世話をして下さったりすることを、どこか他人のことのように思っていました。けれど、それは他人事ではなく、自分のことなのだと、私に向けられたものなのだと、そう自覚することができました。そこで漸く、あそこで眠っている自分の身体が自分の物なのだと思うことができた、のだと思います」
「なるほど。それで自分の身体に戻れた、と。うん、良かったよ。君が目覚めてくれて、私たちはとても嬉しいよ。やはり君と目を合わせて、こうしてお話して、君が生きていてくれることが、嬉しいんだ」
「は、はい。ありがとうございます。私も、皆様とお話しできて、嬉しい、です。多分」
「多分?」
「いえ、その、まだ、嬉しいという感情に慣れていないので、よく分からないのですが、多分、これが嬉しいってことなのだろうと思います」
「うん。それでは、これからいっぱい、嬉しいこと、楽しいことを経験していこう。一緒にね」
「はい!ありがとうございます。嬉しい、です」
私が目覚めて、得られたものは嬉しいという感情だった。これが、皆様から向けられる思いの正体に近いものなのだろうと思っている。
つまり、私も皆を嬉しいと思わせれば、この負債が返済できるのだろう。
うん、皆を喜ばせよう。
そう決意した私は、新たな目標のために、情報収集という名の、お喋りを楽しんだのだった。
以上で完結となります。
ここまでお読み頂きまして、ありがとうございました。




