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3.負債ときっかけ


私が公爵家に保護されてから、二週間が経過した。

最近の私は、何と、読書に飽きてきてしまった。


何と言う贅沢な悩み!


まぁ、公爵家の本を全て読破したわけではないのだけれど、最初の頃ほどの勢いがない、というか、他のことも気になってきているのだ。


最近は、図書室の本だけではなく、庭を散歩したり、色々な部屋を覗いてみたり、と徘徊している。


まぁ人様のお家を許可なく歩き回る、といういけないことをしている自覚はあるので、流石に倉庫とか、厨房とか、そういった部屋だけにしている。私室や寝室などには入っていない。



そこでは図鑑や辞書で読んだものを見つけて、観察している。


例えば、厨房には知らないものが沢山並んでいるので、それを見るだけでも楽しいのだ。

人参という野菜をみて、色の名前を知ったり、その調理法を見たり。

包丁という道具を使っているところを見て、色々な使い方があることを知ったり。


楽しいことはいっぱいあるのだ。そして分からないことが分かったら、また図書室に戻って本で探したり、新しい本を読んだり、を繰り返している。



ただ、図書室にある本は、難しい本ばかりなので、例えば、何で人によって着ている服が違うのだろうか、とか、野菜は何で外から運ばれてくるのだろうか、とかいう疑問の答えを示す本は無かった。


こうして沢山の疑問が降り積もっているのだが、一番の疑問はやはり、何故公爵家の皆様が、こんなにも私のことを気に掛けてくれているのか、ということだ。


最初は見て見ぬふりをしていたのだが、誤魔化しきれないほどに、沢山の思いを向けてくれている。


何故、私に?というか、私って何?という哲学的なところにまで思い詰めてしまっている私と、それを客観的に冷静に分析している私がいる。


生霊は私一人だけなのに、私の中には私が二人いる。それもよく分からない。


何故、私の中には全く違う考えの私が二人もいるのだろうか、と。



結局、私には分からないことが多いので、ここはやはり情報を集めるためにも、読書と徘徊を続けよう。


一方の私は誤魔化すように、もう一方の私は答えを求めるように、これまで通りの生活を続けようと考えたのだった。




更に二週間が経過した。


今日は公爵家の皆様が全員揃って、お庭でお茶をしている。当然のようにお人形状態の私も、椅子に座らされている。


一見和やかなお茶会は、どこか緊迫した空気が流れている。そんな中で口火を切ったのは、お父様という男性だった。


「フローラがうちに来てから、一か月になるな」


その一言に、皆がそれぞれに反応を示した。


寂しそうで、悲しそうで、怒っていそうで、痛ましそうで。そのどれもが良い感情ではない、ということは何となく分かった。


この一か月で色々なことを知った私は、皆様の表情も何となくわかるようになったのだ。しかし、何故そのような表情をするのか、そのような感情になるのか、ということは不明なままだ。


「父上、フローラはいつまでこのままなのですか!?」


堪えきれなくなった様子で、声高に私を糾弾するような言葉を発するブラントに私はあの男を思い出して、硬直してしまう。


そんな私のことは見えていないはずなのに、シリルが冷静に声をかけた。


「ブラント兄上。そのように大きな声を突然上げないでください。フローラに怖がられますよ」

「それは、そうかもしれないが、だが!フローラは何の反応もしていないだろう?」

「ブラント。そうだからと言って、大声を上げて良いという訳ではないよ」


アルヴィンに諫められたブラントは何かを堪えるように、ぐっと歯を食いしばった。


それを見て、何だか、申し訳なく思ってしまう。この少年の所為ではないのに。私の所為なのに。私に関係のない人が、私のことで煩わされている。


少し険悪な雰囲気になってしまったのを取りなすように、お父様という男性が優しく声を掛けた。


「まぁ、ブラントが不安に思う気持ちも分かる。医者の見立てでは、本人の心次第だと」

「そんな…………私たちにはこれ以上、何もできないのですか?」

「あぁ。母なる命の女神の御心は、私たちでは推し量れない」


その言葉に、その場には重苦しい空気が流れる。そして、その雰囲気の重さがそのまま、私の身体にのしかかっているような感覚がした。


それはこれまでに抱えていた心苦しさが、具現化してしまったかのような感覚だった。




あのお茶会から数日、私は誤魔化しきれなくなった心苦しさを解消する方法を考えていた。


はっきりと認めてしまうと、その重さをはっきりと感じられるようになってしまい、結果、早急な解決を望むほどになってしまったのだ。


時間だけはあるし、他人の目を気にすることもないので、私は心の赴くままに、考えに没頭した。


まず、この心苦しさの原因は、皆様が私に、多分、好意を向けてくれているからだろう。

私にはそれを返す手立てがない。つまり、負債だけが溜まっていく一方なのだ。



それを解決する方法は二つ、思い付いている。一つは負債を返済する。一つは負債を無かったことにする。


ただ、後者はできないと思う。何故なら、これまでの誤魔化しが、そのなかったことにする、という方法と変わらないものだからだ。


それが上手くいかなかった結果、今の状態になっているので、これは返済するしかないのだろう。


ただ、負債を返済する、つまり思いを返す、というのは、かなり難しい。何せ、好意や悪意を抱くだけの興味がそもそもないのだ。元手がないので、返済もできない。



しかし、好意や悪意はどうやったら抱けるのだろうか。


目下の疑問を解決するために、私が取った行動は、私室に侵入する、ということだった。


悪事を積み重ねるのは申し訳ないのだが、まぁ後からでも、悪意からの行動であると理解してもらおう。


悪いことをするのは、悪いことを考えているからだ。と単純に考えていた私は、そこで更に負債を抱えることになった。




それは私室への侵入を始めてから数日が経過したある日のことだった。


好意や悪意を抱くために、情報を得ようと考え、始めた行動だったのだが、捗々しい成果は得られていなかった。


捜索範囲を広げても駄目なのだろうかと諦めかけていたある日、夜なのに私室に男性たちが集まっているのを見つけたのだ。


これは何か重要な情報が得られるかもしれない。という期待の元、勝手に臨席したお茶会のような会では、男性たちが深刻そうな表情で話し合いをしていた。


「流石に誤魔化しが利かなくなってきた」

「そろそろこちらも覚悟を決めなければならないのですね」

「俺は反対です」

「そうですね。ですが、父上でも、どうしようもないのですから、僕たちにできることは少ないでしょう」


何だ何だ?と好奇の目で見ていると、お父様が皆の目を見て、頷いた。


「あぁ。フローラを外に出さなければならない」


え?外に出す。私を?


思わず、どきりと肩が跳ねる。


「陛下がご興味を持たれているので、挨拶をしなければならない。それに神殿で洗礼と、鑑定。あとは貴族籍の登録。一度で済ませたいのだが、一日で済ませようとすると、フローラに負担がかかる。だが、何度も外に連れ出すのも不安だ」

「えぇ、フローラを他人の目に触れさせたくはありません」


それは、私が悪い人だからなのだろうか。恥を晒したくない、というような?


「あぁ。俺たちのフローラは天使か妖精か、精霊か。兎も角、可愛すぎるからな。これで誰かに婚約を申し込まれたりしたら、俺がそいつをぶっ潰す」


え?


「兄上、そう言った場合は物理的にではなく、社会的に叩き潰す方が良いと思いますよ」


え?


「勿論、物理的にでも、社会的にでも、精神的にでも、徹底的に木端微塵にするのは確定だけれどね、僕たちのお姫様はそんな相手にまで慈悲をかけるかもしれないだろう?だから、やるとしても裏から手を回そう」

「はい、父上」


え?何だろう。これ。恐ろしいような、嬉しいような…………え、嬉しい?



私は今、自分が抱いた感情が信じられなかった。それは制裁を加えることを決意する皆に慄いたことに対してではなく、皆からの好意を自分が感じられたことに対してだ。



今、私が、嬉しいと思った?



その感情はかちりと心の扉にかけられた錠前を開けた。



呆然とした私は感情を上手く処理できないままに、いつの間にか、気を失ってしまっていたらしい。


目が覚めると、私は部屋のベッドの上に居た。いつものように、むくりと起き上がる、ことができなかった。


なにこれ、身体が重い?これは一体どうしたことだろう。


手をついて、身体を起こそうと、じりじりと腕を動かし、ごろんと寝返り、何とか身を起こす。


ふぅ、起き上がるだけでも一苦労だ。



かしゃんと金盥が落ちて、ばしゃりと水が落ちる音がした。どうしたのだろうと、そちらに視線を向けると、複数人のメイドがこちらを見て驚いている。



うん?私が見えている?はっと、自分に視線を落とすと、そこには身体が、実体があった。



え?


「お、お嬢様!」

「貴女、早く皆様をお呼びして!」

「は、はい!」

「お嬢様、ご気分は?」


皆から矢継ぎ早に話しかけられ、私もあたふたしてしまう。


直ぐにメイドたちが身体を支えてくれて、背中にクッションを挟んでくれた。それに凭れ掛かり、目覚めて直ぐに重労働をした私は、ほっと息を吐いた。


ほんの少しの間、休憩している間に、今度はドタバタと大勢が駆けて来る足音がした。部屋の扉は開け放たれたままなので、そのまま沢山の人がなだれ込んできた。


「フローラ!目が覚めたと…………っ!?」

「「「フローラ!」」」


皆に口々に名前を呼ばれ、こちらを見て話しかけられる。そんな様子を見て、私は驚きに目を瞠った。



あぁ、これは他人事ではない。私を見て、私に話しかけている、私の話をしているのだ。



そんな単純で明白なことが、何故か新鮮で、とても嬉しかった。



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