2.二人の私
皆様、こんにちは。私はフローラ・ベネットです。
皆からはベネット公爵家の人形姫と呼ばれています。
あ、これは一部の使用人が、影でそう囁いているのを聞いただけだ。私がそう言った訳ではない。
うん、自分で姫とか、言っちゃうって、恥ずかしいし。
私は当然だけど、幼い頃から人形だったわけではない。感情表現は苦手だったけれど、きちんと動いて、生きていた。
そんな私が人形姫と呼ばれるようになったのは、とある出来事がきっかけである。
それはこの公爵家に引き取られる直前のことだった。
私は生まれ育ったところで、虐待を受けていた。反抗的な目をすることも、泣くことも許されなかった私は、段々と感情を表に出さなくなっていき、物言わぬ人形のようになってしまった。
だけど、これは人形姫としては、まだ第一段階だったんだよね。
うん、今、皆にこうしてお話しできているように、今は第二段階に進んでる。
私が本当に人形姫になってしまったのには、第二段階に進むことになったのには、やっぱり虐待が関係していると思っている。
その日は養ってくれている男の機嫌が、一際悪かった。
何故なら、私の存在を探していた公爵家の皆様と、私を虐待していた男が出会ってしまった日だったから。
当然、男は虐待していた事実を隠そうとして、色々と嘘を吐いたようだ。
「俺は、行き倒れている子どもを拾っただけですので」
「それはありがとう。君の親切な行いに、私たちは感謝するよ」
「い、いえ、当然のことをしただけです」
どうやら、公爵様に隙の無い完璧な笑みを向けられた男は、これまで育ててやった恩に対する金銭を要求することができなくなってしまったらしい。
それどころか、虐待されていた子どもを拾ったという嘘まで吐いているから、男は追いつめられたように感じていたみたい。
虐待していたことがバレてはいけない。けれど、育ててやった恩、つまりお金は欲しい。
あぁどうしよう。どうすれば。と色々考えた結果、男は私を処分することにしたようだった。
いつもよりも念入りに、殴られ、蹴られた私は、男が叫ぶ言葉から、そんな事情を察した。
そして、公爵家に金銭を要求するようにと、私に言い含めながらも、私を蹴り続ける男に、私は漠然とした危機感を覚えた。
あぁ、この男、何かしそうだな、と。
けれど、そう思ったところで、実際に何か行動を起こすかと言われれば、それはそれで怖い。この危機感が杞憂であった時に、男から更なる暴力を受けることを考えると、何もする気になれなかった。
そうして、公爵家に引き取られる前日。遂に何事かを決心した男は、私を殺そうとした。
やり方は簡単。そして杜撰。
道を走る馬車の前に私を突き飛ばして、轢き殺させるというもの。まぁ大怪我は免れないだろうと言う時でさえ、私の身体は動かなかった。
結果、そのまま馬車に轢かれ、大怪我を負ったところを、住民から街の兵士に、兵士から街を治める公爵家に、と伝言ゲームのように話が広がり、たらい回しにされた。
そして当初の予定通り?に公爵家に引き取られたんだよね。
治癒師によって、怪我は治してもらったけれど、私はそれどころではなかった。何故なら、その怪我から目を覚ますと、生霊になってしまっていたから。
あ、ここまでの話は、この数日の徘徊で集めた情報だよ。皆が噂をして、公爵家の皆様も調査に尋問に、と色々動いているので、情報収集は簡単だった。
生霊となった私は、ある意味、自由な身体を得たんだ。
他人からは見えないみたいだし、障害物も物ともしないので、壁も天井も、床もすり抜け放題。
何なら、感覚がないから、慣れない内は足が床に埋まって見えることもあった。うん、距離感が分からないんだよね。
そして食事や睡眠も必要ないみたい。いやまぁ、本体?身体?の方には必要なのだけれど。
つまり、四六時中、自由で、暇なの。
私の様子を心配してくれている公爵家の皆様には申し訳ないけれど、何せ、話しかけても気付かれないので、謝罪の言葉も伝えられない。
そして自分が何故、生霊になってしまったのかが分からないので、戻り方?も分からない。というか、寧ろ、心の何かが吹っ切れたような感覚で、自由気ままに生霊生活を楽しんでいる。
最近、ハマっているのは、公爵家の図書室らしきところで本を読むこと。本なんて高価なものを、これだけの数を揃えているなんて、中々お目にかかれない。流石、公爵家。
ということで、何とか、文字を覚えながら、本を読んでる。うん、生霊万歳。
この公爵家には三人の青少年と、公爵様、公爵様の奥様が住んでいるようだ。毎日、代わるがわる、私の様子を見に来てくれる。あ、本体のね。
私の本体は、というと、勿論、魂だか、生霊だか、心だか、の中身がない状態なので、目を覚まさないし、自主的に行動することもない。
お医者様の話では、精神的な問題、心の傷が回復しないと駄目、らしい。なので、なるべく声をかけてあげて、人が居ることに慣れさせて、安心させてあげると良い、って言ってた。
それを横で聞いていた私は、首を傾げてしまった。
うーん。こうして私は元気に動き回っているのになぁ。それに何だか、あの男のことは、もう、どうでもいいや、という気分なんだよね。
それよりも、今は本を読みたい。
という訳で、お医者様の話を聞いても、戻り方の手掛かりすら、得られなかった私は、すっかり今の生霊生活を楽しんでいる。
ただ、毎日、お医者様の助言の通りに顔を見せてくれる皆様には、やはり申し訳なく思う。
病人食を食べさせてくれる人も、身体のお世話をしてくれる人も、ありがとうございます。と言いたい。いや言っているのだけれど、全く聞こえていないみたい。
これはそんな生霊状態の私のお話。
朝一番にやってくるのは、一番年上に見える青年だ。
「おはよう、フローラ。今日は一段と暖かいよ。窓を開けるね。ほら、風が心地よいだろう?」
「………………」
「うん。いい天気だ。さぁ、今朝も庭で摘んできたお花を、私たちのお姫様に」
「まぁ、お嬢様。とても綺麗な黄色のお花ですよ。ありがとうございます、アルヴィン様」
「うん。フローラ、今日も良い一日を」
そう言って、アルヴィン様と呼ばれた青年は部屋を出て行った。青年から渡された花は、早速、窓辺の花瓶に生けられる。
うん。これは図鑑で見たことがあるな。確か、香りにリラックス効果がある花だったはず。
このアルヴィンという青年は、まるで物語の王子様のように、優しくて、イケメンで、そして何をしても絵になる。
うん。一輪の花を差し出す動作も、窓を開ける動作さえも、様になっているのだ。
そして次にやってくるのは、多分、上から二番目の青年?少年?だ。
「おはよう!フローラは今日も可愛いな!」
大きな声を上げながら入って来たのは、体格の良い青年。いや、まだ少年の範疇だろうか。
その少年は、私の頭を乱雑に撫でる。私の髪がぼさぼさになっていくのを見て、メイドの女性は視線を鋭くした。
少年はそんなことにはお構いなしの様子で、私に話しかける。
「相変わらず、アルヴィン兄上は、嫌になるくらいに気障だな。そこらのご令嬢よりも、花が似合っている。まぁ、一番は俺たちのお姫様だがな!ははは!」
がくがくと私の頭が揺さぶられるのを見ている生霊の私は、自分の身体が心配になってしまった。うん、首を痛めそうだ。
嵐のように騒がしくやってきたブラントという少年は、また嵐のように足早に去って行った。まぁ、メイドさんの顔が怖いことになっているからね。
次にふらりと訪れたのは、儚げな美少年だ。
「おはよう、フローラ。あぁ、髪が乱れてしまっているね。ブラント兄上がやったのかな?あっちの花はアルヴィン兄上か。うん、どちらも兄上らしいな。僕からは…………うん、やっぱり、これだね」
え、いや、あれ、ですか…………?
来たか、と身構える私には気付かず、その美少年は私の手を、そっと手に取り、手の甲に口づけを落とした。
うぅー、やばい!絵になる!というか、むしろ、私では釣り合わないので、止めて欲しい。
朝日が射し込む明るい室内で、光に照らされた美少年は、まさに天使。
うん、これが浄化されるってやつか。
自分の身体からの視点ではないだけ、心への衝撃は大分、緩和されているのだが、それでも美少年が私の身体に触れているという事実だけでも、心が苦しくなる。
にこりと笑みを浮かべた少年は、そっと私の手を戻すと、颯爽と部屋を去って行った。
くぅ、あんなことをしておいて、全く顔色を変えないなんて。色々と心配だな。
その後はメイドさんたちに病人食を食べさせてもらう。のんびりとした食事を終えると、直ぐに公爵様と呼ばれる男性が入ってきた。一緒に奥様と呼ばれる女性も入って来る。
「おはよう、フローラ。今日も可愛いよ。そして、生きていてくれて、ありがとう。お父様は王城にお仕事に行ってくるよ。今日も、私たちのお姫様が健やかであらんことを。じゃあ、行ってくるね」
「えぇ、貴方。行ってらっしゃいませ」
短い時間ではあるが、目一杯の感情が込められた挨拶に、私は毎回、不思議な気持ちになってしまう。よく分からないのだ。
そして奥様という女性は、お父様という男性と同じように、私の頭を優しく撫でてきた。
「フローラ、おはよう。ふふふ、皆、朝から熱烈ね。さて、今日の午後はどのお庭を見ましょうか。楽しみにしていてね」
そう言って、女性も去って行き、部屋は静けさを取り戻した。
毎朝繰り返されている、その光景を見ていると、私は何だか、とても遠い世界の、関係のない演劇を見ているような気分になる。
何と言うか、他人事。そう、自分のことではないような気がしているのだ。
まぁ自分の姿を客観的に見ることなんて、中々ないだろうから、自分の姿に見覚えのない私では、当に他人事に思えてしまうのも仕方のないことだろうけれど。
だから、皆様から向けられる思いが中々信じられずにいる。
多分、愛情、だと思うのだけれど、どうしても自分に向けられているものだと思えないのだ。
まぁいいか。思いに応えることも、思いを返すこともできないのは心苦しいけれど、私を知っていて、私に向けられたものではないのだから。私が気に病むことはない。
そうして私は、心の内にある蟠りに気付かないふりをしたのだった。




